13 妄想と歪み
鉱山のリザードマンを討伐し、鉱山を封鎖したのは、ドルズブラの宰相の命令だった。
ドルズブラは第五騎士団を鉱山に派遣し、リザードマンを全て討伐させたのだ。
戦闘の痕跡がなかったのは、入り口から毒を送り込むという手段を取ったから。
人間が入る場所で毒を使うなんて、非常識だ。
「何のためにそんな」
「ギルドの言いなりにならんという、宣言代わりだそうだ」
ギルド長の眉間に深い皺ができた。
ドルズブラ王国は本気で世界征服を企んでいるらしい。
「世界征服……?」
「マジかよ」
僕とカイトが顔を見合わせる。
だって、世界征服ってアレでしょ。
中二病の妄想でしょ。
「まずはこの地域一帯を脅かしている魔王をドルズブラの力だけで倒そうとして、禁術に手を出したそうだ。成功して召喚された者たちの行方は、今追っている。見つかり次第、冒険者ギルドで保護するつもりだ」
「え?」
「ん?」
ギルド長の言い方が真剣だったので、どうやら中二病の妄想では済まないらしい。
それよりも、後半の話が……。
僕たちはお互いに「どうする?」を顔中に浮かべた。
「ベル、どう思う?」
「いいのではないでしょうか」
ギルド長は信頼できる人だ。彼なら、もし僕らに不都合があるようなら、他の人には話さないだろう。
いい感じに取り計らってくれるはずだ。
「あの、ギルド長。その召喚された者たちって、僕とカイトのことです」
「なに!? 本当か?」
僕はドルズブラの王城で召喚されてからのことを、ギルド長に話した。
僕以外の四人の蘇生を目的に冒険者になったことも。
「ではミヒャエル嬢とは、どういった経緯で」
「森でたまたま出会ったんです」
「わたくしは神託通りの姿をしたデガさんに出会う運命でした」
「なるほど……話はわかった。あの国のことだから、召喚した時点で魔王を倒せる者として扱ったのだろうな」
「そんな無茶苦茶な……。召喚される前の世界は、魔物なんていませんでした」
「ほう?」
「だから冒険者なんて職業も、ギルドも無かったです。あと魔法や魔力は空想上のものでした」
「むぅ……デガはよく、俺を倒したな」
「ええと、僕は何故か召喚のときに力を授かったんです」
ギルド長を信頼しているとはいえ、この世界がTRPGの世界に似ていることとか、僕の行動のほぼ全てにダイスロールチートが関わっていることは、言えなかった。
「そうか……。これは、どうしたものかな」
ギルド長は腕を組み、目を閉じてしばらく黙考した。
「今の話は俺の胸の内だけに留めておくことにする。ドルズブラの連中に知られる危険は最小限にしておこう。だが、最初に言った通り君たちのことは冒険者ギルドが『保護』させてもらう。拘束や軟禁という意味ではなく、困ったことがあれば何でも相談にのる、という意味だ」
ギルド長は僕たちにとって最上級の待遇を申し出てくれた。
「デガは後で受付に……、と、カイトがいたな。カイト、デガの冒険者カードを更新してやってくれ。デガのランクはこの後からAだ」
「わかりました」
「A!? いいんですか?」
「ああ。仕事の功績は既に申し分ないからな。この話とは関係なく、更新の頃合いだった」
「ありがとうございます!」
冒険者ランクが上がると、より実入りの良い仕事ができるから、これはとても嬉しい。
「他の三名は今の地下室のままで良いのか?」
「はい。近くに居てくれたほうが安心できるので」
洞穴で寝かせていたピヨラ、ジョー、チャバさんは、新居へ引っ越したその日に、僕とベルとクウちゃんで地下室へ移した。
今の家を選んだ最大の理由は地下室があることと言っても過言じゃない。
いくらベルの保存魔法があっても、洞穴だとほぼ野ざらしだから心配だったのだ。
「そうか。他にも気づいたこと、困ったことがあったら、何でも言ってくれ」
ギルド長にこう言われたが、すぐには思いつかなかった。
「それにしても、ドルズブラの計画の杜撰さはおかしいな。せめてデガ達の実力を見極めてから旅立たせるか、もっと丁重に扱うべきだった。見張りどころか護衛も付けぬとは」
