第50話 やっぱり魔力はないようです(黒山猫さん:ギルド長)

第二章 葡萄の国と聖女(50)



50.やっぱり魔力はないようです(黒山猫さん:ギルド長)



「あんちゃん、なんか用かい?」


状況がよく飲み込めず黙っていると、黒猫がもう一度同じ言葉を繰り返した。

確かに目の前の黒猫がしゃべっている。


「あの、すみません、冒険者登録をお願いします。」

「おぅ、あんちゃん、初めてかい?」


べらんめえ口調の黒猫。

江戸っ子なのか?


「はい。初めて登録します。」

「あいよ。じゃあこの紙に名前だけ、ちゃーと書いちゃってくれ。」


いまいち、ノリについていけない。

でも紙を受け取り、名前だけ書いて黒猫さんに戻す。

あれっ、このペン初めてみる。

鉛筆タイプでも羽根ペンタイプでもインク内蔵型でもない。

魔道具だろうか?


「おぅ、ウィン君だな。勝てそうな名前でいいじゃねぇか。次はこれな。この上に手ぇ載せてくんな。」


黒猫さんが机の下からガラスの板を取り出して目の前に置く。

あの肉球で紙とかガラス板とかどうやってつかんでるのか謎だ。

べらんめえ調に乗せられて、言われるままにガラス板の上に右手を載せると、ガラス板が白く光った。


「OK、OK、問題ねぇな。」


黒猫さんは、一人で納得してるけど意味が分からないので訊いてみる。


「これ、白く光ったけど、どういうことですか?」

「おぅ、これな。白は犯罪歴なしってこった。赤だったら犯罪者確定な。」


黒猫さんはそんなことをサラッと言った。

ちょっと待って、それは普通は先に説明すべきじゃないかな。

もちろん自分のことを犯罪者だとは思ってないけど。

あっ、でも記憶がないので犯罪者って可能性もあったのか。

白で良かった。


「次はこれな。この丸いの、握ってくんな。」


そう言いながら黒猫さんは白い紙を出して、その上に球形のガラスのような物を置いた。

今回は先に確認しておこうと思い、黒猫さんに質問する。


「これは何ですか?」

「おぅ、これな。これはあんちゃんのステータスの確認用な。年齢とか、魔力量とか、スキルとか、全部分かっちまうぞ。他の奴らには見せねぇから、心配すんな。」


それは鑑定の魔道具ってことですよね。

やっぱりそういうものがあるんですね。

なんかプライベートな部分を見られるようで少し嫌だけど、簡単に人物鑑定できるようになった僕が言うことじゃないか。


ということでガラスの球を握ってみる。



名前 : ウィン(25歳) 男性

種族 : ヒト族(?)

職業 : 冒険者(F)・放浪者

スキル: 表示不可

魔力 : 0



白い紙の上に僕に関する鑑定結果が浮かびあがる。

僕と黒猫さんだけがそれを見つめている。


「なんじゃこりゃ! いてっ。」


いきなり黒猫さんが叫び声をあげ、その瞬間、いつの間にか黒猫さんの背後に立っていた大きな女性が黒猫さんの頭をはたいた。


「ギルド長、いい加減にして下さい。息抜きに受付をするのは大目に見ますが、まじめにして下さい。」


その女性は、燃えるような赤毛で身長は軽く2mを超えている。

紺色の事務服っぽいものを着ているけど、服が可哀想に思えるほど筋肉でパッツンパッツンになっている。

笑顔で話しているけど、ルビー色の瞳には鋭さが含まれている。


「いってぇ。てめぇのはたきは破壊力あり過ぎんだから、ちったぁ加減しやがれ。」

「まじめに仕事してれば、はたきません。」


ええっと、情報量過多なのでちょっと待ってください。 

黒猫さんがギルド長?

赤髪さんは誰?

それより25歳だったんですね、自分。

あと、ヒト族の後ろについている(?)ってどういうこと?

それに「放浪者」って、職業じゃないよね。

スキルは表示不可になってるし、魔力は・・・やっぱり0だし。

そりゃ黒猫さんも「なんじゃこりゃ」ってなるよね。


「ウィン様、このふざけた黒山猫ギルド長が失礼をいたしました。心からお詫び申し上げます。」


赤髪の女性が直立姿勢から頭を下げる。

2m超え筋肉質の体躯での謝罪はかなり迫力がある。

黒猫さんは黒猫ではなくて黒山猫らしい。


「私は、ここコロンギルドの副ギルド長をしておりますグラナータといいます。この残念な黒山猫はギルド長のネロです。」

「おい、グラ、てめぇ・・」

「馬鹿ギルド長は黙っていて下さい。」


グラナータさん、怖い。

ギルド長につける形容詞が辛辣過ぎる。

副ギルド長なのにギルド長に対してこの態度で大丈夫なんだろうか。


「ところでウィン様、少し別室でお話しさせて頂きたいのですが。」


グラナータさんが、圧力のある笑顔でそう告げる。

冒険者登録をしたかっただけなのに、なぜか話がややこしくなってきた。

これ、どうしたらいいの?

判断できずに言葉を失っていると、後ろから別の声が割り込んできた。


「ちょっと待ってもらえるか。」


いつの間にかルルさんが僕の後ろに立っていた。

ルルさんはフード付きのローブを脱ぎ、白い光沢のある革のような装備をつけている。

彼女は突っ立っている僕の脇を通って僕の前に出た。


「名前はウィンだったな。」

「はい。」


そういえばルルさんに自分の名前を名乗ってなかった気がする。

副ギルド長との会話を聞いていたんだろうか。


「冒険者登録はもう済んだのか?」

「ええっと、途中だったような・・・」


そう答えて副ギルド長のグラナータさんを見る。

ギルド長の黒猫さん改め黒山猫さん改めネロさんは、不貞腐れて横を向いている。

子供か。


「登録は終了しています。あとは冒険者カードを渡すだけです。」

「そうか。それならついでにパーティー登録をお願いする。」


ルルさんのその言葉を聞いて、ネロさんとグラナータさんが驚いた顔でルルさんを見る。

ざわめいていたギルド内が静まり返り、周囲の視線がこちらに集まっている感じがする。


「ルル様、そのパーティー登録はどのようなものでしょうか?」


グラナータ副ギルド長の問いかけにルルさんが答える。


「私とウィンのパーティー登録に決まっている。」


みんなの息を呑む音が聞こえた気がした。

ルルさんとパーティーを組む?

聞いてないんですけど、そんな話。

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