第262話 商人としての邪道とは?(師匠:ジャコモ)

第三章 世界樹の国と元勇者(262)

   (アマレパークス編)



262.商人としての邪道とは?(師匠:ジャコモ)



「いきなり大声を出して申し訳なかった。」


落ち着きを取り戻したティティンさんが僕に謝ってきた。

まあビックリしただけなので、特に気にしてないけど。

でもティティンさん、ジャコモさんとルカさんには謝る気はないようだ。

どうしてあんなふうにキレたんだろう。


「謝罪は必要ありませんけど、理由は聞いてもいいですか? ジャコモさんとルカさんがズルいとは?」


僕がそう尋ねると、ティティンさんは少し迷った表情をした後、僕の目を見て話し始めた。


「ウィン君、それはね、ジャコモとルカが商人として、いや商人ギルドの長として邪道なことをしてるからだよ。」

「商人ギルドの長として邪道? どういうことでしょうか?」


僕はティティンさんの言ってる意味が分からず聞き返した。


「商人の心構えに関することなんだが・・・まあこんな状況だし、ウィン君には話しても構わないか。」

「『商人の秘匿事項』とかだったら話さなくていいですよ。僕も『冒険者の秘匿事項』は話しませんし。」

「大丈夫だよ。秘匿事項っていう程のものじゃないから。師匠から弟子に伝える心構えみたいなものだからね。」


ティティンさんはそこで一呼吸置いた。


「ウィン君、優秀な商人ってどんな商人のことだと思う?」

「そうですねぇ・・・・・商品の目利きができて・・・取引相手に誠心誠意対応して・・・適正な価格で取引をして・・・誰からも信頼される商人とかですか?」

「うん、間違ってはいないね。でも間違ってもいる。」


えっ?

間違ってないけど、間違ってる?

どういうこと?


「確かにそれは『いい商人』だと思う。でも世の中は『いい人』が成功する訳でも、『いい人』が周りに迷惑をかけない訳でもないんだよ。」


え〜と、分かるような分からないような。

ティティンさん、もう少し分かりやすい説明プリーズ。


「そうだな・・・今回は友好度と信頼度の問題だから、それに絡めて説明しようか。」


僕の困ったような顔を見て、ティティンさんが説明の方向性を変えてくれた。


「例えば私のウィン君に対する友好度が100だったとする。」

「はい、100だったとします。」

「そうすると私は取引においてウィン君の影響を受ける。」

「影響を受ける?」

「つまり、ウィン君の言うことを信じ過ぎたり、ウィン君の価値観に引きずられたり、ウィン君のために判断を甘くしたりしてしまう。」

「なるほど。」

「その結果、騙されたり、適切でない取引をしたりする可能性が上がる。」

「騙したりしませんけど。」

「ウィン君ならそうだろう。でも取引相手のすべてがそうとは限らない。商売の世界は海千山千なんだから。」


そういうことか。

相手への友好度が高過ぎると、商人としてミスをする可能性が上がるってことだね。


「でも信頼度はどうなんですか。商人は信頼がすべてなんじゃないんですか?」

「そこも説明しよう。ウィン君にとって私の信頼度が100だとする。」

「はい。」

「その場合、私はウィン君に対して嘘をつかず、すべて本当のことを話すということだよね。」

「そうですね。」

「でもね、商人はいろいろな立場の人のことを同時に考えないといけない。売主のこと、買主のこと、商会の従業員のこと、ギルド長なら商人ギルドのことも。」

「全員に正直でいればいいんじゃないですか?」

「ウィン君、それは不可能なんだよ。それぞれ利害が対立するからね。そこで私がウィン君にだけ正直に手の内をすべて話してしまうと、他の人たちの利益を害する恐れがある。」


う〜ん、分からなくもないけど、じゃあどんな商人がいいんだろう?


「商人の世界では常に真ん中がいいと言われてるんだ。」

「真ん中?」

「どの相手とも等距離を保ち、近過ぎず遠過ぎず、信用し過ぎず疑い過ぎず、頼り過ぎず頼られ過ぎず。そういう心の持ち方が大事だと。」


前の世界の言葉で言うと『中庸』ってことかな。

言い換えれば『バランス感覚』か。

つまり、有効度100とか信頼度100というのは、その相手に偏り過ぎてしまうので、商人としてよろしくないって言いたいのかな。


「ティティンさんの言いたいことは分かる気がします。でもだからと言って、ジャコモさんとルカさんが邪道とまでは言えないと思うんですが。」


僕は、ティティンさんの話と『邪道』という言葉が結びつかず、素直な感想を伝えてみた。


「普通ならそうだな。」

「普通なら?」

「私は商人の理想を目指して努力してきた。そして誰に対しても心の持ち方を真ん中にすることが可能になった。」

「ああ、その結果が50&50なんですね。」

「その通りだ。でもな、そうすることを厳しく指導し、けしてその心の持ち方を変えてはいけないと私に叩き込んだのは誰だと思う? そして同じギルド長として、私の心の持ち方が不十分だとクレームをつけ続けた後輩は誰だと思う?」


あっ、そういうことか。

その2人があっさり商人としての掟(?)みたいなものを投げ捨ててるのを見て、思わず出た言葉が『邪道』なのか。


僕がジャコモさんとルカさんの方を見ると、2人ともそっぽを向いて、口笛を吹くフリをしている。

さあ誰のことでしょう、私は関係ありませんって態度だ。

でも2人とも、口笛の音、まったく出てませんから。


「ティティンさん、状況は理解できました。でもひとつ質問してもいいですか?」

「いいよ。」

「優秀な商人は常に心を真ん中に固定する。でもその下というか、裏側というか、本音みたいなものがありますよね。本当はこの人がとても好きだとか、こいつは絶対に信用できないとか。」

「それはもちろんある。」

「その場合、僕の人物鑑定の結果ってどうなるんでしょうか? 今回のことを考えると表面を読んでる気はするんですけど。」


ティティンさんに尋ねることじゃないかもしれないけど、流れでつい訊いてしまった。

でも心の問題って難しいよね。

自分でも何が本心か分からないことだってあるし。


「ウィン殿、多分じゃがのう、ウィン殿の能力であればどちらも読めるんじゃないかのう。ワシの中級ではそこまでできんが、ウィン殿は極級じゃろう。」

「極級! ウィン君の人物鑑定は極級なのか!」


横を向いて口笛を吹くマネをしていたジャコモさんが突然会話に入ってきた。

僕のスキルについて詳しくないティティンさんが、『極級』と聞いて驚きの声を上げている。


「ジャコモさん、でも数値は一種類しか表示されません。」

「意識の問題じゃよ、ウィン殿。スキルや魔法は心の持ちようで変化しよる。矢を思えば矢に、壁を思えば壁になるのと同じじゃ。見えている数値のさらに奥に意識を持っていけば別のものが見えるかもしれん。まああくまで可能性じゃがのう。」


僕はジャコモさんの話を聞いて改めて考えた。

僕にはこの世界の魔法やスキルについての知識がほとんどない。

いや、僕自身の『クエスト』という能力についても、まだまだ手探り状態だ。


でも確かに攻撃魔法の場合、イメージでその形を変えることができる。

『火球(ファイヤーボール)』とか『火矢(ファイヤーアロー)』とか名前は付けてるけど、それはイメージを補うためのものでしかない。

元は単なる『火魔法』だ。


ということは、攻撃系じゃない魔法やスキルもイメージによって形を変えることができるのかもしれない。

これは試してみるしかない。

とりあえず、『人物鑑定』から初めてみよう。

実験台は・・・・・とりあえずティティンさんでいいかな。


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