第21話 本日のお仕事12 疑惑

 恐らく馬車が止まり、また担ぎ上げられる。

 しばらく歩き、比較的丁寧に下ろされた。


「暴れるなよ?」


 そう言って顔に被されていた袋をはずされ、両足を縛る縄も解かれた。

 うす暗い一室だった。近くに酒場でもあるのか、場違いな陽気な喧騒が聞こえる。

 温かみのない部屋に寒さからの震えも加わり、ぶるぶるが止まらない。

 部屋に入ってきたふたりの男性は、わたしの前の椅子に座った。


「手荒にして悪かったね」


 少しも悪びれることなく言ったのは、先ほどわたしを震え上がらせた声と同じだった。

 自分から顔を見ないと決め足元ばかりを見ていた。犯人の顔を見てしまったら消される可能性が上がるから。

 でも声を聞いた時に、確かめずにはいられず、わたしは顔を上げた。

 やはり国王陛下と宰相様だった。わたしは息を飲む。


「お前はリリアン・オッソーではないな? 何者だ? どうして息子たちに近づいた? 何を企んでいる?」


 一国の宰相であることを疑わせない鋭さで問われる。


「お、恐れながら申し上げます。わたしは確かにリリアン・オッソーではありません。ですが、リリアン様より承諾をいただき名乗っております。近づいたり企んだりしていません、誤解でございます。わ、わたしはただのメイドです。あの日給仕の仕事をしていて、王子様たちから急に仕事の依頼を受けたのです」


 身を縮こまらせて訴えたが、間が怖くて恐る恐るふたりを見上げる。顔を合わせていたおふたりはわたしに視線を戻す。


「……本物のリリアン・オッソーはどうした?」


「……名前を変え、外国に行きました」


「お前は何者だ?」


 ガチガチと歯が鳴った。


「お兄様とオーディーン夫人は何もご存知ありません。わ、わたしがひとりでやったことでございます。わたしは罰を受けるのは当然ですが、お兄様とオーディーン夫人は何も知らないのです。お許しください」


 床に頭を擦り付ける。


「それで、お前は誰なのだ? 名を名乗れ。作法が身についておる、ただの平民ではないだろう。どこの者だ?」


 陛下に問いかけられた。

 頭を下げたままでいると「答えよ」と発言を許可される。


「わ、わたしは、ファニー・イエッセル・クリスタラーでございます、国王陛下」


「顔をあげよ」


 静かに顔を上げる。勝手な発言は命取りになるが言わずにいられなかった。


「お願いします。罰はわたしひとりに。お兄様とオーディーン夫人はご存知ないのです」


 唇がワナワナ震え、泣きたくないのに涙はボタボタ落ちる。


「……瞳は本物と言ったな。髪は?」


「……これはウィッグでございます」


「取ってみろ」


 わたしはウィッグを取ろうとしたが、両手をまとめられているのと震えているので、なかなか取ることができない。

 王様が顎で指示を出す。

 わたしを捉えてきた人が、手の縄をナイフを入れて切った。ナイフを出されてまた身が硬直する。

 自分を叱咤して自由になった手でなんとかウィッグを外した。

 そのまま隣にいた人がごそっと動いて何かした。灯りだ。灯りをわたしの顔の横に持ってくる。眩しくて顔を背ける。


「茶色い瞳に、暗い赤毛。クリスタラー令嬢と一致するな」


 ファニーは王都に来ていないことになっているのに、基本情報は流れているらしい。


「クリスタラー令嬢なら、なぜ領地から出ている? しかも働いて? 病弱だと聞いているが」


「それは、……貧乏だからでございます」


「貧乏?」


「禄が払われているだろう?」


「禄はいただいておりますが、屋敷の修繕費にも届きません。働きに出たい旨は当主から何度も申請いたしましたが、通ったことはございません。ゆえに療養と称し屋敷を出て、メイドとして登録して働いております。リリアンお姉様の名前をお借りして」


 陛下と宰相様が顔を合わせている。


「領地を出ていて、精霊が怒ったことは?」


 宰相様に尋ねられる。


「ないと思います。それにわたしは緑を持っておりません」


 だから本当のところ精霊が怒っても、何かしらの事象として起こらなければ、わたしにはわからないと告げる。しばらくの沈黙が降りた。


「クリスタラー令嬢を守るメイドもクリスタラー令嬢であったか。……夜会はどうするつもりだったのだ?」


「夜会のみわたしが令嬢として出て、あとは身代わりを立てるつもりでした」


「自分を守るメイドになれと言われたか。そなたが自分で企んだとしたなら、首をしめているだけだな」


 わたしが高位の貴族たちに取り入ろうとした疑惑からは免れたみたいだが、そう思われた理由が自分で自分の首を絞めるようなことはないだろうっていうのが、お粗末すぎる。

 この場にいらした時の高圧的な何かも、一気に緩んだ気がした。


 再び、陛下と宰相様が顔を合わせ、頷き合った。


「全てを信じるわけではないが、今日のところは解放する」


「あの……お兄様と夫人はお許しいただけますでしょうか?」


「クリスタラー令嬢に兄はいないはずだが」


「あ、叔父とは歳が近いので兄のように接しておりまして、叔父のことです。申し訳ありません」


「それも保留だ」


 …………。


「わたしはこれからどうしたら?」


「私が今日こうして君を呼び出したことは秘密だ。誰にも言わずにいれば、クリスタラー男爵とオーディーン夫人のことは考慮しよう。君は変わらず、過ごしなさい。その代わり君のことは見張らせてもらうよ」


 変わらず過ごす? 夜会や夜会までの専属メイドは続行ってこと? お役目からも外してもらいたいが、頼めそうな雰囲気でもない。ただ肯くしかできない。秘密ってことはバレたことをお兄様たちにも相談できない……。


 馬車に揺られて帰ってきた。袋ではなく帰りは目隠しだった。足がガクガクしてちゃんと歩けなかったのでやっぱり担ぎ上げられた。なぜか椅子に座らせられず、横に寝かされた。毛布みたいのを被されて隅に追いやられる。馬車が止まり、また担ぎ上げられた。少し歩いてからおろされる。


「もう立てるか?」


 と低い声で言われて、わたしはうんうん頷いた。

 目隠しが外された。家の近くの路地だった。


 黒づくめの人だった。彼は胸に手をやり軽く会釈をして帰って行った。


 わたしはとりあえず顔だけ洗ってベッドに入った。頭が痛い。考えなくちゃいけないのに、どうにか生き残る算段をつけないとなのに、頭が痛くて何も思いつかない。衝撃がありすぎた。

 上掛けを頭から被ってわたしは目を閉じた。

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