クールJKと男の娘の山形旅行

すだち

プロローグ 宇佐美里香の思いつき

 熱い日差しを受けたアスファルトから熱気が立ち込める。風も吹かない真夏の通学路というのは、一言でいうと「地獄」だ。


そう思いながら宇佐美里香は、一学期最後の登校日、七月二十日という試練を乗り越えるべく、炎天下の中で自転車を走らせていた。


家から学校までおよそ十分の短い距離だが、この暑さではその十分が命に関わるほどの時間であるというのは、最近の日本の季節を味わったことのある人なら想像に難くないだろう。なんて適当なことを考えて思考を鈍らせておかなければ太刀打ちできないくらい、今日は猛暑だった。


里香は別に暑さが苦手というわけではなく、文科系やインドア派といった室内のほうが落ち着くといった部類の人間でもない。むしろ知的好奇心が旺盛で冒険好きの彼女にとっては、夏ほど興味をそそられる期間はなかった。小中のころは夏休みが終わるといつも日焼けした姿で二学期を迎えていたほどである。


しかしそんな彼女でさえも、今日の灼熱の太陽の前では無力だった。一刻も早く学校に着かなければ全身がアイスのように溶けてしまうだろう。


……あ、もういっそその辺のセブンティーンアイスの自販機でアイスを買って食べたくなってきた。


などと考えているところを鑑みるに、里香はこの暑さで相当意識が朦朧としているようだった。


通学路の途中、高校へ通じるやや勾配のある一本道の前に佇むセブンティーンアイスの自販機。そこで一旦漕いでいた自転車を止め、地に足をつけて、腕組みをして熟考する。


もちろんアイスを買うか否かを吟味しているのである。始業まではいくらか時間があるが、しかし、通学中にアイスを買うという背徳感に、自販機にも財布にも手を出せずにいるのである。


幸か不幸か、そのセブンティーンアイスは、スマホでもカードでも支払い可能な自販機だ。


「うまっ」


里香の葛藤はピッと触れるだけで買えてしまう自販機の利便性に敗北を喫した。


自販機で買ったオレンジ味の棒アイスは、この炎天下ではどこのおしゃれで高価なアイス専門店を訪れても味わえないんじゃないだろうか。


舌に伝わるひんやりとした感覚。氷が胃の中に溶けていき水分として吸収されたことで少し体力を回復させた。そう、これは緊急的な水分補給なのだ。安全に学校までたどり着くための必要事項なのだ。


などと自分のなかに言い聞かせては己の背徳感と格闘しながら、食べかけのセブンティーンアイスを片手に再び自転車を漕ぎだした。しかし、かなりの勾配がある通学路を片手運転ではなかなか上手く進めなかった。諦めて自転車を降り、手で押して登校することにした。


「あ~、はやく夏休みにならないかな」


次の日はもう夏休みだというのに、今日という日があまりにも長い。億劫だ。アイスによって暑さから回復し冷静さを取り戻したが、かえって今日という憂鬱な日を思い出してしまった。


何かこう、今日というアンニュイな日に刺激を与えてくれる出来事は起こらないものか……。


そんな小説のように希有な事件は発生するわけもなく、一日のスケジュールは淡々と消化されていった。里香はそれに喜怒哀楽の感情を一切見出さなかった。強いて言うなら、退屈という感情を胸の内に秘めていた。


退屈なときほど時間は長く感じられるものである。彼女は一学期最後のホームルームのほとんどの時間、黒板の上に設置してある時計を「早く放課後にならないか」と頬杖を突きながら、不貞腐れ顔で眺めていた。


「キンコーンカンコーン」


ホームルームの終了を知らせる鐘。いや今日に限っては一学期の終了を意味し夏休みの開幕を知らせる鐘が学校中に鳴り響く。クラス中が歓喜の声に包まれる中、里香はやっと終わったかと伸びをして立ち上がる。クラスメイトがこれからどうするという相談をしあっている中、早々に教室を立ち去った。


学校を出ると、今朝の蒸し暑さは少し落ち着いていた。太陽が大きな雲に隠れて代わりに心地よい風が吹いている。あれは積乱雲だろうか。


里香はこれからどうするかを考えていた。このまま家に帰るのでは少し勿体ない。夏休みの初めは少し気ままに過ごしたい気分だった。


かといって何かをやりたいということはなく、好奇心の赴くまま、彼女は少し町をそぞろ歩きしてみる。


最寄り駅から何駅か過ぎて、立川駅にたどり着いた。立川の街並みは好きだ。都会すぎず田舎すぎず、ちょうどよい雰囲気の街。自分の家からもさほど距離はなく、一番手頃な遊び場でもある。


立川はいつも人が多いな。学生は夏休みというのに、相変わらず忙しない街並みだ。いや夏休みだからこそなのか……? 立川北口と南口を繋げる改札後の一本道は人で溢れかえっている。


北口へ出て、そのまま手すりの下を眺める。立川駅は二階が通路になっており、地上は道路で車やバスが行き交っている。行き交う車の多いことこの上ない。交差点に溢れる人々に眩暈を覚える。この時間はいつも学校にいるから分からなかったけれど、やはり東京は人が多いなと改めて感じる。


なんだか、アウェーだなあ。


いっそのこと電車に乗って東京を出てみようかな。そんな思いが思考をよぎった。まだ日は暮れていないし、荷物を置いて、一泊二日分くらいの衣服や日用品を持って、どこかへ出かけてみようかな。そう考えると、もうそうするしかないと思えてきた。踵を返し、再び駅に向かい改札をくぐると、家路に向けて電車に乗り込んだ。

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