ー7ー



 ぺたぺた。


 ヘロー!


 尻尾が観葉植物さんに絡むのはこの際いい。いや、よくないけど置いとこう。


 いい加減、靴が欲しいかった。

 こんな見た目だけど、俺人間なんだよ? そこんとこわかってる?


 冷たい通路を直に裸足で歩くのは、原始人っぽくてなんか……嫌なんだよね。ムスッとしながら歩いていると、横でモゾモゾしながらついてくるワーム君の視線。


「きゅい?」


 癒されるわぁ〜。


 さすがワーム君、俺が少し不機嫌になっているのを悟ったようだ。ワーム君をわしゃわしゃしてあげると、背中に小さな衝撃。

 観葉植物さんもついに表情を変えるという機能が増えたみたい。どことなくムスッとした雰囲気。というか俺の真似をしているだけだった。


 ……うん。

 た、多分ワーム君成分のせいだろう。鳥と狼と人間を混ぜた顔みたいになっている。ちょっぴり人間味があるのは俺のおかげだ!

 なんで狼も混じっているのか謎だが、俺のワイルドな姿の具現化だろう! 尻尾は生えているが俺は人間だ!



 お?



 そろそろ通路の終わり。いつもなら不快な液体をぶっかけられるが、今日はなかった。るんるん気分で少しだけスキップしながら進めば、頭上からだらぁぁ。



 ……最低の気分になった。



 犬の真似をしてぶるるっ。液体を吹き飛ばせば、ワーム君も俺の真似をしていた。

 お目目をぎゅっと潰している姿は超絶かわいい。


 観葉植物さんは……うん。

 しょ、植物だからね。体にかかったネバネバの液体はすぐに吸収されていった。


 俺とワーム君だけなら、モフモフ一行になるけど、観葉植物さんもいると…………や、やめておこう。自分に精神攻撃してもしょうがない。


 気を取り直して、部屋から出た。



 え? なんかすっげぇぇ、きもいのがいんだけど。



 二体の変な物体。簡単に言えばファンタジー定番のスライムっぽい何か。

 けど、それだけじゃない。なんて説明すればいいかな。

 ぐにょぐにょの粘液生物がいるだろう? そこから男性の両手両足と頭が生えているって感じだ。


 きもいだろう? そういうことだ。


 でも、うーん。どこか嗅いだことがある匂いだと思うけど……こんな気持ち悪い生物は見たことがない、気のせいだな。



「キュイキュイ!!」

「ギュイギュイ!!」



 ワーム君は羽を膨らませ威嚇。観葉植物さんは顔を膨らませ威嚇。


 ……観葉植物さん、それやめてくれない? あ、もしかしてあれの真似してる感じ?

 だとしても、俺がすごいぶっさいくに見えるからやめて欲しい……


 ジリジリと警戒しながらキモキモスライムを見る。


 ふぅむ。以前のキメラみたいにいきなり攻撃してこないところを見ると、意外と安全か?


 粘液の真ん中には丸見えの臓器。両手両足に頭は同じ位置で固定されているわけではなく、常に動いている。


 うん。キモい。



「きゅぃぃぃいい! ぼぉぉぉ!」



 ワーム君がいつもと違う鳴き声をあげたから、チラッと見れば口を大きく開き、黒い火の粉が舞っていた。

 そのまま、キモキモスライムに照準を向けると黒い炎の球を発射。



 ドォォォン!!



 凄まじい振動と風圧に俺の毛並みがわっさわさ暴れる。粘液が蒸発しているせいなのか、紫色の煙がすごい。

 少しずつ煙が消えると、キモキモスライムの一体が消失。



 ワーム君、つっよ。



「ギュィィィイイ! ガァァ!」



 ……本当やめてくれない? 俺の可愛いイメージが台無しなんだけど。


 観葉植物さんの顔はさらに膨れ上がり、口からワーム君と同じ黒い炎の球を発射した。


 再び、ドォォォン!! と音が響き、巻き戻しみたいな同じ光景。もくもくと紫色の煙が消えていくが、キモキモスライムは消えていなかった。


 およ? もしかして観葉植物さんってワーム君より弱い?


「きゅきゅいっ!」


 ワーム君がちょっとドヤ顔っぽい表情で観葉植物さんに向けた。その時、キモキモスライムがこちらに穴を開けたから、すぐに横へ回避。


 ベチャベチャ! ジュゥゥ……


 ワーム君もわかっていたようで、きちんと避けていたが、観葉植物さんだけ動かずに全身に粘液が降り注いだ。

 急激に観葉植物さんの体表が溶けていく。特に俺の大きくぶっさいくな顔がドロドロになった。


 ……え? 何? こいつら俺を馬鹿にしてんの?


 ちょっとイラッとしたが、キモキモスライムの粘液に触りたくない。というか肉弾戦しかできない俺が触れれば、確実に俺のキューティクルちゃんたちが腐る。


 ある意味膠着状態になっていると、俺は二度見した。いや、三度見。本当は四度見ぐらいした。


 なんでだって? 観葉植物さんの膨らんだ顔から触手が生えてきたから。



 きぃぇぇええ! きめぇぇええええ!!



