第6話 メイドは空気です④阻止せねば

 お腹もいっぱいになったことだしと食器を洗っていて、はたと手を止めた。こんなことをしている場合ではなかった。早いところ手を打たなくては。魔具を使ってお兄様に通信だ。

 通信の魔道具はそこに魔力を込めると、相手先の通信魔具と映像を繋げるものだ。離れた場所にいても通じている間は姿を見て話すことができる。


 わたしもお兄様も術を組み込むまでの力がなかったので魔術を使うことはできないが、魔力はある程度ある。使いどころはないけれど。ああ、こうやって魔力を通すことで魔道具を使えるのだから、それはいいことだ。ただし魔道具はバカ高いのでウチには数えるほどしかないけどね。


 あの熱いお湯をそのまま保つための魔具とか欲しいな。今日の給仕で行ったパストゥール家ではそれぞれのお茶の適した温度に保てる魔具つきのポットがあった。お湯だけでもあんなに惜しみなく魔具を使えるなんて贅沢の極み、なんてお金持ちなんだ。


「お兄様」


 呼びかけると反応があり、お兄様の部屋と通信が繋がる。てっきりお兄様が気づいてくれたのだと思ったが、ホログラムのように現れたのはお兄様の乳兄弟のトムお兄様だった。紺色の髪につり上がり気味の茶色の瞳。とっつきにくそうと言われがちだが、とても優しい人だと知っている。もうひとりの兄のような存在だ。


「ファニー、元気そうだな?」


「トムお兄様! 元気そうで嬉しいわ。セリーヌお姉様やミリアもお元気?」


「ああ、おかげさまで変わりないよ」


〝おかげさま〟はこちらがいうことだ。トムお兄様は雀の涙の薄給でお兄様の秘書をしてくれている。あの無駄に広い誰もいないお屋敷を1人でまわしてくれているのだ。トムお兄様の妹でありわたしより3つ上のセリーヌお姉様も、わたしに侍女が必要なときは世話をしてくださる。普段着なら問題ないけれど、ドレスとなるとひとりでは着られないからだ。どうしても断れなかった挨拶ぐらいにしか赴いたことはないけどね。ミリアはわたしと同い年で少々引っ込み思案。彼女もセリーヌお姉様同様、わたしを手伝ってくれたりする。


「お兄様は出られない状況かしら」


「今、風呂に」


「おう、ファニー、元気でやっているか?」


 バスローブを大きくはだけさせたまま、タオルでくすんだ金色に見える髪を拭きながらお兄様も現れる。

 白いバスローブはいいかげんけばだっている。14歳で初めて働いたお給金でプレゼントしたものだ。今年の誕生日プレゼントは新しいバスローブにしようと心に決める。


「後からにしたほうがいい?」


 そんな格好でいさせたのでは風邪をひかせてしまいそうだ。


「いや、構わないぞ。緊急の用なのだろう?」


 呼吸を整えて、一気に伝える。


「近々、夜会の招待状が届くと思うんだけど、わたしは体調が悪くて動けないと断って欲しいの」


 お兄様とトムお兄様は顔を見合わせる。


「招待状ってこれか?」


 お兄様が見せてくださったのは、真っ黒の封書に金色に見えるインクで美しい模様が描かれたものだった。透かしの紙や花などが飾りに惜しみなく使われた優雅にデコったものでかなり目を引く。トドメは王家の封蝋印だ。


