ー4ー


 

 ふぇぇ……このクッションとズボン最高やぁぁ……

 


 まずはクッション。

 低反発でなおかつ上品なさわり心地。実に高級感溢れているだろう。

 尻尾を置くとパタパタ動いていて喜んでいるのがわかる。

 

 次にズボン!

 麻布か何かで作られていて、チクチクと俺にダメージを負わせてくるが、今までの俺は原始人以下だったので、これのおかげでレベルアップして下半身を隠すということができるようになった!


 最後に! ななな、なんと綺麗な観葉植物が置いてあるじゃないですか!

 これを見ていると、とても大自然に包み込まれ…………

 

 

 ってざけんな! 何度も一人でボケツッコミをやらせんな!

 なんだこの小さいクッション! 人を馬鹿にするのも大概にしろ! 尻尾しか置けねぇぞ!


 ズボンもズボンだ、いつの時代だよ! お前らが入ってきたときスーツとか白衣着てたの知ってるぞ! それをよこせよ!

 なーにが高給取りだ! 小学生の風呂掃除レベルのお駄賃かよ!


 ていうか部屋のインテリアを変えるのに、観葉植物だけ置けば良いと思ってんのか!!

 場所移らせたくせに、ほとんど同じような部屋じゃねーか!


 俺がクッションを尻尾でぽふぽふして怒っていると、いつものようにまた声が来た。

 

「おはよう、取り寄せたクッションとズボンは良い具合かい?

 かなり特製でね、君のために特別に発注したんだ。

 君が今見ている観葉植物もかなり特殊な植物でね。

 特別に特殊チームを用意して、採取してきてもらったんだ。

 もし何か改善点等あったらいつでも言ってね。

 すぐに変更しよう」

 

 お、おう。またマシンガントークですか?

 ってちがーう! なーにが取り寄せだ! 人を馬鹿にしやがって……


 が、俺がいくらぷりぷり怒っても、尻尾はクッションをとても気に入っているようでパタパタ動く。俺は尻尾のためにも、クッションを奪われないようにぐっと堪え唸るだけに止める。


 ぐるるぅぅぅっっ!

 

「そんなに高ぶらなくとも次の戦闘相手は今準備しているよ。少し時間が空いてしまったが、そろそろ到着するから喜んでくれ。今回も前回同様、素晴らしい戦闘データが手に入れば、好きな物を与えよう。…………しかしその体の変化は、ふぅむ。今度私が直に見てもいいかね?」

 

 ざけんな! いつ俺が戦いたいって言ったよ!

 どうせまた悪魔みたいなやつだろ?


 ヘロー!


 こ、今度こそ。そ、そのボインのボインボインをボインしてやるからな……!!


 尻尾の先端がむずむずするのは気のせいだ。いいね?

 キメラの尻尾のように蛇がちょこんとヘロー! って感じに主張しているのは目の錯覚だ。


 必死に目を逸らしていると、再びドアが開く。開いたドアの奥には机があり、その上にアクセサリーらしき物が置いてあった。


 ヘロー!


 だ、誰かの忘れものかな?


 近づいて見るとそれは俺が以前壁にぶん投げた羊のツノだった。紐が通されアクセサリーのようになっている。


 まったく……俺は倒した相手の一部つける蛮族じゃないんですが? しかもなんか以前より禍々しく黒く変色しているし。


 これ以上はキメラと関わり合いをしたくない。無視して通ろうとすると、ボインさんがねちっこくアナウンスしてきた。

 

「それは君が初めての戦闘で倒した混合獣の角だよ。君の力と呼応したのか、変異してしまい私たちが取り扱うのにも困っていてね。よかったら付けてくれ」

 

 よかったらって言ってますが、それよくある上司が言う強制ってやつですよね。俺ちゃん知ってます!


 なんだかんだ言って俺は元社畜。上司もといボインちゃんを立てるため渋々首に通す。


 ぶるっ。な、なんかツノが震えたんですが、呪われてません? これ。


 俺は若干及び腰になりながら呪いの装備とともにドアを潜った。


 

 相変わらず長い通路を通っていると、また前と同じくアルコールが噴出される気配が出たので後ろにバックステップしてドヤ顔をする。

 だが飛んだ先の上から、ぬめぬめした液体をぶっかけられました。


 俺じゃなくてボインさんにかけてください。切実な思いです。破廉恥なボインがボインしているところが見たいんだよッ!


 ぬめぬめの液体を取りながら歩いていると、ようやく通路の出口から出れた。今度の場所はかなり広いところのようで、辺り一面木や花が植えられている屋外のような見た目の場所。

 

 どうして俺の部屋は観葉植物だけで、ここはこんなに自然いっぱいなんですかねぇ? これを俺の部屋にしてよ。

 

 もはやプリプリを通り越して呆れている俺。ノソノソと土の感触を足裏で感じていると、ゴゴゴと地面が揺れた。


 なんぞや?


