第65話 ルルさんに殴られました(クエスト:打撃耐性)

第二章 葡萄の国と聖女(65)



65.ルルさんに殴られました(クエスト:打撃耐性)



「僕は記憶がないままにこの島で目覚めました。」


僕はこの島で目覚めてからの出来事をルルさんに語り始めた。

それほど長い話でもないけど短くもなかったので、ルルさんを促して二人でソファに腰掛けた。

気づくと従魔たちも二人を囲むように集まっていた。


記憶がないこと。

違う世界の知識があること。

この島のこと。

不思議なメッセージのこと。

奇妙なクエストのこと。

愛すべき従魔たちのこと。

この異空間な小屋のこと。

初めて島の外に出たのが昨日だったということ。


ルルさんは一言も口を挟まず、黙って僕の話を聞いていた。

表情はいつもの冷静さのままで、顔を顰めることも疑うような素振りを見せることも無かった。

そして僕の話が終わるとソファから立ち上がり、僕に向かってこう言った。


「よく分かった。ウィン、表に出ろ。」


ルルさんはそう言うと扉の方へ歩き出す。

えっ?

身の上話を聞いた後の第一声がそれですか?

そのセリフって普通、ケンカの呼び出しじゃないんですか?

この世界だと違う意味があるのかな?


僕は事態がよく飲み込めないまま、ルルさんの後を追って外に出た。

扉の外は島の浜辺のまま。

一度繋いだ空間は、念じ直さない限りそのままなのだろう。


ルルさんは砂浜に立ってこちらを向き、拳を胸元に構えている。

明らかに戦闘態勢だ。

これってやっぱりアレですかね。

校舎の裏に呼び出されて締め上げられるってやつ?

でもなぜ?


「ルルさん、なにしてるんですか?」

「見て分かるだろう。戦うに決まってる。」


決まってるって言われても、いつ決まったんでしょう?

展開について行けません。


「なぜ戦うんですか?」

「ウィンの事情は分かった。嘘もついていない。あと残された問題は・・・」

「問題は?」

「ウィンと私と、どちらが強いかということだけだ。」

「・・・」


思わずため息が出た。

ルルさん、僕の荒唐無稽な話よりもそっちの方が大事なんですね。


「クマさんの判断より、私は自分の拳で確認したい。」


クマさんじゃなくてディーくんだけど・・・仕方がないので戦いますか。


僕が戦う意思を固めると、気配を読んだのだろう、ルルさんがすぐに仕掛けてきた。



名前 : ルル(25歳) 女性

種族 : ヒト族

職業 : 冒険者(A)・拳闘士・聖女

スキル: 敏捷・破壊・魔力視・治癒(上)・浄化(上)

魔力 : 2015

称号 : 『孤高の聖女』『鋼の拳闘士』

友好度: 100/100



ディーくんほどではないにしろ、「敏捷」のスキル持ちのルルさんの動きは早い。

あっという間に距離を詰めたルルさんは、右の拳で僕の顔を狙ってきた。

僕はそれを右に移動して避けた。

避けたつもりだった。


次の瞬間、お腹に重い衝撃が来て、僕の体は後ろに吹っ飛んだ。

どうやら右の拳はフェイントで、左の拳が僕の腹部を捉えたようだ。

すぐに立とうとして立てない。

かなり効いた。



○クエスト : 殴られろ①

 報酬   : 打撃耐性(小)

 達成目標 : 強い打撃を受ける(10回)

 カウント : 1/10



目の前に新たなクエストが表示された。

打撃耐性のクエスト。

打撃を10回受ければ打撃耐性(小)を得られる。

でもルルさんに10回殴られたら、間違いなく死ぬんじゃないかな。


「どうしたウィン。まだ準備運動だぞ。」


ルルさんがニヤリと笑った。

僕の背筋に悪寒が走る。

ルルさん、その笑顔は怖すぎます。


それは嘲りではなく、喜びでもなく、何かに取り憑かれた者が自然にこぼす狂気の笑顔。

整いすぎた美しさが恐怖を増幅してる。

これが「戦闘狂の聖女」の本来の顔なのかもしれない。


ルルさんは僕が立ち上がるのを待っている。

こちらも覚悟を決めないといけない。

ディーくんとの訓練で立ち回りには少し自信があったけど、それは間違いだった。

訓練と実践はまったく別物だ。

本気でいかないとやられる。


僕は体の状態を確かめて立ち上がる。

ダメージは大きかったけど、かなり回復している。

これもおそらくこの体の特性だろう。

しっかりとルルさんを視界に捉えて、僕はファイティングポーズを取った。


ルルさんが再び動き出した。

動きはしっかりと見えている。

でも見えているだけじゃダメだ。

大事なのは、危険を察知し、本能で反応し、必死で抗うこと。

なぜそんな考えが浮かんだのかは分からないけど、僕は心の中で確信した。

僕はこれに似た状況を知っていると。

同じような経験を何度もしたことがあると。


最初と同じようにルルさんの右拳が迫る。

これはフェイントじゃなく本物。

逃げずに踏み込んで左手を当てて逸らす。

ルルさんは逸らされた勢いのままに回転し、次は回し蹴りが飛んでくる。

僕は左腕でその足を跳ね上げ、間合いを詰めて右の拳でルルさんの腹部を狙う。

しかしさらに体を回転させたルルさんの右拳が、一瞬早く僕の脇腹に当たった。


吹っ飛ばされはしなかったけど、膝をついてしまった。

ルルさんは追い打ちはかけて来ない。

一回一回の攻防を楽しんでいるのだろう。

今のところ僕の0勝2敗だ。


そこから何度も立ち上がっては戦いを挑んだ。

一回の攻防にかかる時間は段々長くなっていったけど、一度もルルさんを倒すことはできない。

気がつくと打撃耐性のクエストは第3ステージに入っていた。



○クエスト : 殴られろ②

 報酬   : 打撃耐性(中)

 達成目標 : 強い打撃を受ける(25回)

 カウント : 達成済み


○クエスト : 殴られろ③

 報酬   : 打撃耐性(大)

 達成目標 : 強い打撃を受ける(50回)

 カウント : 27/50



「ところでウィン。なぜ魔法を使わない?」


さすがに疲れ果てて座り込んでいると、ルルさんが普通に訊いてきた。


えっ、ちょっと待って。

クエスト(魔法)使ってもいいの?

これって、殴り合い(蹴りを含む)限定じゃないの?


「あるじ〜。殴り合いだとまだ無理〜。経験値足りないよ〜。」


ディーくんからとても当然の指摘が来た。

少し離れたところで見ている従魔たちも、揃えたように縦に首を振っている。


え〜と、もう少し早く言ってくれないかな。

ウサくんのヒールなしだから、もう体がボロボロなんだけど。


「ウィン、私相手に手加減したってことか?」


ルルさんの真顔が怖いです。

けしてそうではなくて、勝手に勘違いしてただけです。


「ウィン、魔法を使え。」

「いいんですか?」

「当たり前だ。」


ルルさんはそう言うと拳を構えて戦闘態勢を取った。

僕は素直にクエストで戦うことにした。


「石壁(×4)、水(大)、石壁(蓋)。」


一瞬で戦いは終了した。

説明すると、石壁(×4)でルルさんを囲い込み、水(大)でその中を水で満たし、最後の石壁(蓋)でルルさんを閉じ込めた。

石壁だけだと拳で破壊される可能性があったので、水で動きを制限した。


結果から言うと、ずぶ濡れの状態で石壁の檻から救出されたルルさんは、盛大に拗ねてしまった。

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