29 気持ちと決意

「なんてこった……」

 僕の話を聞き終えたカイトは、一言だけ発して絶句した。

 しばらく、場を沈黙が支配する。

 破ったのはカイトだ。


「俺には打開策なんて思いつかないし、GODをどうにかできる手段も持っていない。デガの気持ちは分かる。でもな、だったら尚更、ベルに寄り添って過ごすことが大事じゃないか?」

 ベッドに腰掛けたままの僕は、立ったままのカイトへ顔を向けた。

「そんな顔するなよ。悔しいのは俺も……いや、皆、話を聞いたら同じ気持ちになるさ。まぁでも、黙っとく」

 僕は一体どんな顔をしていたのか。酷い顔には間違い無さそうだが。

「とりあえず飯を食え。そんで今日はさっさと寝ろ。人間、飯と睡眠が重要だ。片方でも欠けてると、余計なことを考える隙ができるだけで、いい考えなんて思い浮かばない」

「……わかった。ありがとう、カイト」

 カイトは僕の頭をわしわし撫でると、そのまま部屋を出ていった。


 食欲はなかったが、テーブルに残されたサンドイッチを無理やり口に詰め込んだ。

 カイトが作ったベーコンレタストマトのサンドイッチは、こんなときでも美味しかった。




 翌日。朝食の後、ベルから話しかけられた。

「デガさん、あの……魔王の角の件なのですが」

 どこか気まずそうに切り出された。

 そういえば、魔王から折り取った角をマジックバッグへ入れっぱなしだった。

 角に関しては冒険者ギルドと、ベルが調べてくれていた。

 冒険者ギルドの方からの連絡も、ベルがやりとりしている。僕のところまで話を持ってこなかったということは、特に進展はないということだ。


 少し前のベルなら『最優先事項です』なんて言いながら報告してくれる話なのに、気まずそうにさせてしまった。

 僕のせいだ。


「うん。リビング行く? それともどっちかの部屋のほうがいい?」

 あえて明るい声を出すと、ベルはやや驚いた様子で、一瞬返答に詰まった。

「……では、デガさんの部屋で」

「わかった」


 僕の部屋には小さめのテーブルひとつに椅子が二脚ある。ベルに椅子を勧めて、僕も向かいの椅子に座った。

「冒険者ギルドからはこの件に関して『特に情報は見つからなかった』と聞いております」

 過去に魔王の角を折り取ったときの記録は出てきたが、その後どうしたかというところまでは辿り着けなかったそうだ。

「教会の方でも、記録はありませんでした。ですが、その……」

 ベルが言い淀む。

「何かあったの?」

「はい。ありました。デガさん、落ち着いて聞いてくださいね」

「わかった」

 妙な約束をさせられて聞かされたのは。


「神の声が聞こえました。『全ての魔王の角を折り取ったならば、願いを一つ叶えよう』と……」


 神、つまりGODだ。

「何のつもりだ、あいつ」

 僕は『落ち着いて聞く』と約束したことをギリギリで思い出し、テーブルに八つ当たりしそうになった手をどうにか止めた。

「神の声がこんなにも具体的だったことは過去に例がありません。それと、神の声が間違っていたことも、一度もありません」


 この状況で僕が願うことといえば、一つだ。

 GODだって承知の上だろう。


 でも、それを叶えたら、この世界と僕がいた世界は、どうなってしまうのか。



「デガさん、わたくし……」

「ベル、ごめん」

 僕はベルがなにか言う前に、頭を下げた。

「デガさん?」

「大人げない態度とってて、ごめん。ベルの事情や、ベルがこっちの事情をどう考えてくれてるかとか、気が回らなかった。僕はベルの意思を尊重したい。魔王と魔物は必ず全部倒すよ。だけど、ベルやこの世界のことを諦めたわけじゃない」

