異世界転生モブによる悪役令嬢の救い方?
朝霧あさき
一章「 異世界転生モブによる悪役令嬢の救い方?」
前篇1
生前親しんだ物語の中に転生する――そんな小説を何度か読んだことがある。大抵は主人公やライバルである悪役。そうでなくとも彼らと接触のある人物に生まれ変わり、物語の根幹に深く関わっていく場合が多い。
では、完全なるモブに転生してしまった場合はどうなるのだろう。
物語上には登場しない、何の力もない、城下町に住むただの一般人だ。名無しのモブでは物語に関われないのだろうか。
生前の知識を持ったまま生まれたものの、両親は普通の冒険者。王都の隅っこに居を構え、忙しいからとあまり家には帰らず、自分は乳母に育てられた。この世界ではよくある話だ。
ごくごく普通の家庭に生まれ、表舞台には躍り出るはずのないただのモブキャラクター。それが自分。
だからここが生前妹にせがまれてプレイした『聖なる乙女の祈り』という乙女ゲームの世界だと気付いたのは、生まれてから八年も経った後だった。
乙女ゲームの皮を被ったガチガチのシームレスアクションゲーム。
イージーモードですらクリアできないと泣きつかれ、仕方なく一緒にプレイしたのだが、かゆいところにあと少し手の届かない操作性が丁度良い難易度を作り上げ、これがなかなかどうして面白かった記憶がある。
ストーリーはよくある虐げられていた女の子がある日突然聖女に選ばれ、イケメンたちと世界を救う、というやつだ。ぶっちゃけ自分はヒロインにも周りの男共にも興味はわかなかったけど。
唯一心を揺さぶられたのが銀髪碧眼の美少女、リミエラ・ハーネストちゃん。
王族に次ぐ権力を持ったハーネスト公爵家の一人娘で、ヒロインのライバルに当たる子である。その振る舞いや高圧的な物言いのせいでプレイヤーたちからは悪役令嬢と呼ばれていた。
彼女は婚約者である王太子殿下に近づくヒロインに、超上から目線で釘を刺した事がきっかけでいじめの首謀者とされ、だんだんと周囲から孤立していき、最後は殿下の誕生日パーティーで婚約破棄された挙げ句、国外追放を言い渡される。
確かにヒロイン視点でみるとリミエラちゃんは悪女なのかもしれない。棘を隠さず接してくる相手を好意的には見られない。
人間の心理だ。仕方がない。
でも、第三者目線で俯瞰してみると、どう考えたって異常なのはヒロイン側であり、王太子殿下の態度なのだ。婚約者のいる男性と二人きりで逢瀬を重ねるのは完全にアウトだし、そのヒロインにデレデレする王太子なんて以ての外である。
しかも国外追放の折、母の形見だと持ち出した宝石が聖女をパワーアップさせるアイテムだとかで、ヒロインたちはリミエラちゃんを追いかけ強制戦闘をふっかける。
鬼か、貴様らは。
幸いそれは隠しルートであり、宝石を手に入れなくても本編には差し支えなかったので「絶対負けないから! 信じて! お願いだからリミエラちゃんと戦わせないで!」と妹を説き伏せ、無事ラスボスを蹂躙してやった。
ちなみにリミエラちゃんは隠しボス的存在。
このゲームにおける最高難易度ともっぱらの噂だったので、一度だけ夜中にこっそり、好奇心に負けて挑んだことがある。もちろん、勝利する手前で強制終了するという縛り付きだ。――まぁ、そんな縛り必要なかったんだけど。
表示されたエネミーネームは『傾国の魔女』。その名に相応しく、コントローラーを握る手が汗ばむほどの強さだった。しかも情けないことに、あと一押しだと油断したところを即死コンボ技くらってぶっ飛ばされた。
さすが世界でも指折りの魔術師。ハーネスト家が生んだ天才。
ヒロインたちがちまちまレベルを上げてラスボスと戦うより、リミエラちゃんに任せた方が手っ取り早かったのではと思うほどだった。
対ラスボス用のアイテムをゲットするために、それよりも強い相手と戦うなんて本末転倒な気もするが、まぁ制作側にも思うところはあったのだろう。
ヒロインが倒れたあと「うふふ、わたくし手ずから彼岸へ送って差し上げます」と酷く凍えた声が流れてきた瞬間、更に惚れ直したのは言うまでもないだろう。コテンパンにされたのに、なんだかスッキリした気持ちになったのは秘密だ。
閑話休題。話を戻そう。
――そんなわけで、できたらリミエラちゃんに幸せになってもらいたい自分としては、このままゲームのシナリオ通りに進んでいくのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