「仰るとおりです」
ギルド長の言葉に、ベルがいつにない熱量で頷いた。
「ミヒャエル嬢からすれば、デガ達は救世主、だったな。救世主とは何をする存在だ?」
「言葉通り、この世界を救ってくださるお方です。あの国で酷い扱いを受けて、デガさん以外が亡くなっていたことまでは、神託にありませんでしたが」
「では、世界を救うとは、具体的に何だとする? ミヒャエル嬢の主観でいいから、考えを聞かせてくれ」
なんだか壮大な話になってついていけない僕とカイトを他所に、ベルははっきり言った。
「この世界の歪みを正してくださる存在かと」
その後もギルド長といろいろ話をして、この日は僕の冒険者カードの更新だけして帰宅した。
「ベル、世界の歪みって何?」
いろいろ話はしたが、そこだけ聞けなかった。
「この世界は少々おかしいのです。一番おかしいのは魔物ですね。魔物は生殖をせず、魔素から自然発生します。そもそも魔素というもの自体、何なのかよくわかっていないのです」
「そうだったのか。見当もついてないの?」
ベルは曖昧に首を横に振った。
「ある人は『魔物がいるから魔素が発生した』と言い、ある人は『魔素があるから魔物が出てきた』と言います。堂々巡りになってしまうのです」
「卵が先か、みたいな話だな」
カイトは全員分の紅茶を淹れて、僕の前にも紅茶の入ったカップを置いてくれた。
「それと、魔物を倒した後もおかしいですよね。人間は死ねば、処理するまで死体が残りますが、魔物はそれまで持っていなかったはずのものを落として、しばらくすれば完全に消えてしまいます」
この世界の住人であるベルですら、魔物の在り方に疑問を抱いていたのか。
「で、僕たちが歪みを正せるっていうのは?」
ベルは紅茶に口をつけてから答えた。
「この世界の外から来たデガさん達ならば、この世界のおかしな部分に最も近く、気づくことも多いのではと思いまして」
「確かに、俺たちがいた世界を基準に考えたら、この世界は色々おかしいな」
カイトの言葉に、僕も頷いた。
頭の中でダイスロールができることも、ステータスを表示させられることも。日本でやろうとしたら、それこそVRの世界だ。
「でも、この世界はそういうふうにできている世界なのかと思ってた。まさかギルド長やベルみたいに、この世界で生まれ育った人がおかしいと感じるなんて」
「生まれ育った……? あら?」
ベルが両手で頭を包むように押さえた。呼吸が荒くなり、脂汗まで流している。
「ベル、具合悪い?」
「いえ大丈夫……あっあの、私、そうですよね、人間は、両親から生まれて、赤ちゃんの時代があって……どうして今まで私、気付かずに……」
ベルの顔色がどんどん悪くなる。
「ベル」
僕とカイトが同時に立ち上がり、ベルに駆け寄る頃には、ベルは座ったまま意識を失っていた。
ベルの部屋のベッドにベルを寝かせた。
ベルは普段着のままだが、着替えさせるわけにはいかないので、せめてと顔や首の汗を濡れ布巾で拭った。
「こういうことを前にすると、女手が欲しいな」
カイトが悔しそうにこぼす。僕も、無力感でいっぱいになった。
「あ、医者呼べばいいのか。女性の看護師さんとか」
「それだ、呼ぼう」
この正解に辿り着くまでに数分を要するほど、僕たちは混乱していた。
何せベルは、僕たちの恩人だ。恩人が突然意識を失って、パニックにならない程肝は座っていない。
「でもどこへ行けば……」
「俺が冒険者ギルドで訊いてくる。デガはベルの側にいてやってくれ」
「すまん、頼んだ」
今まさにカイトがベルの部屋から出ようとした時、ベルが「うぅん……」と悩ましい声を上げて、目を開けた。
「! カイト、待って。ベル、大丈夫?」
「デガさん……? わたくし、一体」
「急に倒れたんだよ。思えば、ここのところ休み無しで僕と仕事してたもんな。ゆっくり休んでて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます