ー16ー


 アイエエェェエエー!?


 改めて語尾に「のじゃのじゃ」言っていた不審者のじゃロリをボインさんだと認識すると脳が大パニック。


 ぼ、ぼ、ボインさんのボインボインがなくなってるやんけ!

 ボインさんのボインボインのおかげで俺は今まで頑張ってきたのにぃィィイイ!


 がっくり項垂れていると、ワーム君がきゅいきゅい鳴きながら、ボインさ…………ボイン無いさんに近づく。


 え、食べる気?


 さすがにボインがなくても相手は人間。ワーム君を止めようとしたら、なぜだかボイン無いさんへ体を擦り付け甘い声を出した。


 ワ、ワーム君! ど、どうしたんだ!

 ご主人様は俺だろう!

 俺を捨てるつもりかぁあ!


 ぐるるぅぅと悔し涙を流す俺。そんな俺の横を観葉植物ママがやってきた。



 ま、ママぁぁぁ!



 ……しゅるしゅると蔦を伸ばし、ボイン無いさんへ木の実を渡した。


 き、貴様もか!

 お前はもうママ失格だ!

 ふんっ。


 不貞腐れて顔を背ければ触手本先輩。相変わらずピギィィィっと耳障りな、締め殺される鳥の声を出していた。


 う、うん。先輩は変わらずで俺は嬉しいよ。


 触手本先輩を胸に抱こうと駆け寄れば、先輩が俺を避けた。



 うぇ?



 …………触手本先輩が本から緑色の液体が滴っている肉片を取り出し、ボイン無いさんへ向ける。


 そ、それは流石にボイン無いさんもいらないんじゃないかな?


 さすがの俺もくだらないやりとりから正気に戻る。

 どことなくボイン無いさんもすっげぇ嫌そうな顔。


「そ、それはいらないのじゃ」


 触手本先輩がグイグイと、明らかに拒否っているボイン無いさんの頬っぺたに肉片を押し付ける。


 押し売りがすごいっすよ……先輩。


 うーん。さっきからちょいちょい、ボイン無いさんから美味そう匂いが漂ってるんだよなぁ。

 なんなん? 食べ頃的な感じ?


 でも、俺は人間。カニバリズムはNGだ。


 とりあえず、ボイン無いさんを頭のてっぺんから爪先までジロジロ見る。本来のボインさんはこう、すっごい色気が半端ない美人だったけど今の幼女形態もすごい愛くるしい。

 どことなくボインさんにも面影……というか本人のはず。そのまま若返った感じ?


 げ、原理は知らんがボインさんは研究者ちょちょいと若返ることぐらい余裕だろう。いつもは業務的な言動だったのに、今では取ってつけたような「のじゃ」語尾がついてる。


 ……もしかして、肉体に引っ張られて精神も幼くなってるとか? そ、そ、それによって記憶も退行してい…………る?



 ゴロゴロゴロ…………ドッッカアアアァァァン!!



 俺の灰色のスーパー細胞へ雷が落ちた。

 とんでもない悪魔的発想を思いつく。


 俺はすでにボイン無いさんが成長すれば、ボインボインのボインさんになることを知っている。


 つまりだ。

 俺がこのまま育てれば、光源氏計画になるのでは?


 そ、そうだ。

 光源氏と同じように、甲斐甲斐しく世話すれば、大きく成長した時に合法的にボインボインをよろしくできるって……ことじゃねぇかぁああ!



 たくっ、しょうがねぇな。

 俺の肩に乗りな! 嬢ちゃん。



 ニカッと白い歯をボイン無いさんに向け、親指をグッと肩を指す。


「ありがとうなのじゃ〜!」



 襲ってくる奴らは片っ端から轢き殺してやんよ。

 お兄さんの格好いいところ見せてやるから、お目目大きく開けとけよ?



 俺はボイン無いさんを肩に乗せ、颯爽と通路を走った。






 ー主任:モニカ・R・ジェーンー


 人狼と合流したが、彼は私に気づいていないようだ。


 地上から持ち込んだ魔因子以前の漫画には幼子の少女が語尾に『のじゃ』と付けることをきちんと学んでおいてよかった。さすがの私も火の鳥フェニックスの影響により子供になるとは思わなかったからな。

 ふふ。子供の真似をするのはさすがの私も恥ずかしさはあったが、ここまで気づかれないとむしろ清々しい。私には隠れた演技の才能もあったようだ。少し照れてしまうね。


「そっちなのじゃ〜!」


 異常な嗅覚と聴覚を持っているが意外と方向音痴なのか? それともわざと下へ向かっているのか?


 偶然だったが、合流できた彼をむざむざ死なせることはしない。おそらくというよりは確実に彼も気づいているはずだ。

 私ですら、さらに地下深くで魔人たちが暴れ回っていることに気づいている。


 お茶目なやつだ。少し頭を撫でてやろうとしよう。


 ほほう。いつもはガラス越しで見るだけしかわからなかったが、かなりの柔らかさ。体毛はかなり長く、今の私の小さな手では容易く埋もれてしまう。そのまま皮膚に触れてみれば、まるで冷えて固まった溶岩の感触。

 クラーケンと戦わせてみたが、この硬さなら確かにクラーケンですら手も足も出ないだろう。実に化け物じみていると言わざるを得ない。


 おっと、あそこの部屋から魔力が滲みでいる。この体になってから魔力を用意に感じれるようになって便利だ。


「あそこへ行って欲しいのじゃ〜!」


 私が指示すれば、彼は嫌な顔も雰囲気も出さず向かってくれる。二つの瞳は全ての光を吸い尽くす漆黒。魔族に違いないはずだというのに彼には凶暴性の欠けらもなく、むしろ優しさが垣間見える。


