第2話
「帰る」
泣きながら、
俺と雪菜さんは後を追わなかった。今はそっとしておくべきだろう。
その後、夜鈴との事で、
どうしてこうなってしまったんだろう。
家に帰り、すぐベッドに入った俺は、眠りにつくまで、思い返していた。
幼馴染の夜鈴を傷つけるにいたった経緯を。
小学1年生のとき。夜鈴と同じクラスになり、彼女と仲良くなった。
放課後や休日に、よく遊びようになった。
俺は物静かで、彼女は活発的な社交的なタイプ。
正反対だったけど、どこか馬があったのだろう。会話をすると、お互い楽くて、いつも一緒にいた。
小学3年生のとき。彼女は俺にこう言った。どこか大人びた表情で。
「啓太とは、10年後も20年後もずっと一緒にいる気がする」
その言葉が嬉しかった。
そうだったらいいね、そう答えようとしたけど、どこか照れくさくて、言葉がうまくでなかった。
何の反応もしなさいと、気まずい空気になる。そう考えた俺は、代わりに、彼女の、手をそっと握った。
すると、夜鈴は、顔を赤くしながら、俺の手を握り返し、幸せそうに微笑んだ。
最高だった。二人だけの特別な時間がそこにはあった。
この時、彼女は俺のこと好きなのだと気づいた。同時に俺もそうなのかもしれないと、思い、その夜、夜鈴のことを夢に見た。彼女とキスをする夢だ。
目覚めた時、このまま夜鈴と時を重ねれば、夢は現実になるのだろうかと、漠然と思った。
でもそうはならなかった。俺は夜鈴のお母さん、雪子さんを好きになってしまった。
夜鈴の家に遊びに行った時、雪子さんは俺のことを娘の友だちとして、心良く歓迎してくれた。
彼女はすごく優しくて、どこか気品のある女性だった。
話してると、自然と穏やかな気分にさせられた。いつも幸せそうに笑ってる人だった。悲しみとは無縁に見えた。
だから、泣いてる姿を見た時、ひどく動揺した。
小4の夏休み、夜鈴の家で、彼女とテレビを見ている時だった。
俺は途中、用を足したくなって、リビングを離れた。
廊下に出ると、向かいから、消え入りそうなすすり声がする。雪子さんの声だ。
俺はひどく動揺して、声の方へ向かい、雪子さんの部屋の前で、足を止めた。
恐る恐る、部屋の扉を開くと、すごくつらそうに泣いている雪子さんが立っていた。俺の存在に彼女はひどくうろたえ、困ったような顔をした。
見てはいけないものを見てしまった。そう思った俺は、ひどく申し訳無い気分になった。
「あっ、す、すみません、勝手に部屋を覗いて。その、何か、あったんですか?」
「何にもないよ、ご、ごめんね、変な所、見せちゃって……」
雪子さんは涙をぬぐいながらそう言ったが、声はひどく震えていた。
俺は見ていられなくなって、彼女のそばにかけよった。
そして、彼女の手をそっと握りしめた。
手を握ってあげた時、夜鈴は幸せそうだった。
だから、雪子さんも同じ気持ちになってくれれば、悲しくなくなるだろうという考えだった。
雪子さんはすがるように、俺の手を握り返した。
そして彼女は、ぽつりぽつりと話してくれた。夫が病気で亡くなってから、ずっと寂しさを抱えてること。娘の前では明るく振る舞ってるけど、本当は、生きてるのがつらいこと。
俺は黙ってそれを聞いていた。
抱えてたものを吐き出した雪子さんは、少し落ち着きを取り戻し、ありがとうと、俺に言った。
俺はまた泣きたくなったら、話を聞きますと言った。
彼女はいいの?と恐る恐るたずねた。俺は心良くはいと答えた。
それから、俺と雪子さんの関係が始まった。
夜鈴が買い物に出かける時、女友達と遊びに出かけてる時、彼女に内緒で、涼城家に訪問し、雪子さんを慰めた。
その優しさに感じ入ったものがあったのだろうか、彼女はある日、ためらいがいちにこう言った。
「こんなこと、倫理的にまずいと思うけど、私啓太くんのこと、好きになっちゃったみたい」
彼女は恋する乙女のような表情をしていた。
その目は愛おしそうに俺を見ている。俺を捉えて、離さない。
俺はその愛に強くひかれて、彼女の思いを受け入れた。
それから、男女の関係になるのに、時間はかからなかった。
世間的に許されることじゃないのは分かってる。でも止められなかった。
雪子さんと深く心がつながってる時、ずっと彼女の愛を感じていたいと熱望してる自分がいるから。
でも、たまに。ふとした瞬間に、よぎってしまう。あの日聞いた夜鈴の言葉が。
『啓太とは、10年後も20年後もずっと一緒にいる気がする』
かつて、幼馴染とキスをする夢を見ていた。今は幼馴染の母親と愛し合う夢を見ている。
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