「今しがた、王家から届いてな。何があった? 話せ」


 わたしは今日行った仕事での出来事を話した。

 お兄様とトムお兄様がおでこに手をやり面倒くさそうな顔をしている。


「これは逃げられないな」


「ええ? 寝込んで回復の兆しが見えないとでも言って……」


「その様子だと、医者に見せるという名目で王家に囚われるんじゃないか? 何の意図があるのかはわからないが、ことが終わるまで離してもらえない可能性がある」


「ファニーと会いたいという手紙も各伯爵家から届いている」


 トムお兄様が教えてくれる。


「春の夜会に出向き、そうだなどうしても出ないとまずい夜会にだけ顔を出して、すぐに引っ込むのがいいかもしれん」


 この夜会は新年の春を祝う特別なもので、王族と一緒に2週間、その栄光と繁栄を祝うものだ。夜はダンスを、昼は茶会や宝探し的なイベントや王家の森で狩猟大会とかもあったんじゃなかったっけ。かなりの貴族が参加するはずだ。王都は貴族でごったがえす。王都に家がないものは仲のいい貴族の屋敷に泊めてもらったりしたんじゃないっけ。お兄様の様子からして、うちは城に泊まるよう指示があったのだと思う。


「お兄様、いつもはどうやって断っていたんですか?」


「毎年、エンデール伯爵様経由で、とてもそんな贅沢はできないと根回しをしている。今年もそうしたのだが、お前が16歳になり、さすがに社交界にデビューしていないのは遅すぎると言われたんだ」


 社交界デビューは14歳から始まる。ドレスだってお金がかかるし、会場に赴くのに歩きというわけにはいかないから馬車が必要だ。侍女や侍従も必要となってくる。

 そんなお金はどこにもないし、わたしも興味もないからなるべく関わらないようにしてきたのに。貴族が通う学園にもわたしは行かなかった。12歳から19歳の間に4年間通う学び舎だ。寮ぐらしは憧れたが、やはりうちにはそんな余裕はなく、すべて病弱を理由に断ってきた。領地に篭りがちなクリスタラー家を引っ張り出せる機会だからか、医者を特別につけるとか何とか言われたけど、しつこい時は精霊を怒らせたくないので長くは領地から出られないのだと言えばひいた。


「幸い、お前は病弱なことになっている。客間でほとんど寝ていることにして……」


「ダメです」


「え?」


「第二王子様、騎士団長の3子のマテュー様、魔術師長の1子テオドール様、宰相の3子のタデウス様、司祭長の1子のラモン様とわたしは顔を合わせました」


 お兄様たちが言葉をなくす。シーンとした。


「……部屋の中は替え玉を使うとしても、夜会にはお前が出るしかない。顔はベールで隠して、風邪をひいて声が出ないということにして……」


「やはり、行かないことにするには?」


「従者の方が承諾の返事しか持って帰れないと、客間から引き揚げないんだ」


 お兄様はどうしたもんかと一風呂浴びていたらしい。

 王族に宰相の息子が絡んでいると無駄にやることが早い。


「替え玉はミリアで良いだろう。幸いファニーと背格好が似ているから」


 トムお兄様が腕を組み、思案顔で言った。

 ああ、そんなことを頼んだらミリアは卒倒するんじゃないかな。ミリアの方がよっぽど深窓のお嬢様っぽいもん。


「ああ、こういう時こそ、精霊を怒らせる訳にいかないって言えばいいんじゃない?」


 哀しいかな、仮であろうと現・緑の乙女はわたしだから。


「王家にそれは通じない」


「どういうこと?」


「義姉さんが。お前のお母様がだなー、春の夜会に参加したことがあるんだ。だから移動を含め3週間ぐらいは留守にしてもどうということはないのはバレているんだ」


 ……お母様、けっこう自由人だったのね。


「……それを知っているのに、緑の乙女は働くなとか領地から出るなとか言うわけ?」


 その制約のせいでこっちは行動を狭められているのに!


「……そうだな。もし夜会で声を掛けられることがあったら、制約について言ってみるが」


 お兄様は今までも親しいエンデール伯爵様には制約を緩めてもらう方法はないか相談してくれていたみたいだ。でも王族に話を通すというのは難しいことらしく、なにか功績をあげ名前が知られてやっともっと少し上の人と話ができ、またその上の人に繋いでもらいと段階を踏む必要があるらしい。


「どうにもならないの?」


 お兄様たちは同時に言った。


「「あきらめろ」」


 ええーーー。クリスタラー令嬢が夜会に参加しなければ、メイドの方も関わらずに済むと思ったのに。


「ファニー、思ったんだが、逆にいい機会じゃないか?」


 え?