 ……バラバラにしたい。


 おっと、まずいまずい。自然と口角が上がってしまった。小さな掌で口元を隠す。ん? なにやら一瞬彼が震えた気がしたが、気のせいか。


「ちょっと待ってほしいのじゃ〜!」


 彼にドアをこじ上げてもらい、外で待機してもらう。


 最高の気分だ。****の濃い彼を操るのはどうして、ここまで気持ちがいいのだろうか。


 …………体の中で何かが変化している。急いで部屋の奥へ走り壁に手を当て、生体認識による解除。乱雑に引き出しを開け、抗魔剤になる前の原液を注射器を通して首に突き刺した。

 大海原にバケツの水をかけているようなものだが、気休め程度でも効果はある。目がチカチカするほどの激痛が起きたが、すぐに火の鳥フェニックスの再生能力で痛みは引いていく。


 ふぅ。一呼吸してから、試しに精神汚染感知の端末を突き刺せば、ほんの僅かだが少しだけ戻っているように見える。まぁ、それ以上に魔力汚染が酷すぎてピーピーうるさいが、どうでもいい。もはやこの体は新人類よりさらに上の存在。


 今更魔力汚染うんぬんなぞ、気にならない。


 やはり精神方面で汚染があったようだ。多少だけだが意識が引き戻されたかのように思える。他の引き出しから私が密かに集めていた幻獣や魔獣の血を取り出し、片っ端から体内へ注入していく。


「ぐ、ぐァ……が、ガッ! ァッ!?」


 凄まじい拒否反応により、両手が破裂。だが、すぐさま火の鳥フェニックスにより元通り。次に眼球が潰れたがそれもたちまち復元される。


 次々に体の部位という部位がぶっ壊れ、再生していく。


 部屋中がまるで私を雑巾のように振り回したかのように赤一色になっていくと、ようやく体内で荒れ狂っていた幻獣と魔獣の魔因子は少しずつ****により、抑え込まれていく。


「ふぅ……」


 おそらく彼が近くにいるおかげだろう。ここまで順調に行くとは思わなかった。私の考えでは一人だけだったらまず、少なくとも数年は植物状態の予定だった。


「ふふ。次は尻尾を撫でて感謝でもしようか」


 これで私も晴れて更に自身の身体の経過と、彼と彼に従っている物たちをじかに観察と実験ができるようになった。てっきり、彼が私の魔力に気づくかと危惧したが、彼はまだ魔力感知の類はわからないようだな。

 それとも、彼が私に近づいたことに気づき、一目散に死体の所員で作ったプールに飛び込んだおかげかな?


 まぁ、理由なんて直接聞かなければわからない。だとしても彼が正直に答えてくれるかもわからない。というより、彼は喋れるのか?

 …………気になる。

 気になるが、彼が不機嫌になってしまえば元もこうも無い。追々調べるとしよう。


 それにしても彼は私に随分と心を許しているようだ。それとも幼児趣味でもあるのかな? いや、それはないな。そもそも彼は元が人間だとしても、今はもはや別の生物。人間を家畜としか見ていない魔族。

 考えるほどでもないが、私の体内にある僅かな人狼の****と火の鳥フェニックスの****だろう。


 む? いきなり胸に去来する悲しみの感情。


 どうしたんだ? 生娘でもあるまいに。彼が私ではなく私の中にある****に興味を持ったから何だ?

 少しずつ刻まれていく悲哀。

 ふぅむ? 私の内部で変な方向へ変わっていってる。面白い。やはり実験するなら自分の身体だ。


 いつまでも、ただ考えていては時間が勿体ない。そろそろ上から厄介なやつらが来るかもしれん。私は急いで箱から幻獣と魔獣の肉片を取り出し、口へ運んでいく。






 ボイン無いさん改め、モカちゃん。


 お部屋でお着替えでもするのかなと思って、待ってたら口を真っ赤にして出てきた時はおったまげたよ。

 俺の尻尾もちょっとドン引きしてたね。なんかいつもよりちょっと引き攣ったチロチロしてたもん。

 そんな俺の心境が伝わったのか、急いで口を拭いてかわいいおべべに着替えて出てきた。


 かわいい。


 俺の肩によじ登ってくると、耳元で自己紹介。俺の代わりに尻尾がチロチロとモカちゃんに挨拶をすれば、ちっちゃなお手手で尻尾をナデナデされた。


 明らかに偽名っぽい言い方をしていたけど、名前がないよりはマシだ。とりあえず幼女だし、ちゃん付けでモカちゃん。



 けどさぁ、モカちゃん?

 君、わざと変な場所に誘導してない?

 さすがのお兄さんもそろそろプンプンしちゃうよ?



 向かう先、向かう先、とんでも化け物と魔獣の群れ。いくら俺が紳士だとしても、説教をかましたくなる。


 ただでさえ、モカちゃんを肩に乗せてるせいで俺は激しい動きができない。降ろそうとすればウルウルした目で見てくるから、みんなに任せて遠目から眺めることしかできないし。



 はぁ。戦う勇姿を見せつけられないのは……おいら、悲しいよ。



 お? ようやくモカちゃんがちゃんとした場所を選んだおかげでスムーズに進める。そのまま出ると大きな空間にたどり着いた。


 ……モ、モカちゃん? すごい表情なんだけど。


 発禁行為されているような顔しないでくれる?



「ドォォオオオン!!」



 うるさっ。


 とてつもない大きさを響かせ、何かが降ってきた。

 目を向ければ二十メートル近い巨人。



 ……モカちゃん。

 お尻ぺんぺんするからお尻を向けてくれる?

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