我が家のリテラシー

そうざ

Literacy at Home

 就学前の男の子がテレビのリモコンを玩具にしていた。映像が目紛しく移り変わる。

「パパ~、見て見て。あの人達、血が出てるよ~」

 屈強な男達が廃墟の屋上で殴り合い、蹴り合い、激しく乱闘している。

「嘘の血糊だよ。本当に殴っていないし、蹴ってもいない。傷に見えるのは特殊メイクだ」

 パパは、パソコンから目も離さず独り言のように男の子に言った。

 銃声がけたたましく響き渡る。男達が撃ち合いを始めた。

「本当に撃ってる訳じゃない。モデルガンだ」

 撃たれた男が屋上からスローモーションで落下して行く。

「スタントマンだ。またはCGだ」

 男は地面に叩き付けられ、その死の形相がアップで大写しにされた。

「死んだつもりだ」

 男の子がチャンネルを替えると一転、賑やかな笑い声が居間を支配した。お笑いタレントが寄って集って一人のタレントを小馬鹿にしている。罰ゲームと称して冷水を浴びせ、無様なリアクションを見て転げ回って喜んでいる。

「パパ~、面白いよっ、一緒に見ようっ」

「台本通りのお約束だ。くだらん」

 また画面が変わった。漆黒の闇夜に鎮座する古城の遠景。カメラが薄暗い石垣の通路をゆっくり進んで行くと、やがて地下牢が現れた。鎖に繋がれた女忍者と、それを取り囲む悪人面の侍達。

「パパ、時代劇~」

かつら。模造刀。地下牢はセット」

「二人共、早く食事を済ませて頂戴よ、片付かないから」

 ママが台所から呼び掛けたが、パパはパソコンに夢中で、男の子もテレビに釘付けだ。

「パパ~、これって何してんのぉ?」

 男の子が画面を指差した。

「わわっ!」

 パパが慌ててテレビの前に立ちふさがった。

「パパ、どうしたのぉ? 観せてよぉ」

「駄目だ、これは駄目だ。チャンネルを替えなさいっ」

 地下牢に囚われた女忍者が裸に剥かれ、たわわな乳房があらわになっている。いつの間にか有料チャンネルに切り替えられていたのだ。

 リモコンを持って逃げ回る男の子。それを追いかけるパパ。

「あんた達ぃ、好い加減にしなさいよ」

 ママが膨れっ面でやって来た。

「それどころじゃないんだ。テレビを観てみろっ」

 寄って集って甚振いたぶられた女忍者が、汗みどろの身体を捩じらせながら歓喜の声を上げ始めている。

 ママは軽く言い捨てた。

「ヤッてる振りっ、感じてる振りっ、イッてる振りっ」

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