第5話 魔女との対談
平穏は失われた。
無慈悲に、情け容赦もなく。
「聞いてんの? 聞きなさいよ! 聞け!」
不条理などに屈しはしない。
ひたすらに無反応を決め込む。
「ワタシの話を聞いているのですか? 先の決闘における不義、断じて看過することはできません」
無視無視無視無視無視。
視線を前方に固定し、左右からの口撃に耐える。
狂暴なサイドテールはともかく、この正義の女は何故に絡んでくるのか。
「さっきからうるさいのよアンタ! アタシが先に会話してんでしょ!」
「アナタのほうが明らかに声量は大きい。よって、アナタの主張は間違っています」
俺を挟んで口論しないでくれ。
「──オッホン! 今は授業中です。両名とも授業の妨害行為と見なし、後ほど罰則を科します」
「はあぁ⁉ 何でコイツは含まれてないわけ⁉」
「何故ですか? この者の行いこそ、処断されるべきなのは明白でしょう」
「だまらっしゃい! そもそも彼は、
まさか厳罰とやらの内容が、喋るなっつうもんとは思っていなかったがな。
食事抜きとかじゃなくて助かったぜ。
「むしろ、アナタ方にこそ必要かもしれませんね。罰則内容は追って知らせます。以降、私語は慎むように」
「アンタの所為で怒られたじゃない!」
「ワタシは関係ないでしょう。ワタシの声量は極めて普通です」
授業が終わろうとも解放はされない。
そして、無言の罰則も執行中。
唯一、発声を許されるのは、魔術基礎の時だけだ。
「付いてくんじゃないわよ!」
「ワタシとて寮住まいなのは変わりません。帰路は同じです」
白っぽいサラサラの長髪に、突き出たとんがり耳。
エルフ。
南部の大森林でのみ住まう人種が、極稀に外に出る変り者がいるらしい。
コイツはその変り者と人族との混血。
エルフは混血であろうとも、魔術の資質を必ず有している。
この学院にはうってつけの人材……に思えるが、色々と厄介な因習持ちだった。
特に学院向きでない因習として、読み書きできない。
ただ、記憶力は優れているらしく、大抵は聞くだけで覚えられるらしいが。
迷惑を被っているのは、因習とは関係なく、ただ単にコイツの性格に因るもの。
通称、正義の女。
決闘を観戦していたらしく、以来、こうして卑怯だなんだと責め立ててくる。
……のだが、俺は絶賛無言の罰則中。
字が読めない所為で筆談も不可。
この状況のほうが、余程に罰則な気がしてならない。
ようやく罰則期間が終わった。
これで問題の一つを解決できる。
「ウザい。付き纏うな」
「……ようやく口を聞いたかと思えば、第一声がソレですか。なるほど、性根も歪んでいるようですね」
「決闘に関しちゃ、学院からの罰則も終えた。もう絡まれる理由は無いはずだ」
「いいえ。ワタシの勘が告げています。アナタはまた必ず問題を起こすと。悪事が成されると分かっていながら、放置などできません」
客観的事実ではなく、思い込みに因るものだったか。
ヤベェ奴に目をつけられたもんだ。
「やっと喋る気になったのね! さぁ、アタシと決闘なさい!」
ああそうね。
もう一つの問題も残ってたよね。
「オマエはオマエで、何で絡んで来るんだよ」
「アタシにあんな真似しておいて、忘れたって言うつもり⁉」
「既に問題を起こしていたとは……アナタは度し難い愚か者ですね。処断します」
このままだと、無駄に2回も決闘させられかねん。
何とか言いくるめるしかない。
「ふん! 何よ、お母様とお話がしたいなら、最初にそう言いなさいよね!」
言おうとはした。
言わせなかったのはオマエだ。
「……つまりは、勘違いによる
「そうだ」
「しかしながら、魔術の無断使用で女性の意識を奪ったのは事実ですよね」
コイツはまぁーだ納得してやがらねぇのか。
「どっちも怪我せず収めるには、アレしか手がなかったんだよ」
「女性に怪我をさせまいとの配慮は善くとも、悪事は悪事。
「いいわ。許してあげる」
「……ともすれば貞操の危機だったのですよ? あ、いえ、そうとも限らないのかもしれませんが」
「アタシはしょ──って、何言わせてんのよ⁉」
「落ち着け。あと、大声は止めとけ」
「襲ってたらぶっ殺してるわ。けど、襲われてないし。話を聞かなかったのはアタシ。そして、先に手を出したのもアタシ。だから許してあげる」
どっちかといえば、俺が許す側のはず。
だがまぁ、解放されるのであれば何だって構わん。
「許されてやろう」
「……偉そうね」
「ああ、いやなんだ……それで、母親に繋ぎをつけるってのは」
「聞くだけ聞いてはみるけど、期待はしないでよ? お母様はお忙しいんだから」
「駄目なら諦めるさ」
他の教師では意味が薄い。
魔術局局長だからこそ、話をする意味がある。
「何か、よからぬことを考えてはいませんか?」
「お母様に何かしたら、ぶっ殺すから。まあ、返り討ちにあうだけでしょうけどね」
しねぇよ。
氷漬けにされて粉砕される未来しか想像できん。
つうかこの二人、何気に仲いいな。
一時期は決闘でもしかねない雰囲気だったくせに。
できれば、俺抜きで騒いでくれ。
コンコン。
「──入りなさい」
「失礼します」
僅かの軋みもあげず、ドアが開いてゆく。
音を立ててはいけない空気感。
そっとドアを閉める。
「ワタシに話がある生徒とは、アナタのことで間違いありませんか?」
「はい。この度はお時間をいただき、ありがとうございます」
正面、横長の机を挟み、深々と頭を下げる。
つうか、広ッ!