 次にベルと話をする時が来たら言おうと準備していた台詞だ。

「だから、これからもよろしく。さしあたって今日から魔王を一体ずつ倒していこうと思う。ついてきてくれる?」

「……はい!」



 最初に倒したのが北の塔の魔王だったから、なんとなく時計回りに倒すと決めた。

 東の塔はドルズブラ城から東にあるというだけで、見た目や雰囲気は北の塔と変わらない。

 こういうのを見てしまうと、ゲームの世界にいるのだなぁ、と実感してしまう。

 GODの奴、絶対塔のデザインコピペで手抜きしただろ。


 コピペなら構造や魔王の居場所も同じだろうということで、北のときと同じくクウちゃんに塔の天辺に降ろしてもらった。

「デガさん、お気をつけて!」

 ベルの声援に手を振って応え、塔の天辺の床、つまり最上階の天井に、打拳で大穴を開けた。


「上から降ってくるのは初めてだぞ、人間よ」


 瓦礫だらけになった室内に降り立つと、長身痩躯に青い長髪と文字通りに青い肌、頭に二本の大きな角の生えた、いかにも魔王という姿のやつが、部屋の隅の無事な壁にべたりと背中を貼り付けて、こちらを睨んでいた。


 ……やり取りから魔王の姿まで、ほぼコピペだ。魔王の髪と体の色だけ変わってる。

 だからといって、こちらまで同じ反応はしなくていいだろう。


<先制:大成功>

<命中:大成功 角を正確に狙う>

<攻撃:大成功 角を折る>


 僕は無言で動き、まず魔王の角を二本とも折り取ることに成功した。

「ぐぎゃあああ! き、貴様ぁ!」

 角を上へ放り投げると、上空でベルがしっかりキャッチした。


<二回攻擊:大成功>

<命中:大成功 クリティカルヒット>

<攻撃:大成功 与ダメージ99999>


「がふっ!」

 魔王の上半身全体に連撃を食らわせる。

 どれだけステータスを上げても、与えられるダメージは99999がカンストらしい。魔王はまだ死なない。


<回避:大成功 無傷で攻撃を避ける>


 魔王が魔法で黒い球を放ってきたが、かなり弱々しい。

 避けて壁に当たったそれは、壁に罅を入れることしかできなかった。


<命中:大成功 クリティカルヒット>

<攻撃:大成功 与ダメージ99999>


 魔王の顔面に僕の拳がめり込むと、魔王は一度大きく痙攣し、動かなくなった。



「お疲れ様です、デガさん」

 ベルがクウちゃんから降りてきて、無傷の僕に治癒魔法を掛けてくれた。

 その間に、魔王は何も残さず消えている。

「ありがとう、ベル。帰ろうか」

「デガさんが宜しければ、今日中に他の魔王のところへも行けますよ」

「えっ、でも、かなり遠くなかったっけ」

「キュルルルル」

 クウちゃんが『余裕だ』と言わんばかりに、胸を張って鳴いた。

「クウちゃんもやる気ですし」

「ベルは大丈夫?」

「わたくしは何もしておりませんので、問題ありません」

「……じゃあ、片付けちゃおうか」

「はい!」


 次は南の魔王のところへ行き、ほぼ同じように魔王の角を折ってから魔王を倒した。

 ベルに治癒魔法を掛けてもらうところまで一緒だ。

 ちなみに南の魔王は、髪と体の色が赤だった。


「順調ですね。次が最後の魔王です」

「うん」

 仕事は早い方がいいに決まっている、と連続討伐を了承したが、よく考えたら魔王を討伐するのが早いほど、ベルとの別れも近づくわけで。

 気づくのが遅かった。僕はいつもこうだ。

「ベル……」

「はい」

 西へ向かうクウちゃんの背中の上で、僕はベルの名前を小さく呼んだ。

 ベルは静かに、いつもの調子で返事をしてくれた。


「デガさん。決着は早めにお願いします。一緒にいる時間が長くなるほど、わたくし、デガさんと離れがたくなってしまいますから」


 振り向いたベルは、聖女……いや、聖母のような柔らかい笑みを浮かべていた。


 どうしてベルは、自分の運命を素直に受け入れられるのだろう。


「そうだね」

 これ以上ベルとの思い出が積み上がる前に、決着をつけてしまおう。


 僕は覚悟を決めて四匹目の魔王、髪も肌も真っ白な西の魔王を、きっちり角を折ってから倒したというのに。


「……角集めたら、何か儀式とか必要なの?」

「いえ、そこまでは聞いておりません。……何も起きませんね」


 神の声というのは、一度聞いたら何ヶ月かは聞けないものらしい。

 GODの野郎が肝心な部分を話さなかったせいで、僕たちはまたしても、魔王の角をマジックバッグに持て余すことになった。

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