 目を向ければモゴモゴ隆起し始めた。明らかに何かが飛び出してきそうな気配。すばやくジャンプして近くの木の上に飛び乗る。

 さっきいた場所を見れば、地面からワームとミミズの合いの子みたいなやつが、口を十字に広げて飛びでてきた。



 キィェェエエ! 気持ち悪い、気持ち悪い! なんだよ、あれ!

 


『KYAAAAAAAAAAA!!!!』

 


 俺が避けたことに怒ったようで周波数が高い金切り声を上げる。それに呼応し俺の首元にある呪いの装備のツノも震える。


 ひぇぇ、もう全てが気持ち悪いよぉ……

 

 とりあえず、ずっとぷるぷる震えてるツノをこれ以上身につけていたくない。ブチリッと紐を千切り、うるさいワームの頭にぶん投げた。



 グチャッ!!



 綺麗にワームの頭部に当たり、そのままめり込んでいった。

 

 う、うん……ヨシッ!


 一人ガッツポーズしていると、ワームが地面で暴れ回っていた。


 そりゃあ、まぁ痛いわな。あっ、もしかして某アニメよろしく進化でもするのかな?


 馬鹿なこと考えていると、ワームはどんどん変色し始め、紫色と黒色のツーカラーになり、めり込んだどころから黒いツノが生えた。


 えぇ……どういうこと?

 気持ち悪すぎない?


 気持ち悪いワームは口をパカッと開いて、俺の方向に口を向ける。


 あーそういうことね。俺はすぐにでも避けられるよう足に力を入れた。



「キュイキュイ!!」


 

 え、可愛いくない。


 攻撃かと思えば、どこか甘えた様子の鳴き声。絶句していると、ワームは何もせずこちらを見つめてくる。


 …………見つめあって数分。何もしてこないし、敵意も感じない。なんか、アホらしくなった俺は木から飛び降りた。

 ワームが恐る恐るゆっくり俺に近づいてくる。


 俺が特に何もしないとわかると、子犬みたいに頭部を擦り付けてきた。


 うっ。か、感触がぐにぐにとぷにぷにを合わせたような感じでなんとも言えない。

 だが! 俺は現代日本の心優しい人間。

 害がない生物に対しては不殺生だ! ふ、不殺生だよ。多分。


 ワームも先ほどのように特に攻撃してこないし、暇になったので周囲を散策。ワームも雛のように俺の後ろをヨチヨチ付いてきた。


 試しに近くにいた小動物を捕まえて、与えるとキュイキュイ!! と喜ぶ。


 もしかしてワームはペットに最適……?

 ただ……なんだろう。ワームが俺の尻尾を見る目が熱い。


 ヘロー!


 俺の尻尾の先端から飛び出ている……蛇がチョロチョロと舌を出せば、ワームはキュイキュイ! と挨拶のように返す。

 う、うん。そういうことね。


 何がそういうことかわからないが、仲間になったんだろう。



 ヨシッ!




 ラ・ラ・ラ~ラララ~

 ワームを連れ、早朝犬の散歩をするおっさんの気分で鼻声で歌いながら歩いているとアナウンス。


 ボインさんじゃなくて、神経質っぽいおっさんの声だった。


 なんでも南の方にドアを開いたから帰っていいという、なんでおっさんに命令されなきゃいけないんですかねぇ?

 ていうか南ってどこだよ……



 無視して適当にその辺にある木や花の種を集めていると、おっさんが懇願し始めた。

 おっさんに懇願されても気持ち悪いのでドアのある方に指示してもらい、ワーム君と一緒にドアを潜る。

 

 



 ー竜研究部:研究員ー

 混合獣キマイラを一方的に殺戮した人狼と戦わせろと、上から馬鹿げた指示が来た。

 勝てるわけないだろうに。

 多くの無知蒙昧な研究員はワームをただのミミズが大きく成長しただの、所詮は土がなければ生きていられないだの、というが私はそれを聞くたびに罵倒したい。やつらはわかっていない。何も理解できていない。愚かで愚鈍なゴミどもだ。

 ワームはミミズの同類ではなく竜の一種である。成長すれば竜特有の顔つきになり鱗や羽毛を備え、強靭な生物となる。竜と同様縄張り意識が高く、入ってきたものを無差別に殺し喰らい、猛毒や炎を吐く凶悪な生物だと。

 そんな中を小娘のお気に入りである元人間ごときがワームに勝てると思っているのが笑えてくる。


 今に見てろ、お前の人狼を無残に殺しお前の悔しい顔を眺めてやる!


 人狼ウェアウルフが現れた。報告書通り、確かに筋肉隆々で強そうではあるが所詮は二足歩行で元人間なんだろう。しかし、一般的に知られている人狼ウェアウルフの姿だったはずでは? なぜ、尻尾が混合獣キマイラのような大蛇に変貌しているんだ?

 地上で跋扈している魔染生命体にしか見えない。


 さまざまな角度から見てもただの高濃度の魔染に侵された有象無象の成り損ない。はぁ……内心どこかで人狼ウェアウルフに期待をしていたが、実にバカらしくなってきた。魔染生命体程度が勝てるわけもない。仮にもワームは竜の一種だぞ? 新人類や化け物じみた超人どもでなければ手足も出んだろう。


 ふんっ。小娘も落ちたものだな。これなら時期主任の椅子は私のものか?


