第4話 決闘と死闘と

 授業を終える度に、机に突っ伏す。


 今まで使ってなかった頭の機能を使わされているような感覚。


 まるで、脳が筋肉痛にでもなったよう。


 平民にはキツい。


 貴族連中は、割と平然としてやがるのが、さらにムカつきもする。


 平民出身が多い通称魔術組と貴族組とでは、授業内容が一部異なる。


 共通しているのは、読み書き、計算、歴史、魔獣防衛論、戦闘訓練。


 異なっているのは、魔術基礎か礼儀作法かという違いのみ。


 魔術は生まれ持った資質が無ければ使えないうえに、適性のある種類のみしか使えないらしい。


 四大しだいと呼ばれる四属性、土、水、火、風。


 精神魔術、治療魔術、そして、エルフのみが使える生命魔術の全部で7種類。


 厄介なことに魔術の資質は遺伝しない。


 必然的に、魔術師の数は少なくなるというわけだ。


 元々、この王立学院は貴族の子女のための教育機関。


 貴族のほうが圧倒的に多く、幅を利かせているのが現状。


 もっとも、貴族からの寄付金により、授業料、服、食事、消耗品など、あらゆるものが無料なのだ。


 だからこそ、貴族連中に多少イラついても、自制に努めている。


 アイツらの、正確には親たちのお蔭で、こうして学院生活を送れているのは変えようのない事実。


 感謝の言葉を述べることもやぶさかではない。


 親に対してならだが。


 そう、子供に対して恩義は無い。






 度し難いバカは、何処にだって存在する。


 生まれや育ちに関わらず。


 その典型が今日も懲りずに騒いでいた。



「おいおい、何でキミは礼儀作法の授業に出てるんだい? 聞けば、宮廷魔術師の一人娘だそうじゃないか」


「それは……だってアタシには……」


「何だって? 聞こえないよ? ハッキリ説明してごらんよ」



 くそガキが特徴的な髪型をした女子に絡んでいる。


 廊下の端まで響いて、うるさいったらありゃしない。


 本日のお勤めを終えて、ようやっと寮に戻ろうってとこなのに。


 そうそう、この学院に入って気が付いたことがある。


 髪の色だ。


 人族は基本的に黒髪なのは誰に教わらずとも知っていた。


 が、生まれつき黒髪以外の者も稀にいる。


 その黒髪以外の者には、とある傾向が見受けられた。


 魔術の資質。


 明らかに、魔術師組は黒髪以外が多い。


 俺も黒髪だが、若干青みがかっている。


 あの2人もそう。


 とりわけ珍しい金髪と、サイドテールをした黒の長髪に交じる一房だけの赤毛。


 だが、あの二人には、魔術の資質は無いらしい。


 とまあ、そんな説得力に欠ける気付きがあったわけなのだが。



「お母様と違って、アタシには魔術の資質が無いから」


「それじゃあつまり……キミは出来損ないってことかい?」


「──ッ⁉」


「だってそうだろう? 大仰に四大しだいの魔女とか云われてるんだ。その娘に魔術の資質が備わっていないとか、実は血が繋がってな──」


「──廊下でギャアギャアと。うるせえんだよキノコ頭。胴体から引っこ抜くぞ」



 要らんことを口走る寸前で割って入った。


 コイツ、毎日毎日、誰かに絡んでやがるな。


 いい加減、目障りで耳障りだ。



