みつけだしたはデモンズゲイト
村を離れた私たちは
「みんなこの辺の林から薪を取ったり、木を切って牧場の柵を作ったりしてるんだ。うちは用事がないから、見てるだけだけど」
辺りを伺いながらリュー少年はそう言っていた。
疎らな木々の重なりの中に人の歩いた跡があり、それを辿る。隙間があるように見えて、一目には見通せない絶妙な密度のある林だわ。手入れをしていると言っても、まるで何かを隠すためにあるかのような、不思議な場所だわ。
私たちは歩いた。しかし、足下に見える獣道をいくら辿っても、林の奥には踏み込めないようだった。
「あれ? おかしいな。 ・・・・・・この奥にね、昔使われた炭焼き小屋があるんだよ。今はお祭りに使う御神輿とかをしまっておく物置きになってるはずだよ」
「くわしいのね」
「へへ。適当な空き地だから遊び場所にもなってるから。この辺の子供なら誰だって知ってるよ。でも変だよ。この林はそんなに深くないよ。歩いても歩いてもたどり着かないなんて変だ」
子供でも知っているような場所なら、子供の足でいける程度の距離のはず。それなのに、私たちは入り込むことができない。それはなぜか。
「何か仕掛けてあるわね」
「何かって、何?」
「それはこれからわかるわ」
私は少年の影から出て前に立つ。聖霊銀のリボンを腕から解き、胸の前にピンと張って構え持つ。
「なにするの?」
「このリボンにはね、悪い魔法や悪霊を退治する特別な素材が織り込まれているの。こうして持っていると、それらが私の手に何があるのかを伝えてくるはず・・・・・・」
構えたリボンの張りつめた面が、風もないのに震えている。聖霊銀が何かに反応を示しているわ。
私はそのまま構えた手の一方を離す。ピンと張ったままのリボンの先をゆっくりと前に持って行くと、先が僅かに左に引っ張られるような感覚があった。
「お姉さん?」
「静かに。もう少し・・・・・・」
引かれる方向へそっとリボンを持って行く。本当にかすかで、小さな感覚。うっかりすると見失ってしまいそうなそれを辿るように、私はリボンをつかんでいる腕を動かす。風に吹かれる風見鶏のようね。
やがてリボンの動かなくなる一点で腕は止まる。その先には、何の変哲もない一本の木があった。ほかの木々と何一つ変わるところがないその木を聖霊銀は示しているのだ。
「あの木に何かあるわ」
「えぇ? 普通の木だよ」
「そう見えるわね。でもそうじゃない」
私は
「キエェイ!」
鉄の体から繰り出した私の手刀は斧めいた一撃を幹に打ち込み、切り倒すことは叶わなくとも深々とした痕をつけた。
打ち込んだ一撃によって木は激しく震えて、周囲に枝をバサバサと落とした。その中に、カランカラン、と金物らしい音が混じっていた。
リュー少年がそれを拾い上げてくれた。それは赤く塗られた鈴だった。中に玉が入っていて、先が糸で括られていたらしく、その糸の先はまだ別の枝に絡んでいるのか、頭上へと伸びていたわ。
「お姉さん、こんなのが落ちてきた、よ・・・・・・」
得意げに見つけてくれた少年は、私を見た途端に視線をあらぬ方へ向けてしまった。まぁ、今私は何も身を隠すものがないから、仕方ないわね。
鈴を受け取って私は糸を引っ張ってみた。すると続々と糸の先に吊ってあったであろう、鈴の音がカランカランと続き、バサバサと枝葉を伴いながら落ちてきた。
「どうやらこれが結界になっていたようね」
「結界? ってなに?」
「魔術で作る囲いよ。中にある物を隠したり守ったりするためのものね」
「詳しいんだね、お姉さん」
これはニンジャというより、貴族の子女としての嗜みにあたるものね。
マリンカ女史に魔導師の家庭教師がついていたように、貴族の娘というのは大なり小なり魔術の知識を何らかの形で与えられるわ。大概は家内安全のためのお守りやまじないの作法を覚える程度のことだけど。
マリンカ女史のように、戦闘用の魔術を修められるのは稀なことね。
「ねぇ少年。貴方はルオキーノという導師を知ってるかしら。ジャーダイ伯爵に雇われていた人なんだけど」
「ルオキーノ先生? うん、知ってるよ。この先にある炭焼き小屋の鍵も、先生が作ったっておじさんたちが言ってたよ」
「へぇ。それはおもしろいことを聞いたわ」
「え、どういうこと」
「この先にルオキーノ師がいるかもしれない、ということよ」
私は糸をちぎって結界を破った。すると途端に林に漂っている空気が変わるのが肌でわかった。
それは、邪気、というべきものが含まれているとしか言いようがないものだった。人を恨み、呪い、傷つけることを願って止まない獣の生臭い吐息を嗅がされているような、猛烈な不快感が襲ってくる。
「うぅ! なんだか気持ち悪い・・・・・・」