 小娘へ侮蔑を抱きながら、腕組みをして画面を見る。人狼ウェアウルフもどきがいきなり木の上に飛び移れば、先ほどまでいた場所からワームが出現。

 ほぉ? 所詮、魔染生命体の人狼ウェアウルフもどきだと思っていたが、まずまずといったところか? まぁ、次の一手で消し炭になるだろう。

 私の考え通り、ワームはブレスを出そうと口に魔力を溜めていく。なんだ? 人狼ウェアウルフもどきが首に下げていた角らしきものを引きちぎって投擲しようとしている。無様だな。そんなものでワームに攻撃が与えられるわけがない。

 ワームの体はミミズのように弱そうに見えるが、中はぎっしりと異常なほどまで筋肉の塊だ。



 ドンッッッ!!



 画面越しに見ているというのに凄まじい音に目を瞑ってしまった。すぐに目を開ければ、角がワームの頭部にめり込んでいる。

 バ、バカな……どうなっている? 小娘は人狼ウェアウルフもどきに何を持たせた? なん……ぐうぅっ。

 その場で嘔吐した。周りを見れば同じように嘔吐している研究員たち。魔力による精神汚染を確認する端末を首に刺した。一瞬で赤く変化しピーピーうるさい。視界がぼやけ始め、よだれの中に血が混じり始める。

 震える手で抗魔力剤をなんとか飲み込んだ。


 はぁ……はぁ……な、何が起きた?


 少しずつ、かき混ぜられた体内が安定し始めた。急いで涎と血、ゲロに塗れた口を裾で拭きながら、魔力反射阻害装置を顔に取り付ける。

 周りを見れば死屍累々。長い間ここで勤務しているものは生きていたが、新しくやってきた所員は顔中から血を噴き出して死んでいる。


 体を持ち上げようと机に手を置くと、カツ、カツッ。研究所には似つかわしくないヒールの音が響いてきた。音の方向を見れば、私と同じように魔力反射阻害装置のマスクを付けた主任の小娘。


 今は小娘に悪態をつけている暇ではない。私の本分は竜の研究。画面に視線を戻し、推察を立てていく。


 ワームは竜と同じく再生能力は尋常ではない。ワームがこの程度で死ぬわけがない。確かに頭に角がめり込むという想定外なことはあったが、所詮はその程度。それを如実に表すようにワームもそのまま倒れ伏すわけでもなく、痛みに悶え暴れ回っている。痛覚によって痛みに悶えるのはしょうがないだろう。どんな生物でも痛みには勝つことはできない。例外として地上にいるあいつら以外は、と付け加える必要はあるが。


 まぁいい。ワームは怒りによって進化する可能性がある。むしろ人狼ウェアウルフもどきの小娘のおかげで私の研究もさらに進む。

 心を落ち着かせ、ワームを見れば体が変色し、頭から一本の禍々しい角。


 …………ハァ?


 私を含め生き残った所員一同、騒然とする。


「な、なんだあれは!」

「初めてみた種類だぞ!」

「あのワームはまだ幼体のはずだ、なぜ……」

「突然変異か? でも、今までそんな兆候なかったぞ!」

「あの人狼ウェアウルフはいったい何を投げたんだ!!」


 人狼ウェアウルフもどきとワームは数分間睨み合っていたかと思うと、人狼が突如木から飛び降りた。そしてワームの方も先ほどまであった敵意が霧散し人狼に近づき、まるで人狼を主人に決めたように頭を下げる。


「どうだい? あれは私が今もっとも注目をしている****によって変異した元人間のβ-012だよ。あぁ、すまない。今のは忘れてくれ。まぁ、どうせすぐに認識できず忘れるだろう。とにかく、素晴らしいだろう? β-012、今は個体名:人狼ウェアウルフだったかな? あれはとてもじゃないが私たちが今まで研究している生物のどれよりも、個を失わず、力強く、恐ろしい存在だ。その上、智恵もあると来た」


 小娘が何か理解できない言葉を発した瞬間、頭に痛みが走った。が、すぐに痛みはなくなり、私はただ呆然とワームを見る。

 ワームは竜の一種のだけあって、縄張り意識が異常に高く、例え番いになったワームや親兄弟ですら、殺し合う程の残虐性を持ち合わせているはずだ。


 だというのに主従関係だとッ!? ……ありえない、ありえないッ!!


 ……ふぅ。一旦、落ち着こう。私は研究者だ。なんでもかんでもありえないと断定するほど愚か者ではない。そんなもの研究者失格だ。

 先ほど人狼が投げた物がトリガーとなったのか? くそ、推測を立てるにもデータが少なすぎる。腹立たしいが、今まで避けていた小娘と連携して調べなければならないな……



 小娘に対しての嫌悪感はあったが、それ以上に更なる未知への興奮に口元が勝手に弧を描いた。


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