第64話 「中のヒト」再び(クエスト:受注者枠追加)

第二章 葡萄の国と聖女(64)



64.「中のヒト」再び(クエスト:受注者枠追加)



「永遠についていくからな。」


ルルさんの力強い言葉に顔が引きつる。

ルルさん、キャラが崩壊してないですか。

いや、戦闘狂という意味では終始一貫してるのか。

でも「一生」も「永遠」も同じことなのでは?

もしかして「来世」もってこと?


…バカじゃないのか…


馬鹿なことを考えているとそれを指摘するかのように視界の中にメッセージが流れた。

ん?

「中の女性」?

違う、「中のヒト」だ。

そうか、島は「中のヒト」の管轄だった。


…挨拶もないやつに不本意だが、クエスト達成だ…


○受注者枠クエスト

 クエスト : 友人招待

 報酬   : 受注者枠(1枠) 

 達成目標 : 島に友人を招く(1名)



不機嫌そうなメッセージとクエストが表示される。

塩対応加減がなつかしい。

1日ぶりだけど。

でも「受注者枠」って何だろう?

もちろん説明はないよね?


…他の者1名にクエストを受けさせることができる…


はい、説明が来ました。

「中のヒト」、ちょっと優しくなってる?


でもこれ、どういうことかな?

もしかして僕が受けてるクエストを他の人にも受けさせることができるってこと?

だとしたらかなり凄いことじゃない?

僕と同じ能力を他の人に覚えさせられるってことだよね。


「ウィン、なぜ黙り込んでいる?」


考え込んでいるとルルさんから不服そうな指摘が入った。

「永遠についていく」というセリフを完全にスルーしたのが不満だったのかな。

でもルルさん、すみません。

今はそれどころではないので。


「ルルさん、体は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。どこにも痛みはない。」

「じゃあ、そこの床で腕立て伏せを10回してくれませんか?」

「?」

「試したいことがあるのでお願いします。」


ここは強引に押し切る。

ルルさんは納得がいかない表情をしながらも御影石の床の上に両手をついてうつ伏せになってくれた。

そしてあっという間に腕立て伏せを10回こなした。


「それで?」


ルルさんが腕立て伏せの体勢のままで顔だけこちらに向けて聞いてくる。

僕はルルさんの周囲を見渡す。


おかしい。

水が出ない。

何か間違ってる?

あっ、もしかして「設定」しないといけないのか?


(水クエスト、受注者ルルさん、設定)


心の中でそう念じるとクエストがあっさり表示された。



○WATERクエスト

 クエスト : 「水が欲しい」

 報酬   : 水

 達成目標 : 腕立て伏せ(10回)

 受注者  : ルル



「よし!」


思わずガッツポーズしながら声が出た。

ちゃんと受注者欄が追加されて、そこにルルさんの名前が表示されている。

いきなり大きな声を出したので、ルルさんがちょっとビックリして僕を見ている。


「ルルさん、もう一度腕立て伏せを10回してください。お願いします。」

「よく分からないが・・・やればいいんだな。」


ルルさんが再度腕立て伏せをしてくれた。

鍛えてあるだけあって、本当にあっという間だ。

僕はその様子をドキドキしながら見つめている。


ルルさんが腕立て伏せを終えると、今回はグラスが1つ現れた。

彼女の目の前の床の上に。

ルルさんは、立ち上がることも忘れてそのグラスを見つめている。

僕は拳を握って静かに成功を喜んだ。


「ウィン、何だこれは?」

「グラスに入った水です。」

「そんなことを聞いてるんじゃない!」


ルルさんは立ち上がると僕の方に迫ってきた。


「なぜ腕立て伏せをしただけで『水魔法』が発動する? それになぜグラスまで出てくる? いったいこれは何だ?」

「僕も分からないので、そういうものだということで。」


誤魔化そうと思ったけど、やっぱりダメですよね。

ルルさん、物凄く怖い目で睨んできます。

でも説明できないものは説明できないので、とりあえず勢いで誤魔化してしまおう。


「ルルさん、僕を信じてあと90回腕立て伏せをして下さい。話はそれからです。」


ルルさんは腕を組んで少し考えてから何も言わずに腕立て伏せを始めた。

しかも90回ノンストップで。

横から見てると水の入ったグラスが一定の間隔でポンポン現れるのでちょっと面白い。

ルルさんの動きが止まると同時に視界の中にクエストが表示された。



○WATERクエスト

 クエスト : WATER

 報酬   : 水

 達成目標 : NO NEED

 受注者  : ルル



これでルルさんも念じるだけで水を出せるはずだ。

僕は立ち上がったルルさんが言葉を発する前に、その腕を取ってキッチンまで引っ張って行った。


「ルルさん、このシンクの中に向けて水の塊を思い浮かべて下さい。」


ルルさんは質問することを諦めたのだろう、黙ったままシンクの方を睨んだ。

するとすぐに水の塊が出現し、シンクの中に落ちた。

ルルさんの目が見開かれる。

そこからしばらく、ルルさんは一心不乱にシンクの上で水クエストを発動させ続けた。


「これが・・・ウィンの当たり前・・・」


しばらくして水クエストの発動を止めると、ルルさんはポツリとつぶやいた。

それ、口癖にするの、本当にやめませんか。


「愚問だが、ウィンもできるのか?」

「はい、訓練を続けるとこんなこともできます。」


僕はそう言うと、10個の水を一度に出したり、水壁や水矢を出したり、大きな水の塊を出したりしてみせた。

ルルさんはもう驚くこともなく、黙ってその様子を見つめていた。


「ウィン、そろそろ説明してくれ。」


僕の変幻自在の水クエストを見た後、ルルさんは静かに説明を求めてきた。

僕はどう伝えればいいのか少し悩んでから難しく考えるのをやめることにした。

どうせ理路整然とした説明なんてできないし、僕の今の現実をそのまま伝えるしかないよね。


「僕は記憶がないままにこの島で目覚めました。」


僕の短い自分語りが始まった。

ルルさんは、微動だにせず僕のことを見つめていた。


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