「な……ッ⁉ 何て無礼な口の利き方だ! キミは……平民か。ボクが誰か知っての暴言じゃあるまいね」


「知っていようが知っていまいが、態度を変えるつもりはねぇ。オマエが何からひり出されていようが、単なるくそガキだ」


「ならば知れ! ボクは王弟の嫡子。いずれは王冠を戴く、尊き存在だ。分かるかい? キミらのような平民風情が──」



 いや、知ってるし。


 毎日、自分で喧伝してんじゃねぇか。


 王には息子が居ないから、自分の父親が次の王だってんだろ。


 お陰様で、王国の未来が暗いってことはよぉ~く分かったさ。



「うるせえっつってんだろうが」



 ペチーン。


 小気味よい音が響く。



「き、キサマぁ! その無礼、その蛮行、ボク自らがちゅうしてやる。決闘だ!」






 戦闘訓練や魔術の実習で使用する演習場。


 土じゃなく砂と砂利が敷き詰められている所為で、こけると痛い。


 暇人共が、呼んでもいないのに見物してやがる。



「ボクは寛大だ。今回は木剣を使用してやる。さあ、剣を取りたまえ」


「要らん」


「……何? まさかこの期に及んで、臆したのか」


「オマエ程度、素手で十分って意味だよ」


「おのれぇ……」



 どうせ剣なんて、碌に使えもしないんだ。


 持つだけ無駄。


 なら、喧嘩慣れしてる素手のほうが幾分もマシ。



「──そうか読めたぞ。そういうことか」


「あん?」


「キサマ、魔術を使うつもりだろう。授業以外での使用は厳罰だぞ」


「言われんでも知ってる」



 小動物相手の実験には飽いていたとこだ。


 折角の機会、どれぐらい効果があるか試させてもらおう。


 俺の魔術適性は、人相手じゃないと分かり辛いしな。



「ふん、ならば二度と無礼を働かぬよう、とっくりと教育してやろう」



 そうかいそうかい。


 ならこっちも、容赦なくいかせてもらおうか。



「キサマが木剣を使わぬと言うなら丁度いい。その木剣を決闘の合図としよう」


「あ? 木剣をどうしろって?」


「宙に投げよ。地面に落ちたら決闘開始とする」



 ああ、投げろって意味だったのか。


 喧嘩と違って面倒臭いこって。


 ……いや、どうせ投げるなら。



「どりゃあー!」


「なッ⁉」



 キノコ目掛けて木剣を投擲。



「キサマ! 決闘の作法もわきまえぬか! いいだろう、最早容赦せぬ!」



 いい感じに頭が茹で上がってるらしい。


 そのまま接近して来い。


 魔術を試すにしろ、相手に触れなければ使えやない。


 四大しだいいずれかでも適性がありゃ、そもそも話は簡単だったんだがな。


 まずは、興奮状態の相手に対し、有効かどうか試してみるとするか。


 棒立ちしたまま、相手が到着するのを待ってやる。



「ハッ、もう臆したのか? 情けない奴め。だが許さんぞ。二度と逆らう気も起きぬよう、徹底的に躾けてくれるわ!」



 もうすぐ間合いに入るという頃合いで、一歩だけ前に進み出る。



「──ッ!」



 つられて相手の剣が動く。


 再び一歩下がる。


 眼前を木剣が通り過ぎてゆく。


 振られた腕を逃さず捕まえてやる。


 すかさず発動。



 ≪睡眠スリープ



 精神魔術の初級。


 さて、効果は如何程かな?



