ストロング令嬢

亜逸

ストロング令嬢

「またですわ! また婚約を破棄されてしまいましたわ!」


 クヴィルク侯爵家の長女カリアは、通算四度目となる婚約破棄をくらったことを嘆きに嘆いていた。


「わたくしのいったい何がいけないと言うのですの!」


 さめざめと泣くカリアに、父でありクヴィルク侯爵家の主であるダラスが、ため息まじりに指摘した。


「先方の館に押し入ってきた賊を討ち取ったからに決まっているであろう」

「そんな! それの一体何がいけないというのですの!?」

「淑女でありながら、賊を返り討ちにした蛮勇もさることながら、賊を前に怯える婚約者とは対照的に、君は『仕方ありませんわね』と言ってドレスのスカートの中からバスタードソードを取り出し、花を摘む少女のような笑みを浮かべながら賊の首を刎ね飛ばしたことがいけないに決まっているであろう。そもそもあれほど置いていけと釘を刺したバスタードソードをなぜ持っていた? というかどうやってスカートの中に隠した?」


 早口で捲し立てる父に、カリアは無駄に凜然と答える。


「乙女のスカートは聖域。だからバスタードソードの一本や二本隠し持つことはわけもない。ただそれだけのことですわ、お父様」

「今の流れで、その部分だけを誇らしげに答える神経が一番ダメだと父は思うぞ。カリア」


 自然、二度目のため息がダラスの口から漏れる。


「もう一度言うが、なぜあれほど置いていけと釘を刺したバスタードソードを持ち歩いていたのだ?」

「それは……手の届くところにバスタードソードがないと……不安でたまらなくなりますの……」


 ぬいぐるみがないと夜眠れないことを恥じらう乙女のように、モジモジと答える。

 いったいどこで育て方を間違えてしまったのか……ダラスは思わず天を仰いでしまう。

 もっともこの場合、育て方を間違えるなどという次元を超越しているため、ダラスはダラスで相当にズレている言わざるを得ないが。


「それにお父様、お言葉ではありますが、賊に襲われたことを考えたらわたくしがバスタードソードを持ち歩いていたのは正解だったかと」

「確かに。君がバスタードソードを持っていたからこそ、賊を撃退できたわけだしな」

「いいえ。賊の撃退自体は、バスタードソードなしでも可能でしたわ」

「……何を言っておるのだ我が娘よ」

「ただ、素手で賊の首をねじ切るとなると、ドレスが汚れてしまうかもしれませんので……」

「何を言っておるのだ我が娘よ!?」


 淑女離れしているどころか人間離れしている娘の言動に、さしものダラスも素っ頓狂な声を上げてしまう。


「と、とにかくだ! これからしばらくは淑女としての振る舞いを徹底的に覚えてもらう。その間、バスタードソードを握るのは禁止だ! いいな!」

「そんな! 一日一万回の素振りも駄目だというのですか!?」

「駄目に決まっているだろう! というか毎日一万回もしていたのか!?」

「『も』じゃなくて『たったの』よ! 一万回なんて、ちょっと周りの人には見えない速度でこなせば、あっという間よ!」

「本当に何を言っておるのだ我が娘よッ!?」


 その後カリアに駄々をこねられまくった結果、なんだかんだで娘に甘いダラスは一〇分間だけの素振りを許してしまう。

 一〇分あれば充分よ!――と、カリアが耳を疑うようなことを口走っていたことはさておき。


