ー22ー


 もぐもぐ。


 モカちゃんがそれはもう美味しそうに卑劣腹痛巨人を食べるから、つい俺まで手をつけてしまった。


「のじゃー!!」


 観葉植物ママに羽交い締めにされ、のじゃのじゃ言うモカちゃん。


 食べようとしたらモカちゃんが残った肉片にダイブして身を挺して守るからどうすれば困った。それは大層困った。そこへ困り顔の俺を見かねて観葉植物ママがママ味の本領を発揮し、末っ子のモカちゃんを拘束してくれた。


 さすがママだね。偉大なるママだ。


 俺は卑劣腹痛巨人のドクドク動く心臓から更に肉をむしり取って、もぐもぐ。


「のじゃぁぁ……」


 絶望したような顔を浮かべるモカちゃん。可愛らしいオベベは赤く染まり、顔中赤黒い血が滴っている。


 う、うん。不気味すぎんよ。


 俺は子供を虐めるという変わった性癖は持ち合わせていない。むしろ子供が風の子のように楽しそうな表情を浮かべている方が好きだ。

 モカちゃんは……か、風の子というよりカニバリズム少女と化しているが、かわいそうな顔を見たくない。


 観葉植物ママをツンツンと叩いてモカちゃんを離してもらう。


 しゅるしゅるっと観葉植物ママがモカちゃんを離すと、モカちゃんは一目散にダッシュして残った巨大な心臓へ飛びついた。それはもう欠食児童のようにかぶりつく。


 ……卑劣腹痛巨人はすでに死に、心臓も剥き出しなのに未だドクドク動いているのはきっと俺の疲労のせいからきた幻覚だ。

 歯に挟まった心臓の肉片もなんか動いているのも気のせいだ。う、うん。


 ペッ。


 勢いよく歯に詰まった心臓の肉片を吐き出すと、観葉植物ママが口から伸ばした蔦でキャッチ。そのまま体内へ入れた。



 …………俺は何も見ていない。

 いいね? 君たちも忘れるんだ。



「げぷっ」


 何やら汚いゲップ音。観葉植物ママから視線を外し、そっちを見ればとんでもなく腹が膨れ、地面に寝転がっているモカちゃん。

 気持ちよさそうで今にも眠りそうだった。


 はぁ……いつまでもここにいても埒が明かない。というか異様に血生臭いところにいたら俺の綺麗なお毛毛ちゃんが臭くなっちゃう。


 ワーム君と汚い妖精を持ち上げながら立ち上がると、汚い妖精は俺の肩に座って楽しそうに足をふらふら。

 ワーム君はきゅっきゅっ、となにやら抗議っぽい声をモカちゃんに向ける。モカちゃんは心底めんどくさそうな目をワーム君に向けながらゴロゴロ転がってきた。


 怠惰すぎない? 休日のおっさんかよ。


「肩に乗せてほしいのじゃー。歩きたくないのじゃー」


 ため息を吐こうとしたら、地面に肘をつけグータラおっさんモードになっているモカちゃんがそんなことを言ってきた。イラッとしたが、案内役のモカちゃんがいなければここから出れない。

 だいぶ精神が退行しているように見えけど、きっと外に出る道は覚えている。つうか、覚えてくれてないと困る。


 お、覚えてるよね? モカちゃん。


 よくよく考えたらモカちゃんのせいで道中いろんな化け物と戦い、最終的にこんなところにつれて来られ卑劣腹痛巨人と戦わされた。


 ……お荷物じゃね?


 俺が不審な目でじとーっと見ていると、モカちゃんが身体をぶるっと震わせ、そそくさと立ち上がった。


 はぁ、めんどくさ。


 と言っても俺は優しいお兄さん。将来のボインのために一肌脱ごう。モカちゃんを持ち上げ、汚い妖精とは逆の左肩に乗せた。


 今回は多めに見るけど、次にまたこんなことがあったらお尻が破裂するまで叩くからね?


 モカちゃんは俺の考えていることが読めているのか、再び身体をぶるっと震わせた。


「の、のじゃ〜」

「きゅっきゅっ!」


 口笛のように「のじゃ」と放ったモカちゃんにワーム君のどこか呆れたように感じる鳴き声が響き渡った。




 なにやら涙目になったモカちゃんの指示に従いながら、俺たちは卑劣腹痛巨人の死骸とおさらばした。


 そのまま部屋から出ればまた薄暗い通路に逆戻り。チカチカと薄暗かったが一応赤い光があったのに、俺たちが暴れた余波なのか、今ではほとんど真っ暗。所々壊れた蛍光灯がチカチカ点滅している。

 戦う前までは俺の耳にはちょいちょい人の声や物音もしていたが今はそんな音も耳に入って来ない。素晴らしい無音の世界。


 な、なんか研究所を探索するホラーゲームだな……ごくりっ。


 ホラー系が大の苦手の俺はビクビクしながら進む。


 歩いて数分ぐらいだろう、突然背中をツンツンと触られ俺の身体はビクゥッと跳ねた。そのせいでうたた寝していた汚い妖精は怒り顔で俺の頬を小さな手でポンポコしてきた。


「きゅ〜?」

「うみゅ〜、のじゃ?」


 ワーム君は首をコテンと倒し、モカちゃんもよくわかっていないようでワーム君と同じように顔を傾けた。


 ただ、なんだろう。モカちゃんの可愛い声を聞けたけど、わざわざ「のじゃ」ってつける必要あった?

 ……うん。突っ込むのも野暮だろう。きっとモカちゃんは語尾を開拓中の新参者的なあれ。とりあえず全ての言葉に「のじゃ」という武器を掲げないと気が済まない先駆者。


 自分で何を言っているかわからなくなった。

 なんだよ語尾の新参者で先駆者って。


 脳内一人ツッコミをしながら、恐る恐る顔を後ろに向けた。そこには触手本先輩の身体である本の上で、腰に手を置き仁王立ちになっている観葉植物ママがいた。


 え? うん……!?

 ツ、ツッコミ待ち?


 先輩とママを支えているのは卑劣腹痛巨人の六本の腕。そして先輩の本から尻尾のように飛び出た悪魔の足はぐるぐるレーダーのように回転。なぜかツノのようにピンッと伸ばされた二本の悪魔の腕。

 最後に先輩の代名詞である触手はシートベルトのように自分の本に乗っているママの体に巻き付いていた。


 ど、同人誌に出てきそうな触手に襲われている少女みたいな絵面だな。



 ……めんどくさいから、ヨシッ!



 これは決して現実逃避ではない。

 妥協や諦めというんだ。いいね?


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