「クッ、キサマ、何の真似だ!」



 目に見える効果は無し、か。


 俺の力量にも因るのだろうが、興奮状態の相手に使うには適さないようだ。


 振り解こうとする力に抗わず、すんなり腕を解放してやる。



「今のは間合いを見切ったつもりか? バカめ!」



 剣が振るわれる。


 のを待つわけもなく、腹に蹴りを叩き込む。



「グボッ⁉ き、さま……卑怯、だぞ……」



 さてと、今度は痛みを与えてみたわけだが。


 これで効きは変わるだろうか。


 体をくの字に曲げて後退ろうとする肩を掴む。



 ≪睡眠スリープ



 精神魔術の初級。


 同じ魔術で申し訳ないが、生憎とまだこれしか使えないもんでね。



「ぐ……くうッ……」



 これは……どうだろうな。


 痛がってるだけか、多少は眠気が出てるのか。


 よく分からねぇな。



「おい、今どんな気分だ?」


「き、キサマ! 許さん、許さんぞぉ!」



 ふむ、眠そうには見えないな。


 小動物とは違って、人間相手じゃ、随分と効きが鈍いらしい。


 やはり、意識をどうにかしないとダメそうだな。


 頬に思いっきり平手打ちをかます。



「ブヘッ⁉」



 注意を上に逸らしておいて、今度は下。


 横から足払いをかけ、後ろへ転倒させる。



「ガッ⁉」



 派手にコケたところで、再び体へと触れる。



 ≪睡眠スリープ



 精神魔術の初級。


 今度こそ相手が脱力したのが分かる。


 が、こちらも僅かに眠気を感じ始めた。


 3回目でこれか。


 魔力切れを起こすと、その場で意識を失うらしいからな。


 精々気をつけねぇと。 



「んじゃ、容赦は要らねぇんだったよな?」






 踏む。


 踏んで踏んで踏み続ける。



「どうだ? 少しは懲りたか?」


「……ゆ、ゆるさ──ブゲッ⁉」



 顔面を軽く蹴飛ばす。



「こ、こんな、もの、決闘、では、ない」



 存外にしぶといな。


 性根はともかく、暴力に屈するたちではなかったらしい。



「なら仕切り直すか? 次は何の魔術を試してやろうか」


「グッ……」



 当然、他の魔術など使えるはずもなく、ハッタリに過ぎないわけだが。



「他者に絡んでねぇで、自己研鑽にでも努めてろ。その自尊心は邪魔だと思うぜ」


「ボク、は、ボクは、王になるん、だ。キサマ如き、平民なんぞ、にぃ」


「魔獣はそんなもん、区別しちゃくれねぇぞ」



 容赦も区別も無く。


 ただ壊して殺しすだけ。


 両親だってそうだ。


 立っていた場所が悪かった。


 ほんの少しズレていれば、俺も……。



「オマエが王になったとしてよぉ、いったい何人が魔獣から守ってくれるかねぇ」


「王を、守るの、は、国民の、義務、だ!」


「ほぅ……ってことは、だ。今のオマエは、王を守るために動くってわけだよな?」


「そ、それ、は……」


「父親だったらどうだ? 母親だったら? 何になら命を懸けられる。誰だって同じだろ。どうでもいい相手に命なんざ懸けられるかよ」



 我ながら、臭い説教だな。


 ガラじゃねぇ。



「ま、いいさ。オマエの人生なんだ。好きに生きりゃいい。が、俺だって好きに生きてる。気に食わなかったり邪魔に思えば、またこうなるだろうさ」


「……これ、で、勝った、と思う、なよ。卑怯な、手を使い、やがって。魔術、使用の件、目撃者、は、幾らで、も居るん、だ。覚悟して、おけ」



 随分と喋れるもんだ。


 加減し過ぎたか。


 こりゃ、もう一度ぐらいはシメないと駄目かもな。


 取り敢えず、顎を蹴り抜いて気絶させておくか。






「あ、あの!」


「あん?」



 演習場の出入り口で待ち構えていたのは教師。


 ──ではなく絡まれていた、サイドテールをした女子だった。


 そう来なくては、体を張った甲斐が無い。



「さっきは助けてくれてあり──」


「待て」


「──え?」


「何も善意で助けたわけじゃない。相応の見返りが目当てでね」



 院外学習で引率していた女教師は、コイツの親らしい。


 宮廷魔術師で、魔術局局長で、学院の臨時教師と、随分な身分ときたもんだ。


 故郷の件で、是非とも話をしてみたいと思っていた。



「実は──」


「アタシの躰が目当てだったってわけ⁉ 信じらんない! この変態!」


「グボォッ⁉」



 鳩尾を的確に抉る拳。


 消耗してたとはいえ、食らうまで反応もできなかった。



「ゴホッ、ゲホッ、ゲハッ」


「お母様に迷惑が掛からないよう、折角アタシが我慢してたっていうのに。物陰でボコボコにしてやるつもりが、勝手に連れて行っちゃうし」



 こ、このアマぁ!