「落ち着いて少年。息をゆっくり吸って・・・・・・」
これは
「少年、これ以上はいいわ。あとは私一人でもいけるから、帰っていいわよ」
「そんな、お姉さんはどうするのさ」
「もちろん、この先に行くの。多分、ここにルオキーノ師は隠れている。結界で身を隠して、瘴気の垂れる地に潜んでいるなんて普通じゃない」
思えば、邪神騎士だった人攫いの大将とつながりがあったことを鑑みても、ルオキーノ自身がかつて邪神側の信徒であったのでしょう。それも単に邪神の下僕であったというだけでなく、恐らくは邪神の力の一部を利用できるような、高位の暗黒魔導の使い手だわ。
果たして私のニンジャの
「少年。もう一つだけお願いを聞いてもらってもいい? 今、領主館にはユーガ・リヴァーデンという騎士様がいらっしゃるわ。その人に、ここにルオキーノがいるよ、って教えてあげて」
「・・・・・・うん、わかった。お姉さんも気をつけてね」
「ええ、もちろん」
少年は私を残していくことに気後れを感じながらも走っていった。私は振り返り、結界の中に封じられていた場所へ足を踏み入れた。
林はまもなく開けた場所に抜け出ることができた。そこには蔦にまみれた炭焼き窯のある小さな小屋がある。ただ、小屋にしては戸口が大きく取られていて、そこだけがやや新しい作りになっている。多分、村の行事に使うような道具を出し入れできる納屋とするために、新たに作られたものなのでしょう。
そんな邪気のありそうもない空間だというのに、どうしてここにはこれほどの瘴気が感じられるのかしら。
私は静かに小屋に近づき、戸口に触れる。何の変哲もない戸口だわ。私はリボンを細くねじり上げ、先を鍵穴に押し込む。
解錠術はニンジャの基礎技術で、これくらいの鍵なら苦もなく開けられる。中の掛け金が外れるのを感じて、私は戸口をゆっくりと開く。
中は埃っぽい空気がたまってるだけのあばら屋だ。脇に麻袋を被せた背の高い台のようなものや、井桁に汲まれた角材の上に置かれた素朴な造形の像などがあるだけ。多分、これが村の祭具かなにかなんでしょうね。
ルオキーノ師はいない。踏み込んだ形跡さえないわ。小屋そのものは使っていないということかしら。
外に出た私は小屋の周りを調べることにした。瘴気の出所は小屋の外にあるはずだわ。
小屋の壁にも蔓が這っていて、見た目以上に小屋を古く見せている。蔓に生えた葉もいじけた白い斑点を散らした代物でなんとも薄気味悪いわね。
石積みの壁も瘴気に晒され続けたためかしら、赤黒い染みが転々とついているように見える・・・・・・いいえ、これはただの染みではないわね。
これは血痕だわ。それもそんなに古いものではない。
私はリボンを解き、壁を覆っている蔓草めがけて放つ。
「キエェイ!」
リボンのエッジに切り裂かれて隠されていた石壁の全体が見渡せるようになり、私は緊張を密にした。そこには魔術で使われる円陣が刻まれていたのよ。
暴かれた円陣からは、はっきりと瘴気が漏れているのがわかるわ。恐らくこれはどこかへと繋がってる。
私は、リボンを構える。リボンに織られた聖霊銀が、円陣の魔術を刺激する可能性があるわ。そうすれば・・・・・・
「キエェイ!」
唸りをあげて振り出されるリボンのエッジが、壁に描かれた円陣を切り裂く。その時、私の手元に返ってきたのは石ならぬものを叩き切った感触であり、切り裂かれた円陣からは呪わしげな呻き声のように聞こえる、不可思議な音が鳴った。
裂かれた円陣の内側が開く。そこからは淀んだ空の下に広がる荒野と、そこに建つ神殿、おぞましい獣の声と人の悲鳴がか細く聞こえる世界が見えた。
これは邪神の領域、遙か地下にあるというイェホ・ウンディの勢力圏、その入り口だわ。昔、父が最大の入り口があったという場所を攻略して以来、新しいものは見つからなかったはずなのに。
私の背中に一筋の汗が垂れた。鉄心を超えて心を萎縮させるような何かを感じてしまうわ。でも同時に、この先にルオキーノがいること、そしてアンリ殿下がいるということが直観できる。
邪神の勢力がもっとも欲しているのは、アンリ殿下のようにノーランドーに代々住まう由緒ある名血の人身だから。彼等はあらゆる手管を使い、人々を悪の道に招き、血潮を欲するの。ノーランドーの大地の賜物である命を汚すことで邪神の勢力は地上世界に広がることができるのだから。
「キエェイ!」
私は裂帛の気合いを込めて跳躍する。待ちかまえるものを打ち倒して、必ずルオキーノを、そしてアンリ殿下を見つける。そのために、円陣へ身を投げた。
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