28 つまらない観光と森さんのお使い

焼酎は通常悪酔いしづらいと言われている。


けれども、焼酎が苦手な私は慣れないものを知らず知らずの内に多量に摂取したせいか翌日の朝完全な二日酔い状態で目を覚ました。


二日目は朝から夕方までは完全に自由時間。私は特にどこへ行くか決めておらず、とりあえず美香にくっついて行くというだらしない計画を立てていた。しかし、その美香が森さん達、即ち一課の面々と一緒に観光すると言い出した。


はっきり言ってあまり気のりしなかった。


一課のメンバーとは、いや、課長とは離れていたい気分だったのだ。


けれども、美香と一課の社員以外に旅行に参加している人にこれといって親しい人はいない。


一人で旅行をするにも、特に観光の予定を立てていない自分には難しい。


私は渋々美香について行くことにした。


それでもどうしても課長と気安く話す気になれず、私はなるべく上原さんとか他の一課の先輩方と話をしながら観光しようと決めた。


そしていざ観光してみると、警戒せずとも課長と絡む機会はなかった。


合コンまがいな社員旅行の参加者達は二日目の自由時間を無駄に過ごすなどという愚は冒さなかったのだ。


常に私達の周りには見たことのある女性社員の姿とその女性社員とどうにかお近づきになろうとする男性社員でごった返していた。


自然私は周りへの遠慮から一人でぶらりとしていることが増え、課長と会話をする時間など全くといっていいほどなかった。


そんなこんなで一日を過ごし、一課の面々と美香は全員心底疲れた顔をして旅館に戻った。再び昨日と同じ大部屋での宴会に赴こうとした時、後ろから肩を叩かれた。


森さんだった。


「川瀬さ、悪いんだけど俺の頼み一つ聞いてくんない?」


改まった様子だったのでつい真面目に聞き返すと、なんてことない事だった。


訳あってこれからしばらく旅館から出れなくなるらしく、少し離れたところにあるお土産の専門店で部屋で飲む用の地酒を買ってきて欲しいと両手を合わせて懇願された。


「そんなの全然構いませんよ。ちょっと離れたところにあった大き目のあのお店ですよね? お酒の種類はどういったのがいいですか?」


「ん、その辺はそっちのセンスに任せる。悪いんだけど料金も立て替えといて貰えると助かる。すぐに返すから」


夕食会場にこのまま行って、またすぐにごちゃごちゃと人に囲まれるのは嫌だったので私は二つ返事で請け負ってそのまま旅館に背を向けた。


「遅くなっても何も問題ないようにしとくから、よろしく」


「あはは、そんなに遅くなんてなりませんよ」


妙に過保護な森さんの声掛けに笑顔で返すと私は軽い足取りで土産物屋に向かった。


一人きりの時間に内心ほっとした。


遅くなっても良いという言葉から無駄にあれこれ見て回っている。どうせ、宴会場に私が居なくても困る人などいない。そう思うと、益々土産物屋から外に出るのが億劫になった。


そうして、森さんに頼まれた酒の種類を無駄に吟味している時だった。背後に人の気配を感じて振り返る。


「森に何買うか決まったか?」


「かっ課長!?」


予想もしていなかった人物の登場に声がひっくり返る。一方の課長は涼しい顔。


「どうせなら泡盛にしろ。異様に度数の強いやつ。あっ、蛇が入ったハブ酒でもいいんじゃないか?」


目の前の棚に並んでいる酒瓶から最もアルコール度数の強い泡盛と蛇が瓶の中でとぐろを巻いているハブ酒を見比べる課長。直ぐに「こっちの方が面白い」とハブ酒をチョイスして、泡盛を棚に戻す。課長はそのまま他の物に見向きもせずにレジに行って会計を済ませてしまう。


私は課長の登場にびっくりし過ぎてその場で暫く固まっていた。そんな私の前に紙袋を下げた課長が戻って来た。


「あっ、お金」


何故課長が森さんからのお使いを知っているのかはわからないけれど、自分が頼まれて立て替えといてと言われたものだ。慌てて財布を鞄から取り出そうとすると、課長の制止が入る。


「これは俺が元々金を出す予定だったから、川瀬が財布を出す必要はない」


「えっ? でも、私がさっき頼まれて……」


「金の事や森の頼み事より、お前にはもっと大事な仕事がこれからある。さっさとここを出るぞ」


「えっ?」


課長は言うなり踵を返して店から出て行ってしまう。


慌ててその背中を追ったが、何故か旅館じゃない方向に課長が歩いていくので止まって声を掛ける。


「どこ行くんですか? 早く戻りましょう」


課長は少し離れたところで半身だけ振り返るとニヤリと口角を上げた。


「川瀬はこれからこっちで仕事だ」


「仕事って何ですか?」


どうして旅行に来てまで仕事なんかしなくちゃならないんだと本気で考えた。


「お前の仕事は上司の接待」


「はっ?」


「報酬は何でも構わないぜ」


「へっ?」


課長が何を言っているのかが本気でわからず、間抜けな声を上げると課長は吹き出して笑った。


一日避けたいと思っていたはずの相手なのに、屈託のない笑みを向けられて心臓がドキリと跳ねて高鳴る。


「まあ、要するに俺に付き合って外で飯を食えってこと。森は共謀だからあっちのことは気にするな。うまくやってくれてるだろう。この酒はそのための賄賂みたいなもんだ」


「えっ、何それ! 何でですか!?」


「あんな疲れるところで2日連続で飯なんか食えるか。俺は休暇に来たんだぞ。なのに、貫徹で仕事をした翌日の午前しょっぱなの退屈な会議より苦痛な状況ばっかりで流石に我慢の限界だ。だから付き合え」


「何で私が……」


課長の気持ちはよくわかるけど、私以外に誘える相手なんて幾らでもいたはずだ。


「何でって、俺が旅行参加者の中でお前と二人で飲むのが一番いいと思ったからだ。文句あるか?」


「っ、……あります!」


「なら、その文句はこれからたっぷり聞いてやるから、突っ立ってないでさっさと来い」


「ああ、もうっ」


とてつもなく強引な誘いに思わず声を上げたが、脚は自然と課長に向かって歩き出す。


何故だかその足取りは、今日で一番軽かった。

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