「それにしても、これでか……」


 四度目とは、カリアが婚約者と一緒にいたところを、賊に襲われた回数を指していた。

 そして、そのせいでカリアが婚約を破棄された回数も四度。

 最早、偶然の一言で片づけられる話ではない。

 誰かがカリアのことを狙っているとしか思えない。


「考えられるとしたら、ゼダル・アールトン侯爵くらいのものだが……」


 アールトン侯爵家は、数多くの優秀な騎士を輩出してきた名門貴族……

 騎士を目指していたゼダルの息子たち三人が、全員心が折れてしまったのだ。

 カリアという人外を知ってしまったが原因で。


 子息が誰一人として騎士を目指さなくなってしまった結果、これまで培ってきたアールトン侯爵家の名声は陰りを帯び始めた。

 噂の域は出ないが、近く爵位が上がるという話が流れたとも聞いている。

 カリアに恨みを持っていても、何ら不思議ではないが、


「まさか、な」


 ダラスはやれやれとかぶりを振る。

 確かにゼダルにはカリアを恨む理由はあるが、だからといって彼がカリアに賊をけしかけたと考えるのは、あまりにも論理が飛躍しすぎている。


 陰りを帯び始めているとはいっても、アールトン侯爵家はこれまで数多くの騎士を輩出してきたこともあって、この国の治安維持にも携わっている。

 そのアールトン侯爵家が私怨で賊をけしかけたことが国に知られてしまった場合、爵位を剥奪される程度の騒ぎでは済まなくなる。

 治安を維持する立場だからこそ、最悪、極刑もあり得るだろう。


「馬鹿なことは考えていないで、今はカリアの婿殿を捜してやらねばな。幸いと言っていいのかわからんが、剣の次くらいには嫁ぐことに熱心になってくれておるわけだしな」



 ◇ ◇ ◇



 そんなダラスの見立てに反し、ゼダル・アールトン侯爵は馬鹿なことを考えていた。


「くっくっくっ……カリア・クヴィルクめ。また婚約を破棄されたとは実に良い気味だ」


 アールトン侯爵家の館にある自室で、ゼダルは満足げにほくそ笑む。


「やはりカリア・クヴィルクの強さは、常人には恐怖の対象にしかならないらしいな」


 満足げに笑って、笑って、笑い続けて……突然、憤怒の形相で近くにあった椅子を蹴り飛ばす。

 まさしくその強さに恐怖を覚えたことが原因で、三人の息子は全員騎士になることを諦めたのだから。


「しかし、今や頭に〝元〟がつくとはいえ、我が息子ながら何とも情けない奴らよ」


 この国で一番強いのは、カリア・クヴィルク。

 そんな噂を不快に思ったゼダルは、息子たちとカリアを立ち合わせた。

 本当ならばその立合いでカリアを打ちのめし、アールトン侯爵家の名声を盤石にするはずだったのに……息子たちがあまりにも情けなく惨敗したせいで、かえって名声を失うことになった。


 父の顔に泥を塗った息子など、最早用済み。

 三人まとめて縁を切って放逐したことで、どうにかこうにか溜飲を下げたわけだが……結果として跡継ぎがいなくなり、それを理由に爵位を上げてもらうという話も流れてしまった。

 ゆえに、カリアのことは憎くて憎くて仕方なかった。


「……まあいい。これからもカリア・クヴィルクが婚約する度に、その相手の目の前で金で雇った賊どもをけしかけてやる。あの脳筋女ならば、勝手に賊を返り討ちにして、勝手に婚約者に怯えられるだろうからなぁ」


 一人勝手に込み上げさせた溜飲を、一人勝手に下げながら、ゼダルは楽しげに愉しげに笑った。



 ◇ ◇ ◇



「異国の貴族との縁談、ですか」


 父親ダラスの提案を、カリアは反芻するように呟く。


 国内においては今やすっかりカリアの恐さ――もとい強さが知れ渡ってしまっているせいで、四度目の婚約破棄以降は、婚約にこぎ着けることすらできない有り様になっていた。

 父に言われたとおりに、淑女としての振る舞いを完璧に物にした(カリア談)というのに、肝心の相手がいないという現実には、さしものカリアも打ちひしがれてしまった。


 そんな娘を見かねてダラスが提案したのが、先程カリアが呟いた「異国の貴族との縁談」だった。


「異国の、それもこの国から離れている国ならば、さすがに君の噂も届いてはいないだろう。カリア、君が望むのならばすぐにでも話を進めようと思うが……どうだ?」


 カリアの返事には、微塵の迷いもなかった。



 そうして彼女は、故国から遠く離れた貴族と縁談することとなったわけだが――



「はぁ……」


 異国の地で、異国の貴族との縁談に臨み、良い雰囲気のまま二人きりで庭に出たカリアの口から漏れたのは、ウンザリとしたため息だった。


「なんで、異国に来てまで賊に襲われるのですの」


 う。

 カリアは今、縁談相手である青年貴族とともに、一〇人近い賊に囲まれていた。


 賊どもがその手に持ったナイフの舌舐めずりする中、カリアは貴族の館を一瞥する。

 館の庭に賊が闖入してくるとは夢にも思ってなかったのか、守衛までもが右往左往している有り様だった。


「結局、こうなってしまいますのね」


 カリアはドレスのスカートの両端を摘まみ、軽く揺する。

 直後、スカートの中から出てきたバスタードソードが、ゴトリと音を立てて地面に転がった。


 スカートの質量を無視して現れたバスタードソードに、青年貴族はおろか賊たちまでもが目を剥く中、カリアはバスタードソードを片手で軽々と拾い上げる。

 そして、いまだ目を剥いている賊の一人を見やり、


「何をボサッとしてますの? はもう、わたくしの間合いですわよ」


 転瞬――


 激烈な踏み込みとともに、カリアは賊との間合いを刹那に潰す。

 続けて振るわれた横薙ぎの一閃が、賊の首を高々と刎ね飛ばした。


「なぁ――ッ!?」


 賊の一人が驚愕を吐き出そうとするも、その時にはもう肉薄していたカリアが、開いた大口にバスタードソードを突っ込み、貫くことで永遠に中断させた。


 そこから先はもう一方的だった。

 賊どもが生き残った者たち全員でカリアを迎え撃とうとするも、暴力的なまでの剛剣を前に、次々と物言わぬ肉塊に変わっていく。


 そうして最後に一人残した賊に、カリアは切っ先を突きつけながら訊ねる。


「で、あなた方はいったい誰に雇われて、このような狼藉を働いたのですの?」

「しししし知りませんんんッ!! おおお俺たちを雇った奴はッ!! フフフフードで顔を隠してましたからッ!!」

「いつもどおり、ということですわね!」


 バスタードソードを手放したカリアの拳が、賊の土手っ腹に突き刺さる。

 こちらの問いに答えた上に、戦意も喪失しているため命まではとらないカリアだったが……血反吐を撒き散らしながら悶絶する賊の有り様は、殺された方がまだマシなのではないかと思えるほどに壮絶だった。


 そんな地獄絵図を尻目に、カリアは深々とため息をつく。

 カリアのあまりの強さに賊がビビり倒すことも、雇った人間がわからないことも、今まで四度あった賊の襲撃と全く同じ流れだった。


「となると……」


 チラリと青年貴族を一瞥してみると、


「ひ、ひぃぃいぃぃぃぃいいぃッ!」


 まるでバケモノにでも出くわしたかのように、青年貴族は悲鳴を上げながら館の方へ逃げ去っていった。


「この流れも、いつもと同じですわね。……今度は、婚約を結ぶ前に破棄されてしまいそうですけど」


 立ったまま項垂れる、カリア。

 そんな愛娘の姿を、ほんの少し前に騒ぎを聞きつけて庭にやってきたダラスが、痛ましげに眺めていると、


「ダラス様」


 クヴィルク侯爵家に長年仕えている老執事が、東方に伝え聞くSHINOBIさながらに、影のように忽然とダラスの背後に姿を現す。


「ダラス様が危惧したとおり、ゼダル・アールトン侯爵がこの国に滞在していることを確認できました」

「まさか本当に来ていたとは……で、アールトン侯爵が賊を雇ったという証拠は見つかったのか?」

「異国ゆえに勝手が違ったせいか、今までと違って多くの痕跡が残っていたおかげで、賊を雇った輩がアールトン侯爵の執事であることを突き止め、捕縛して自白させることに成功しました」

「そうか。ご苦労だった」


 ダラスが労いの言葉をかけたことを最後に、老執事は現れた時と同じように、影のように忽然と姿を消した。

 そんな執事を雇ってたら、そりゃ娘もあんな風に育つわ――と、ツッコみたくなるやり取りを終えたダラスは一人、カリアに歩み寄る。


「カリアよ」

「……国に帰る準備ですわね……わかっていますわ……お父様……」


 と、悄然としていたカリアだったが、


「今まで君に賊をけしかけていた者を突き止めたと言ったら、君はどうする?」


 直後、彼女の双眸が底光りする。

 それを見て、最早答えを聞くまでもないと悟ったダラスは満足げな笑みを浮かべた。



 ◇ ◇ ◇



 とある廃墟で、ゼダルは苛立たしげに独りごちる。


執事セバスめ……どこで油を売っている。まさか、しくじって捕まったのではないだろうな?」


 だとしたら、集合地点として指定したこの場所も危ないかもしれない。

 そう思い至った瞬間、執事を見捨てることに決めたゼダルは大急ぎで廃墟の外に出ると、


「あらあら、そんなに急いでどこに行かれるおつもりですか? アールトン侯爵」


 待っていましたとばかりに姿を現したカリア・クヴィルクを前に、口から出かけた悲鳴をどうにかこうにか噛み殺した。

 案の定というべきか、カリアの後ろには父のダラス・アールトン侯爵と、彼に仕える老執事、そして、縄で縛られて青い顔をしているゼダルの執事の姿があった。


「さて……わたくしたちがここに来た理由、もうおわかりですよね?」


 カリアの問いに、ゼダルは思わず息を呑む。

 状況的に執事が全てを自白したのは間違いない。が、ゼダルが執事に命じてやらせたという証拠は、どこにもないはず。


 どうせ主を見捨てて自白するような執事クズだ。

 切り捨てたところで何の問題もない。

 その考えに至った瞬間、ゼダルは全力ですっとぼけることでこの場を乗り切ることを決断する。


「そこの執事おとこが何かしでかしたようだが……すまないな。私には、君たちがここに来た理由など皆目見当もつ――ほげぇッ!?」


 かつては騎士として名を馳せたゼダルが反応すらできない〝何か〟が、右頬を強打する。

 その衝撃で、ほぼ真後ろ――一八〇度手前まで曲がった首をどうにかこうにか前に戻し……理解する。

 右頬を強打した〝何か〟の正体を。

 

〝何か〟は、カリアが繰り出したビンタだった。

 それも、屈強な漢に殴られた方がまだマシだと思えるほどに重く、その細腕から繰り出したとは思えないほどに強烈な、ビンタだった。


「わたくし回りくどいことは嫌いですの。だから、さっさとお認めになって、あなた様がわたくしに賊をけしかけたことを帰国し次第お国に報告し、然るべきを罰を受けてくださいませ」

「ま、待て! 何のことを言っているのか私にはさっぱりわか――りゃべッ!?」


 今度は左頬をビンタされた。

 またしても、ねじ切れんばかりの勢いで首が一八〇度手前まで曲がった。


「さあ、早くお認めになってくださいませ。でないとこのままでは、あなた様の首がねじ切れることになってしまいますわよ」


 脅迫じみた文言とは裏腹に、満面の笑みでカリアは言う。

 ゼダルは「ひッ」と引きつった悲鳴を漏らしながらも、縋るような思いで、カリアの後ろにいるダラスに視線を送るも、


「そうか……そういうねじ切り方か……」


 などと呟きながら遠い目をしている時点で、カリアの凶行を止めようという考えが一切ないのは明白だった。


「ッ!?」


 モタモタしているうちに、三度目のビンタが右頬に炸裂する。

 今度は首が一八〇度以上曲がったような気がした。


「認めます! 認めますから、これ以上はや――べぇッ!?」


 四度目のビンタが左頬に炸裂し、ゼダルは錐揉み状に回転してから地面に倒れる。

 ここまで来ると、歯が一本も折れていないことが、意味不明すぎて逆に恐いくらいだった。


「みみみ認めたのになんでッ!?」


 たれた頬を手で押さえながら、情けない声で抗議する。


「アールトン侯爵。あなた様の罪をお国に報告すること、お忘れになってますよ」


 慈愛に満ちた笑みで、声音で、忠告する。

 あまりにも理解が及ばない相手を前にゼダルは失禁してしまうも、そのことを馬鹿にする人間はこの場には一人もいなかった。


「ほほほほ報告しますぅうぅぅうぅううぅッ!! 帰国したらちゃんと報告しますから、もう勘弁してくださいぃぃいいぃいぃいぃッ!!」


 こうして、カリアの婚約に関わる一連の騒動は落着した。


 カリアも、父であるダラスも、これで心置きなく婿捜しができると胸を弾ませた。


 しかし、二人はまだ気づいていない。


 異国でこれだけ派手に立ち回ったことで、カリアのストロングっぷりがいよいよワールドクラスにまで広まってしまったことを……。

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ストロング令嬢 亜逸 @assyukushoot

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