白雪・シャラ・シャーロンはバーチャルユーチューバーである。

雨竜三斗

第一章 対自的同一性

1-1 シャラの卒業配信

パソコンの画面に映っているのは動画サイト『ユーチューブ』の画面だ。


そこにはアニメキャラのようなアバターを使い活動する

『バーチャルユーチューバー』通称Vチューバーの生放送が映っている。


雪のように白い肌、黒いミドルヘアに赤いカチューシャ、

青いブラウスを着た、絵本やアニメ映画で描かれる

『白雪姫』のような2Dモデルの人物は、

絵本のクライマックスを語るように話す。


「本日、この配信をもって、

バーチャルユーチューバー『白雪・シャラ・シャーロン』は、

Vチューバーを卒業します」


そんな挨拶とともにシャラの最後の配信は始まった。

リンゴのような赤い唇から物悲しい事実が語られる。


「だけどわたしは他の人の卒業証書を取りに行っちゃったりする

おっちょこちょいなので、卒業式みたいなことはしないよ。

いつも通り雑談配信みたいな感じでいきますね」


「草」

「最後におもしろい話を持ってこられた」

「俺もドジの自覚あるけどそれはやったことねーぞ」

「絶対他にもドジエピソードあるぞ」


シャラの言葉で生コメントに漂っていた

寂しげな雰囲気は、笑いに変わった。


シャラはやっぱり狙ったわけではなく、

なんでこんな雰囲気になってるのかと首を傾げつつ、

自分のデビューから思い出話を始めた。


「――一周年配信のときにもトラブルあったなぁ~。

バタバタ~ってしちゃったけど、

マネージャーさんががんばってくれて、

なんとか最後の歌に間に合わせられたんだよね~。

最後の歌が終わったあとマネージャーさんにお礼を伝えに言ったら

もぉ~ボロボロ男泣きしてて。

今ももしかしたら大泣きしてるかも」


シャラは穏やかな声で思い出を語った。

2Dモデルも変わらずおっとりとした表情で動いている。


シャラの思い出語りを受け、生コメントでは、

「最後だもんな」

「いいぞマネージャー、泣け」

「マネージャーはシャラがなんかするたびに泣いているな」

「リッカのソロデビュー発表でも泣いてたって聞いたぞ」


という相変わらず冗談交じりなコメントが飛び交った。

シャラはコメントを見てクスクス笑って話を続ける。


「今日は事務所のスタジオで配信させてもらってるんだけど、

マネージャーさんとはこのあとちゃ~んとお話してから帰らないとね。

もちろんお家よりスタジオっていう

いい環境で最後の配信したかったっていうのもあるし、

事務手続きとかもあるから、

マネージャーさんのためにここにいるんじゃないんだからね」


「分かってるよ」

「文字起こししたらツンデレ構文になりそうで草」

「よかったなマネージャー」

「最後にいい声を聞かせてくれてありがとう」


そんな一般コメントに混じって、

『今東京にいないあーしのためにもう一度卒業配信して』


というシャラのデザインを担当した絵師『十四時』から、

最高額の投げ銭と生コメントが入った。

シャラはすぐに見つけて返事を口にする。


「十四時ママもわたしを最後まで見てくれてありがと。

でも、もう一度卒業配信するには入学しないとだね」


生コメントのツッコミも交えてシャラは楽しそうに、

みんなの送ってくれるメッセージを見ていた。

見ているだけで笑顔が絶えないようで、

悲しさや寂しさを感じない。さらに、


「シャラちゃん卒業しないで」


またも最高額投げ銭が飛んだので、

シャラは思わずそのままコメントを読んだ。


送ったのはまたもリスナーではなく、

今度は同じ事務所所属のVチューバー

『親指・リッカ・チューリップ』からだった。


「リッカちゃん……」

「シャラのことお姉ちゃんみたいに慕ってたもんな」

「セリフ全部に濁点ついてそう」

「まだ泣いてそうな子いたわ」

「シャラの周りには泣き虫ばかりじゃね?」


そんな同情しつつも楽しそうなコメントも流れて、

シャラはまたクスクスとリンゴをかじるような笑い声をこぼした。

それから穏やかな顔でシャラは語りかける。


「ごめんね、リッカちゃん――」


シャラはそのあとの言葉に詰まった。

シャラの2Dモデルは口が開いたまま上を向く。


そうしていると、他の同僚Vチューバーからもコメントが届く。


――藁木・モトコ・レンガ:シャラの悲鳴を聞きたかった。


「じゃあ最後だし聞かせてあげる。きゃー」


「棒読みすぎる」

「草」

「モトコこれで満足しろよ」

「シャラのホラードッキリ耐性は異常」

「卒業ありなしに関わらず無理だろ」


――浦島・アスナ・タートルズ:健康面で相談があったらいつでも連絡してね。


「アスナちゃんありがと~」


――岩手・ソラ・カンパネラ:また雲の写真を送ってね。お酒でも可。


「ソラちゃんもありがとう。

お酒は送らないから雲の写真にするね」


寂しい雰囲気と、シャラのほのぼのしたトークが交互に流れ、

あっという間に予定していた配信終了時間に近づいた。


「はい、それではバーチャルユーチューバー『白雪・シャラ・シャーロン』は

Vチューバーグループ『フェアリーテイル』を卒業します。

今までありがとうございました」


2Dライブのモデルがペコリと頭を下に向けた。

2Dモデルではこれが稼働限界ではあるが、

シャラの礼儀正しさや思いはリスナーたちに伝わる。


「ありがとう」

「元気でね」

「りんごを喉に詰まらせないようにね」

「いい配信をありがとう」

「シャラと出会えてよかった人生だった」

「一生推し続けます」

「物語は完結してなんぼだからな」

「きれいなエンディングでよかった」


などなどのコメントがずっと流れ続けた。

画面はフェードアウトし、

用意していたお礼の画像に切り替わる。

数分ほどすると配信は終わった。

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