ヒトになりたい人魚さん

大田博斗

第一章 プロローグ

001.これってあの伝説の生き物!?

 夕方の空の下でオレンジ色に染まる海。その砂浜で立ち尽くしていた僕。『それ』を見た時、僕は驚愕のあまり、フリーズしてしまったのだった。




 ──僕は普通の高校1年生、斎藤ユウ。男。目が悪いので、メガネをかけている。身長は全国平均、体重は平均より軽め。




 部活はしていない。だから、友達は少ししかいない。それでも、苦労はしていないし、ほどほどに楽しいと思っている。




 それに、放課後は勉強に明け暮れている。僕の夢は、医者だ。だから部活をしている余裕は、はっきり言って、無いのだ。




 医者は憧れだ。だから、医者になるために日々頑張っている。




 僕は、今日も机に向かって勉強に邁進していた。




 


 ──ふと気がつくと、夕陽が窓から差し込んでいた。家の時計を見ると、19時になろうとしている。夏は昼間の時間が長いから、時間が経っていないと錯覚してしまう。




 なかなか解けない問題に立ち向かっていた。体の全部のエネルギーが持っていかれ、だるくなる。


 僕は背もたれに身をゆだね、天井を見上げた。




「海にいこう」




 僕の独り言が、空気中にフワフワと浮かんで消えていく。




 僕の家から歩いて3分くらいのところに海があるのだ。ここは最寄駅から徒歩35分の立地の悪さ。でも高校が徒歩10分と近く、決して不便ではない。なんと言っても、家賃がとてつもなく安い。




 近くに海があるから、見ていないともったいない。そんな気持ちでたまに勉強で息が詰まった時に海に行っている。




 小ぢんまりとした古い建物が立ち並ぶ小道を抜けると、どこまでも続く広大な海が広がっていた。夕陽が反射して、海がキラキラと輝いている。




 青いはずの海はオレンジに染まり、静かに波をたてていた。




 僕は落ちている流木たちを退けて、砂浜に腰をおろした。




 この眺めを見ると、大抵の人はあまりの綺麗さに心を打たれるのだろう。だが、僕はそうは思わない。




 あまりの広大さが、ちっぽけな僕を飲み込んでしまうから、怖いのだ。どこまでも続いている海はさらに深さもある。その世界はあまりにも苦しく、過酷だ。




 なのに、見えている海はこんなにも穏やかで綺麗だ。その対比が、どうしても僕を受け付けない。




 チカチカと、消えかけの蛍光灯のように太陽が光を放つ。もう沈むんだ。立ち上がって帰ろうとした時、大きな何かが、打ち上げられているのに気づいた。




 僕は近づいていく。なんだ?あれ。丸みを帯びた流木??にしては大きい。大きさは1メートルくらい、木にしてはかなりの太さがある。




 いや、違う。僕はさらに近づいていく。




 僕は目を疑った。なんだあれ??僕は何も考えないうちに、走って駆け寄っていた。




 立ち止まって、『それ』を凝視した。ツヤのある黒髪ロング。目を瞑っているが、長いまつ毛がキリッと立っていた。鼻と口はスラっとしていて、顔立ちがいいのが推測できる。




 だが、傷がたくさんついていた。




 上半身は裸だった。そこにも傷がたくさんついていた。出血はしていないものの、怪我がひどい。打撲したような痣も確認できた。




 何より、僕の目を苦しませたのが下半身だった。何を隠そう、尻尾が生えていたのだ。




 つまり、脚がない。




 鱗がキラキラと輝いていて、硬そう。薄い水色で、海の波紋のような模様だった。とても、神秘的だ。




 僕の脳がフル回転して導き出した答え。それは、




 ──この人は、人魚だ……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る