せっかく前世の知識ありというボーナス付きで生まれ変わったのだ。物語に一切かかわる事のない名無しのモブだろうと、彼女を破滅の運命から救い出せる方法がきっとあるはず。幸い、子供の頃からならいくらでもやりようがある。
そう考え、経験値効率のいいダンジョンや、便利なアイテムの取得場所、能力値の上げ方など――前世の知識と親譲りの身体能力で効率的に鍛え上げ、ハンディキャップなどなんのその、二十を超える頃には王太子殿下の側近の一人へと成りあがった。
「ごきげんよう、クリス。本日もお勤めご苦労様です」
「リミエラ様。いつも私などにお声をかけてくださり、ありがとうございます」
「あら。貴方は特別ですもの。殿下の側近の中で一番信頼していますわ」
「勿体なきお言葉です」
胸に手を置いて軽く頭を下げると、リミエラちゃんは柔らかな笑みを浮かべて横を通り過ぎていった。銀糸のような輝くロングヘアがふわりと風に舞い、少し甘さを含んだ爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。いつも良い匂いがするなぁ――と表情が緩みそうになるのを必死に堪え、ぴっと背筋を伸ばす。
ここは王太子殿下の執務室前。気の抜けた姿をさらすわけにはいかない。
品行方正、職務忠実、質実剛健。地位も名誉もないモブが成り上がるには、中身を完璧に創り込むしかなかった。
もちろん、それは性格だけの話ではない。王太子殿下の側近たるもの武の素養も重要となってくる。主を守れぬ側近に存在価値など無い。当たり前だ。
あまり恵まれた体躯ではなかったが、知識チートを使い、自分に合った戦闘スタイルやそれを活かすための魔法を効率よく習得。
すべてはリミエラちゃんの幸福に繋がっていると自身を奮い立たせ、一点集中で磨き上げた。おかげで今や国でも三本の指に入ると噂されるほどの有名人になってしまった。
もっとも、モブはモブのままなのだが。
いくら強くなろうがヒロインや攻略対象たちより目立つことはない。この辺りはさすが主人公補正というべきか。
ともかく、努力の甲斐あって王太子殿下のみならず婚約者のリミエラちゃんからの信頼も厚い側近というのが、今の自分の立場である。自惚れかもしれないが、ベストなポジションに潜り込めたのではなかろうか。
難点があるとすれば、つけられたあだ名が『神速の青薔薇』なのがちょっと――いやかなり恥ずかしいということだ。
何だ青薔薇って。普通に黒髪だぞ。目が青いからか。でも青薔薇はない。呼ばれるたびに慙死しそうになる。
いやまぁ、この際呼び名については横に置いておこう。
自分の目的はリミエラちゃんの幸せただ一つだ。
妹から有難い豆知識という名の茶々入れを受けながら、ハッピーエンドからノーマルエンド、果てはバッドエンドまで何周もプレイさせられたので、シナリオの流れは完璧に把握している。抜かりはない。
リミエラちゃんが関わってくるシナリオは物語の前半に集中しており、そのほとんどが城内で起こる。
王太子の側近という立場を最大限利用し、リミエラちゃんとヒロインが顔を合わせないよう人の流れを調整したり、運悪くバッティングしてもリミエラちゃんの言葉を上手くフォローして言葉の棘を折ったり、そりゃあもう色々と対策を立てて実行してきた。
そして、リミエラちゃん悪役フラグをすべて消し炭にした――はずだったのに。
「……どうしてなんだ」
今、リミエラちゃんは中庭で一人ポツンと座っていた。
それを建物の影から覗き見ているわけだが――完全なる不審者だというのはこの際忘れよう――彼女の小さな背中を眺めていると自分の不甲斐なさに泣きたくなってくる。
彼女が悪役にならないよう、完璧な布陣をもって挑んだはずだった。しかし、齟齬がおきない範囲で自動的に改変が行われ、リミエラちゃん悪役イベントはすべてきっちり発生してしまっていた。
たとえば、1日に起きるはずだったイベントが2日に起きる、などだ。
1日目を完璧な対策で凌いでも、次の日に同じようなイベントが発生してしまう。
王太子の側近という立場上、常に暇を持て余しているわけではない。動ける時間とそうでない時間が出てくる。
日時が分かっているからこそ、先回りして対策を講じることが出来たのに、それを意味のないものにされてしまってはお手上げである。シナリオの修正力というものを甘く見ていた。
リミエラちゃんを幸せにすると豪語しておきながら、情けないにもほどがある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます