43 謝罪と解決


課長が立ち去った後、私と木野さんと良也の3人が映像資料室に残っていた。


奇妙な沈黙から数秒、木野さんが意を決したように両こぶしを強く握るとガバリと頭を下げた。


「すいませんでした!」


私に思いきりよく旋毛を見せると、その後ゆっくり起き上がり気まずげに良也を見やり「良也もごめん」と謝った。


課長に心情を読み取られ暴露されたことによって自分のしてきたことを振り返った彼女。


恥じ入っているのかその顔は真っ赤に染まったり青く染まったり。その姿はこれまでのイメージと大分違った。


謝られて改めてこれまでにあった事を振り返る。


私は木野さんと良也に随分と振り回された。思い返せば良也の浮気からはじまり、略奪され、その後もあれこれ関わってかなり精神的なダメージを受けた。


色々と許し難い点も多いが、木野さん話を聞いて反省している姿を見ている内に怒る気力が削がれてしまった。


「うん、謝罪は受け入れます。良也との事は今更気にしてないし。同じことを繰り返さないでいてくれたら、もういいよ」


「でも、私、本当に嫌なことを沢山……」


「木野さんは私なんかに憧れていただけで、私に何か直接してきたことなんてなかったじゃん。タイミングは悪かったけど、良也とだって本当に好きだから付き合い出したんだし。さっきの課長とのやり取りだって――まあ、かなりビックリしたけど良也に対する当てつけになっても私に対する当てつけにはならないし。謝る必要があるとしたら良也と迷惑を掛けた課長だよね」


軽い調子で言うと、木野さんは少し眉を歪ませて考える顔をした。


この子は確実に私の想い人が誰か分かっている。


だけれど、今は別の話だ。


充分当てつけになっていたのだけれど、それは個人的に触れてほしくないところだったから適当に誤魔化してみた。


空気を呼んでくれた木野さんは一人で何かに納得したのか軽く頷くと再び口を開いた。


「……そうですね。でも、やっぱり、何だかんだで不快な想いをさせてしまったのは事実です。私の態度で気分を悪くされたこともあったんじゃないですか?」


「そんなこと、ないとは言わないけど……。でも、もういいよ。私も行動には出さなかったけど木野さんに嫉妬してたから、気持ちがわからなくもないし」


「――嫉妬?」


木野さんは目を見開いてポカンと口を開けた。


「そう嫉妬。木野さんが私のことあれこれ過大評価してくれていたみたいだけど、私から見たら木野さんみたいになりたいって思うところたくさんあるんだよ」


女らしい仕草に体型、自分が手に入れたいと思った相手に対する積極性もそうだし、恋愛テクニックなんて私と天の地の差があるだろう。


それを口に出すのは躊躇われたので誤魔化すように「お互い様だね」とはにかんでみると、木野さんはぶわっと大きな瞳から涙を流し始めた。


「わ、わたし、本当に入社前に川瀬先輩を一目見た瞬間からカッコいい女の人だなって興奮してっ。優秀な人なんだって知ったらもう本当に憧れちゃって……。その憧れを拗らせて嫉妬して劣等感で病んで暴走しました。最初から川瀬先輩と真っ直ぐ向き合っていればよかったっ。こんなに優しくていい人、正面から仲良くなって素直に憧れてたら、私こんなに酷い女にならずに済んだんだろうって思います……。本当にごめんなさいっ。今改めて、本当に、私、川瀬先輩が好きだなって、思いましたっ」


泣きながら出てきた好きというフレーズに、嫌悪感は浮かんでこなかった。純粋に嬉しいと思えた。


「……由香里はどうして陸だけ“先輩”って呼ぶんだろうって思ったことあったけど、入社前から意識していたからだったのか」


ぼそりと呟かれた良也の独り言に、なるほどと納得した。


学生時代に先輩という呼び方を多用していたんだろう。入社後、うちの会社の慣習で“さん”付けが身につく前に私は先輩認定されていたというわけだ。


私は深く座り込んでいたソファから立ち上がり、両手で流れ続ける涙を拭う木野さんの許へ行き屈んで視線を合わせた。


「ありがとう。私なんかを好きになってくれて。嬉しい」


「かっ川瀬先輩」


「今回いろいろ暴走しちゃったことは人によっては許してくれないかもしれない。だから、今後は一人の立派な女性として社会人として後悔しないようにして欲しい。私に謝るなら、これからそうすることで許すってことにしてあげる」


しゃくりあげながら私を真っ直ぐ見つめてくる姿が小さい女の子のように見えてしまい、つい体が動いてその頭に手を置いていた。


よしよしと撫でると、うえーんと本当に小さい女の子のような声をあげて木野さんは益々涙の勢いをよくした。


「これからも木野さんに憧れてもらえるような先輩でいらえるように私も頑張るね。木野さんも、私がアナタを羨ましいって思っていることは本当だから自分に自信持って。これからも営業部で働いていくならライバル兼仲間なんだから、胸張って行こう」


「――はいっ」


泣いているせいで声をひっくり返して返事をした背中に軽く腕を回し、ポンポンと叩いた。


その状態のまま良也を振り返る。


「これで、私と木野さんの間にあった問題は解決よ。あとは二人でじっくり話して」


「……陸」


良也は力なく私の名を呼んだ。


「色々あってお互い自分の気持ちを整理するのも大変な状況かもしれないけど、私がさっき伝えた答えはもう揺るがない。良也が本気だろうとどうだろうとね。でもって、私はアンタと木野さんは余計なことは気にしないで、互いの気持ちをしっかりさらけ出して話をする必要があると思う。変な喧嘩終わりにしないでさ」


私の言葉に良也は苦い顔をした。


恐らく喧嘩して以降、怒りに任せて木野さんのことを真剣に考える事をやめて、意地になって私にベクトルを向けていたのだろう。


それでも、今日だって二人は喧嘩をしていた。好きの反対は無関心だ。喧嘩をするくらいの感情を互いに持っているのなら、今後の関係がどうなるにせよしっかり話し合った方がいい。


今が互いの気持ちを整理するチャンスだ。


私は木野さんの背を押して未だに床に座っている良也の前に促した。


抵抗はない。


話し合いの必要性を感じているのだろう。


良也の方も気まずげではあるけれど、余計な事を言ったり逃げ出そうしたりする様子はない。


木野さんは良也の前に進み出ると、私の手から離れペタリとその場に座り込んだ。


「話が終わったら鍵は返しにきて。夕方くらいまでは確実に仕事しているから」


「……おう」


返事を確認すると、私は勢いよく立ち上がった。


「因みに杉浦。アンタは今後私の怒りに触れるような行動を取ったら“懲戒解雇”が待ってるから、そこんとこよろしく。今日の事は犬に構われたと思って忘れてあげるけど、二度目はないわよ」


腕を組んで精一杯威圧的に睨みつける。良也は反省をしているのか素直に頷き、しおしおと項垂れつつ頭を下げて謝ってきた。


それに満足して私は一つ頷くと、ドアに向かって歩き出す。


もう、私がこの場にいる必要はなさそうだ。


背中に良也の視線を感じたけれど、振り返りはしなかった。


そしてその視線の気配がなくなる位置まで移動すると、良也の方から木野さんに話しかける声がした。

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