「いい機会?」


 わたしは訳がわからず首を傾げた。


「人間性はどうあれ、顔はよかったんだろ?」


 お兄様は何を言い出すんだ?


「その中で一番好みのヤツをたらしこめ」


 なっ。


「た、たらしこめだなんて、なんてことを言うの?」


「ファニー、よく考えるんだ。うちは貧乏だ。普通にしていたら届く縁談もない。それが聞いてみればトップクラスの家門ばかりじゃないか。ファニーの姿で会うことはない。メイドの姿なら本性を見ることができるだろう。そこで良さげなやつを見繕って、令嬢としてとっとと捕まえて引きずり込め。そうすればお前は働かなくても済むし」


「何を言うのよ」


「……考えてみたらファニー、そんな悪いことじゃないかもしれないぞ」


「トムお兄様まで」


「おれもお前には幸せになってほしい。尊い血筋なのにお前の年でミリアよりもよっぽど働きづめじゃないか。相手の身分が高いだけに結婚すれば薄情なことはしないだろう、体裁があるからな。お前が今働いている分くらいはきっと出してくれるさ、いいや、それ以上だろう。お前は顔のいい旦那を手に入れて、贅沢な暮らしができるようになるんだ。腹をくくって選んでやれ」


 ダメだ、トムお兄様も変な考えに取り憑かれている。


「そうだな、結婚が嫌なら、それは考えなくてもいい。男を見る目を養う場と思えばいい。腹が立っているなら返り討ちにしてやれ。そうだな、その考えの方がファニーにはあいそうだ」


「確かに」


 トムお兄様も頷く。


「貸しを作るのもいいんじゃないか? 特に王子に貸しを作れたら、制約のこともなんとかなるんじゃないか?」


 それは確かに。


「ば、バカなことをいうな。王族に関わるのは、ファニーダメだ。どこで不敬罪とされるかわからないんだぞ。アヴェルの戯言を真に受けるな」


「だ、そうだ」


 慌てているトムお兄様をチラリと見て、現当主、アヴェル・フォン・クリスタラーお兄様は話をまとめた。

 

 王族に関わるのは確かに危険だ。でもやはり制約についてなんとかできるのも王族なのだ。

 例えば、クリスタラー令嬢があの5人の企みを知り、『ワタクシを騙そうとしたんですわね、ひどいですわ』とか泣き叫び、世間に広められたくなかったら制約をなんとかしろって言ってみるとかどうかな?

 でも、ふと5人の顔を思い出して、自分の考えにダメ出しをする。陳腐すぎる。向こうが身分が上だしね、わたしが憤っても痛みになるとは思えない。いや、あちらの方が役者が上だ。やり込めたとしても束の間、やり込められている未来しか想像できない。

 うん、無理だ。やはり、全力で関わらないようにするべきだ。


「あんまり考え込まず、男爵令嬢が貴族を落とすのが流行だそうだから最先端を行ってみろ」


「やだ、領地にいるお兄様がなんでそんな噂話を知っているのよ?」


「ここにいても私にはいろんな情報が入ってくるんだよ」


 ちょっと得意げだ。その少し顎をあげた角度は、どこかお父様を思い起こさせて、言葉が出てこなくなる。


「招待状には参加すると返事をするぞ、居座られるのが迷惑だったんだ」


 ファニーは参加決定か……。


「あ、そっか。ファニーの方は行くことにして、メイドの方は明日怪我でもすればいいのか」


 もちろん本当に怪我をするわけではないが。

 言うとお兄様とトムお兄様がクスッと笑われる。


「なあに?」


「お前の考えぐらいお見通しだと思うよ」


 お兄様はそんな謎の言葉を残した。


 次の日、紹介所に赴き、言葉の意味を理解した。

 春の夜会までの3週間みっちり、4人の家に指名で仕事が入っていた。

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