 触手がわさわさ出てくると、観葉植物さんはすぐに顔を再生させ俺の凛々しい顔に戻る。


 触手を見れば、あの悪魔が封印されている本だった。本から触手が出ている光景に疑問を抱くが、どうでもいい。


 いつのまに観葉植物さんはあの本を体に仕舞っていたんだ?

 全く気づかんかった。


 悪魔本は二本の触手を足のように使って立っていた。更に五本の触手がにょきにょき出てくると、キモキモスライムの方へ触手で作った逆五芒星。



 ズゥゥゥン。



 全身にとんでもない圧がかかったかと思えば、キモキモスライムがぺちゃんこになって圧死した。



 ……ヨシッ!



 俺は何もしていないが、俺の勝ちだ。だって俺っちがリーダーだからね!

 よ、よぉし。次という次こそはボインさんのボインボインを所望だぁ〜。


 全てから目を逸らし、俺は開いたドアを潜って自室へ戻る。






 ー魔染生命体研究部:研究員ー


 魔力感染及び魔力汚染による生命の渇望変異体。通称、魔染生命体。


【魔染生命体二体と特異個体人狼、変異個体ワーム、特殊個体アルラウネによる戦闘を行う】


 最近やたら魔染生命体が増えウキウキと研究を実験していたら、そんな通告が昨日飛んできた。

 はぁ……しかも、僕が一番気に入っている魔染生命体の二体と戦わせるそうだ。そのせいで朝から腹の調子が悪い。うっ! は、腹が痛いっっ!


 ふぅ。スッキリしてから戻ってきた。うぅ、数ヶ月間ずっと見守ってきて、最近では子どものように思っていたのに。


「ジャックぅ、ドレイクぅ……」


 ガラスに貼りついて我が子を見る。なんとなくジャックとドレイクもうるうるした目を僕に向けている気がする。

 あ、そろそろご飯の時間か。餌ボタンを押せば、二人は逃げる新鮮な餌を追いかけ回し、ご満悦。

 愛らしいよぉ……。


「……ジャック、ドレイクってあの二体ですか?」


 いつのまにか竜を専門にしているふくよかな所員が聞いてきた。僕の子どもに二体という言い方は聞き捨てならないが、ここで反論しても特に意味がないだろう。


「そうです!」

「……そ、そうですか」


 なぜか心底気持ち悪い目を向けてきた。なんだ、なんだ? 喧嘩を売っているのか? 研究対象だとしても、僕には息子なんだよ!!

 はぁ、これだから竜とか混合獣キマイラとか幻獣関係の研究者は嫌いなんだ。いつも上から目線で魔染生命体専門にする僕達を馬鹿にする。

 いつだってそうだ! 僕達が頑張ってきたからこそ、魔染生命体への対抗手段や様々な新しい武器ができるってのに! んもぅ! 全く、いやになるよ。

 それとも何百年前のことをウジウジ引っ張ってるのかな? あれは僕達のせいじゃないのに……


「はぁ……」

「おや? どうしたのかね?」


 僕の上司でもある主任がいらしていた。すぐに姿勢を正して挨拶を返す。


「あ! お疲れ様です! 主任」


 いつみても綺麗な人だなぁ。僕もここへ来てから数十年経つけど、主任って一体いくつなんだ? ここへ赴任してきたばかりの時、何十年もここにいた人に聞いても、知らないって言ってたし。

 うーん。謎ばかり深まるなぁ。ま、大方、僕と同じ地上で魔導科学とかナノテクノロジーの改造手術でも施したんだろう。いくら考えでもわからないし、どうでもいいや。


「本当にジャックとドレイクをあの人狼と戦わせるんですかぁ?」


 僕がちょっとねっとり聞くと、主任が朗らかに笑った。


「はっはは。そうだよ、すまないね。えーと、ジャックとドレイクだったか? 残念ながら私たちは研究者だ。常に成果を出さなければならないからね。今回は君の可愛い子を使わせてもらうよ」


 さっすが主任! 他のやつらと違ってきちんと僕の子だとわかっている!


 すごく嬉しくなり、主任に最近のジャックとドレイクと可愛さをたくさん伝えた。主任は全く気味悪がらず、真剣な顔で聞いてくれる。その上質問もしてくれた。


「おっと、すまないね。そろそろ到着予定時刻だ」

「はい!」


 あれ? ジャックとドレイクも興奮してるみたい。少しだけ資料を読んだけど、目覚めたばかりの人狼の魔力によって著しく変貌したんだっけな?



 ……もしかして、ジャックとドレイクは僕を差し置いて、あの人狼を親だとでも思っている?



 そこからの出来事は記憶に残したくもない。ただ一方的に蹂躙されて死んだゴミ二匹。何もせず、ただただふよふよして人狼へ魔力を飛ばす姿は殺意が湧いた。まぁ、それも変異個体のワームを怒らせただけみたいだけど。

 全く強くないし、一匹はすぐに丸焦げ。もう一匹が残りカスを捕食して強くなったみたいけど、すぐに現れた変な本の魔術によって押し潰されて死んだ。


 はぁ……いつも体をぐちゃぐちゃにしてあげたり、いろんな薬品を投与して愛したのに僕を忘れるやつなんてどうでもいい。


 報告資料も作りたくないが、主任がいる手前作成しないといけないだろう。主任が目を爛々とさせていたけど、よくわからない。


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