 猫被ってただけかよ!



「けどまぁ、助けてくれたみたいだし、お礼の一つも言っておこうと思ってたのに」


「ゴホゴホッ……お礼参りにしちゃ、相手が間違ってやしねぇか? ああ?」


「黙れ変態! こっち見んな!」



 鋭い回し蹴りを慌てて回避する。


 この女、狂暴過ぎんだろ。



「生意気に避けてんじゃないわよ!」



 た、たちわりぃ。


 母親に繋ぎをつけるつもりが、こんな目に遭うとは。


 既に厳罰とやらが確定してるってのに、得るべきものが皆無とかやってらんねぇ。



「誰が好き好んで、んな貧相な体、要求するかっての! 自意識過剰なんだよ、この色ボケが!」


「な、な、な」


「俺が言いたかったのは、オマエの母親に──」


「──ッ⁉ お母様の躰が目当てだったわけ⁉ ……ぶっ殺す!」



 大振りの一撃。


 受けると折られる。


 寸でのところで回避。



「ちょッ、おまッ、話を最後まで聞け」


「死ね、死ね、死ね!」



 次々と繰り出される攻撃。


 確かに、言うだけあって強い。


 素手でもさっきのキノコぐらいは倒してみせただろう。



「当たれ! そして死ね!」



 狂暴過ぎるだろ。


 力では敵いそうもない。


 割とギリギリなんだが、魔術を使うしかない。


 後は、どうやって意識を弱らせるかだが。


 さて、どうしたもんかね。



「アンタ、魔術師なんでしょ! 生意気よ! アタシにも、資質があればッ!」


「チッ、やっぱ気にしてやがったのか」



 拳に蹴りにと、必死に躱し続ける。



「悪い⁉ アタシが悪いってわけ⁉」


「んなこと言ってねぇだろうが!」



 無茶苦茶だな、おい!


 だが、なるほどな。


 気にしてるってことは、そこが狙い目でもあるわけだ。



「魔術の資質は生まれつきだ。諦めろ」


「そんなこと! 言われなくたって! 分かってるっての!」


「分かってるって割には、随分と気にしてやがるよな?」


「うっさい! 黙れ! 死ね!」


「オマエは魔術師には成れねぇ。絶対にだ。それはもう、どうしたって覆らねぇ現実ってヤツだぜ」


「うるさぁぁぁぁぁーーーい!」



 うおッ⁉


 今の一撃は結構ヤバかった。



「……だがよぉ、逆に言えば、他なら何にだって成れるんじゃねぇのか? オマエの得意なことは何だよ? やりたいことはねぇのかよ?」


「アタシは……アタシが成りたかったのは……ッ!」


「魔術師じゃねぇ、他の何かに成れよ。親の後を追い駆けるんじゃなくよぉ」


「お母様の娘なの! 魔術師の娘なのに!」


「オマエはオマエだ。母親と同じには成れやしねぇ」


「お母様のように! お母様のために! アタシはッ!」


「母親は何て言ってんだよ。オマエを見て落胆でもしてやがんのか」


「そんなわけないじゃない! お母様はいつだって! いつだって……ッ!」



 そろそろ体力が持たねぇぞ。



「ならよぉ、”何か”に成ってみせろよ! 自分を誇れる”何か”に! 母親が自慢の娘だって思える”何か”に!」


「アタシ……は……」



 ──揺らいだ!


 振り抜かれた腕を素早く掴むと同時に、魔術を連続で発動させる。



 ≪睡眠スリープ


 ≪睡眠スリープ



 精神魔術の初級。


 抗えないほどの眠気が襲い来る。


 くそッ、やっぱ限界だったか。



「あ……んた、なに……を……」



 効いたな? 効いたよな?


 そのまま寝とけ。


 脚の力が抜け、その場に倒れ込む。



「グハッ⁉」



 遅れて女も倒れ込む。


 しかも、よりによって俺の上へと。


 あー、くそ、ったれ、が。





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