寮の二人部屋よりも明らかに広い。
他の教師とも部屋の格が違うんじゃねぇか?
「楽な姿勢で構いません。聞くところによると、公爵家の子息を決闘で打ち負かしたとか。罰則の件といい、学院始まって以来の事態でしょうね」
流石に知られてるわな。
ゆっくりと姿勢を戻せば、座っているのは、院外学習ぶりに見る美女の姿。
娘とは違って、髪は全て薄紫色をしている。
体つきも……って余計なことまで考えるな。
「……しかし、
……んんん?
貞操云々は、俺に嫌疑がかけられてなかったか?
いや、それに関しても、アイツの妄言だったわけだが。
「じ、事実とは一部異なっているかと存じます」
「そうでしたか。罰則期間もあけたようで何よりです。それで、話とは何でしょう? 他の教師にはできぬ内容なのですか?」
「本日お時間をいただいたのは他でもありません」
「普段の口調で構いませんよ」
「あ、はい、助かります。あの、東区の現状は知ってますか?」
「現状? 特段、耳にした覚えはありませんが。東区がどうかしたのですか?」
「
「……そういう側面があるのは事実でしょうね」
「魔獣による被害で復興もおぼつかず、壁の建設に至っては、その目処すら立っていません」
「説明はもう結構。ワタシに何かしろと?」
「魔術師を派遣して、魔術で壁を造れませんか?」
「……中々に面白いことを考えますね。魔術で壁を、ですか。中級以上の土魔術の使い手ならば、即席であれば可能かもしれませんね」
「じゃ、じゃあ」
「魔術師が現状、どのような役目を担っているか知っていますか?」
「え? い、いえ、知りません」
「学院を卒業した魔術師は、全て魔術局預かりとなります。基本的に外に出ることはありません。例外的に、治癒魔術師だけは、各地区に駐留してもらってはいますが」
そういやそうだよな。
絶対に魔術師が外に居ないってわけじゃあない。
「外に出れない理由として、中級以上の使い手は危険である、ということもありますが、他にも理由があります」
つまり、中等部へ進級した場合、強制的に魔術局行きが決定しているってことか?
そいつはマズい。
初等部修了時点で退学すべきか。
「魔獣は魔術師を狙う傾向がある、との学説があるのです」
「……それ、事実なんですか?」
「
「けど、それが本当なら、今度は王都に魔獣が集まるんじゃ」
「魔術師を守り、敵を分散させない。そのための措置です」
「東区に壁が建造できれば、魔獣の被害も減らせるじゃないですか!」
「敷設のために魔術師を派遣すれば、
「可能性に過ぎませんよね」
「楽観視できる要素はありません。少なくとも、ワタシの判断で人員を派遣することはあり得ません」
「それじゃあ、魔術師が魔術を学ぶ意味って何なんですか⁉ 自分たちは安全な場所にいて、他人がどうなろうが知ったこっちゃないってのかよ⁉」
「魔術局では日夜、新たな魔術や道具の研究が行われています。それらは全て、未来のため。決して自分たちのためなどではありません」
川を一瞬で氷漬けにして見せたじゃないか。
何もずっと居てくれとは言わない。
簡易的でも何でも、魔術で壁を造ってさえくれれば十分なのに。
補強なんて、後から幾らでもできるんだから。
「現状維持こそ最善手なのです。保証もなく安易な行動は取れません」
「なら何で、院外学習なんてやってたんですか⁉」
「……アレは危ういところでした。恐らく魔獣の狙いはワタシだったのでしょう。軽率に過ぎる行動でした」
そういえば、あの場には娘もいたはず。
なら、娘を守るために、引率役を買って出たのか?
いや、そもそもが、臨時教師になっているのだって……。
「自分の子供は特別ってわけですか」
「否定はしません。危うい状況と知れば、飛び出して行くことでしょうね」
他者を頼みにしても、都合よく動いてなどくれない。
嫌ってほどに分かり切ってることだ。
「それとて個人的な行動に過ぎません。組織として動くことはありません。王や辺境伯の要請でもない限りは」
辺境伯、か。
伝手は無いが、向こうのほうが切羽詰まっているはず。
話せる機会さえあれば……いや、信用される関係を築けさえすれば。
「その歳で国を憂う気持ち、見上げたものです。残念ながら応えられることはありませんでしたが、将来は魔術局にて、考えを役立てて欲しいものです」
そんな将来だけは、あり得ないだろうさ。
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