ー2ー
わんわんおー!
つ、つい美味しすぎて遠吠えをしてしまった。に、肉がこんなに美味しかったなんて……
わなわな震えながら残っている一部の肉を見る。
すごくフレッシュで先ほど切り落としたんだろうぐらいに血がべっちゃべちゃ!
新鮮過ぎて生きたやつからそのまま切り落としたんじゃないか? と疑問視するぐらいに未だに神経がピクピクして動いている!
そして、ななななんと!! 肉が青い!
その上、独特でフローラルな香り!
どう見ても生肉やんけ!
直接渡してくんなや! 尻尾が生えてるとしても人間だっつーの!
それに青い肉ってふざけてんのか! 明らかに薬品の臭いがぷんぷんするぞ!
…………誰もいないのに一人ツッコミしちまっただろ! 責任を取れ!!
ー主任ー
β-012の拘束具を外させるよう護衛の二人に命令すると、そいつらはサングラス越しでもわかるように不満そうな目を向けてきた。
ふんっ、いやならお前らをここに配属した上のやつらに文句を言うんだな。無言で見つめていれば、護衛の二人は肩を落としてすごすごと隔離室へ向かう。所詮は末端の人間。いや? 歩き方を見れば規則正しい歩き方。軍属経験がありそうだ。さすがは元軍人というところか。どんな理不尽な命令でもやるという意志はあるんだろう。彼らに対しての株をいくらか上げてやった。
意識を戻して分厚ガラス越しにβ-012を見る。他の凶暴な猛獣や汚染体のように暴れるわけでもなく、静かに彼らを見つめていた。
私とやりとりしたことはきちんと覚えており、認識できているようだ。護衛の二人が拘束を外している間も落ち着いている。数百年も休眠状態だったが、思考能力に少しも問題がない。ますます****の影響をより濃く受けているように見える。
目を細め、護衛の二人がちんたらと拘束具を外すのを眺める。
「Gurururururuuuu!!」
突如、β-012が唸った。なんだ? 何に威嚇をしている? ……もしや、気づいているのか? この研究所に同じような存在がいることに。
ますます、このβ-012に興味を抱いた。最初はただ****の影響を色濃く浸かったボンクラだったと思ったが、違うようだ。
いつのまにか護衛の二人の手が止まっていた。何やらアイコンタクトをし始めたので、私は素早く彼らがつけているインカムに早く外せと指示を送る。
護衛の二人の額から大量の玉のように汗が流れ出るが、β-012はむしろマッサージを受けるように目を瞑っていた。
ここからでも護衛の二人が、いつでもβ-012を殺せるように対魔重力破壊小銃へ意識を向けているのがわかる。しかし当のβ-012は警戒した様子もない。
自分の耐久力がそれ以上だとわかっているのか?
前任者の研究を見ても確かに化け物じみた耐性だが、所詮は旧い個体だ。私たち人間は常に進化し続けているのに……なぜだか不快感が出てきた。私らしくない。どういうことだ? なぜこんな感情が出る?
すばやく懐から精神汚染感知の端末を首に突き刺した。
『ピー、ピー。魔力汚染が……』
「全員、抗魔力剤を飲めッッ!!!!」
大声で叫べば、幾人かが訝しんできたが渋々飲む。私もすぐに抗魔力剤を大量に含んだ。数十メートルあるだろう、このガラス越しでもβ-012の魔力汚染に犯されていたようだ。
「くっく……」
思わず笑い声が出た。こんな狂った化け物じみた存在は地上にいるやつら以来だ。髪をかき上げ、遠目から護衛の二人とβ-012を見る。いつのまにか拘束具を取り外したようで逃げかえるように出ていた。
あいつらはもうだめだな。このままでは魔染生命体に変貌するだろう。もう手遅れだ。哀れだと思うが、ここに飛ばしてきたやつらを恨め。私は部下に指示し、彼らが気づかないよう開閉する扉をいじってそのまま別の実験室に送る。
視線を戻すと、β-012は久方の自由を謳歌するようにゆっくりと動き出し始めた。最初はいたって普通の動きだったが少しずつ速くなり、アクロバットな動きや格闘技のような技を繰り出して壁などを殴ったり蹴ったりして暴れ始めた。
他の研究員が隔離室が壊れる! 速くあいつに麻酔をかけろ! とギャーギャー喚いている横で、私は彼の尻尾に注目した。
β-012の見た目からそうだと思っていたが、やはりイヌ科に分類されている犬や狼のように飛ぶ際には尻尾をクルクル回したり、傾きによって飛距離や勢いを調整していた。だが、目を覚ましてまだ一ヶ月も経っていない。こうも簡単に尻尾を扱えるのであれば、彼は元から****であるか、天性の才能か、体が引っ張られているのか……
あ、あァァ、まだまだ研究しがいがありそうだ。
そろそろ隔離室が本当に壊れてしまいそうになってきたので私は室内のマイクを開き、彼に色々と質問する。無反応。私が訝しんでいると、突然、β-012がこちらに顔を向けた。
私たちが現在いる場所は何重にも防音と防弾で数メートル以上あるはずなのに、こちらを見ている。彼が無反応だったのは、その異常な嗅覚と聴覚で場所を特定していたんだろう。
さっきまで喚いていた研究者たちがたじろくのが見えた。
恐ろしいものだ。
顔が勝手に歪み、三日月のような笑顔を浮かべた。それをβ-012に気づかれぬよう何か欲しい物があるか? と訪ねると一言。
「肉」
実に普通すぎる回答に苦笑し、承諾した。
ただの肉ではつまらない。それでは私の実験欲を満たせるわけがない。部下に命令し、ありとあらゆる肉を持っていくよう命令した。
…………なるほどな。こんな面白い存在、仮に私が前任者だったら遊びたくなるもんだ。
はー、なんだかんださっきは文句いったけど、お肉美味しかったです丸。
ていうか牛丸々一頭分ぐらい食ったけど、まだ全然食べれますわ!
肉食べた後、暇で暇で死にそうだったので、尻尾の毛繕いをし始めるとこれが存外楽しくて熱中してしまった。そのおかげで尻尾がめちゃくちゃ綺麗になり、すごい艶が出てきた。
うえっへっへ。
あ、あ、あ! ゆ、指を入れるだけでも……す、す、すっごい気持ちいいナリィ……
手足からも、ものすごい量の毛が生えてるが、き、きのせいだ。
きっと男性ホルモンが過剰に分泌されたせいですよね?
俺が現実逃避して尻尾をモフモフしていると、またボインさんがマイク越しから話しかけてきた。
なんでマイク越しからなん? 直接来てよ! 寂しいですよ! と思いながら話を聞いてると、今の君の運動能力や身体能力を知りたいから、猛獣と戦ってくれって言われた。
な、なにいってんだこいつ?
おい! 俺は体毛がすごいくて尻尾も生えてるけど人間だぞ!
猛獣に勝てるわけないだろ!
ちょ、ちょっと涙声になったのは気のせいだ。
俺が猛抗議しても無視される。
恐らくその猛獣に続くであろう、ドアがウィーンと開いた。
く、俺がそんなホイホイ行くと思うなよ!
「もし、君が私の実験に付き合ってくれるなら、私が用意できる範囲内になるが好きな物を用意しよう」
イ”キ”マ”ス”!
俺は即落ち二コマのオークに囚われた姫騎士のように答えた。
ぼ、ボインさんのボインをボインボインできるならもちろん行くに決まってるじゃないですか!
俺は意気揚々とドアを通った。
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