第8話『城外脱走計画』
サラバナ城から渡り廊下を通った先にある城館の地下室にある宝物庫には、各王族毎に専用の調度品が補完されている。地下室は24時間体制で警備兵が巡回しており、スセリとムツは、ゼントの手引きで警備兵の眼を盗んでスセリ専用の宝物庫へと近づいていった。しかし、彼女の宝箱の前にも門番となる兵士が2名立ちはだかっている。が、サラバナ王城に侵入してくるような盗賊は、これまで存在していないため、警備兵も防衛の士気は低めであった。その彼らの意識の低さを見抜いたゼントは、スセリとムツを柱の影に隠し、かがんで近づいていき、2名の兵士の頸部を手刀で打ち込んで、いとも容易く仕留めてみせた。両者とも、レベルは1200以上あったが、ゼントのレベルは1923もあったので、基礎体力や攻撃力などが彼らとは大きく異なっていたのである。レベル3しかないスセリには、ゼントの圧倒的な高レベルが羨ましくてたまらなかったが、今はそんなことを考えているわけにはいかない。城の兵士が伸びている間に、手先の器用なスセリは宝物庫の施錠を解いてみせ、自分専用の宝部屋に侵入する事に成功した。
そして次々と宝箱を開けていき、その中から使い方のわからない不思議な小さめのリュックサックと世界樹の苗木、世界中のエキス、更に換金可能な金の延べ棒を一本入手する事が出来た。
「ヤバイよ、リョウマ。直にここを立ち去ろう」
ムツの言うとおり、三人はゼントの手引きどおりに兵士の視界を欺き、緊張感を持って地下室から一階のフロアに戻ってきた。そして三人は、裏口の庭園から城外へと抜け出す事に成功したのである。
「あ~あ、これであたしもお尋ね者だねぇ。一体どうなることやら」
愚痴るムツに、スセリは付き合わせたことを詫びたが、「気にするな、友達だろ」と、ムツは彼女を慰めた。そして役割を終えたゼントは、今しばらく二人を守るために城の裏側の夜の森を先導していったのであった。
翌朝、スセリが城を抜け出したという一報は、ヨウドウ公の耳にも入った。大臣は玉座の間で国王の顔色を伺いつつ、苦渋の表情で状況を伝える。
「そうか。城外へ、抜け出したか」
「はい。スセリビメと我が娘のムツ、そして護衛担当の剣士の三人のみです」
「スセリに怪我はないか?」
「確認は出来ませんが、事情を知らない宝物庫の兵士2名が失神していました」
「そうか。恐らくは、あの剣士の仕業だろうな。中々に手際がよい」
ヨウドウはニヤリと余裕溢れる笑みを浮かべ、金色の装飾が施された悪趣味な玉座の手すりをさすり始めた。
「国王。本当にこれでよろしかったのでしょうか?」
「構わん。いくら天才的な頭脳の持ち主とはいえ、スセリはまだ子供。どうせ何もできやしない。直に泣いて帰ってくるだろう。あの娘には、世の中そう思い通りにはいかん、ということを、身を持って教えねばならぬ」
国王は高らかな笑い声を上げ、自らの娘であるスセリを大臣に嘲ってみせた。その言葉を聞いた大臣は、自らの娘であるムツの身を案じる。
「不自然だ・・・・」
「不自然って、何が?」
「いくらゼントの手引きがあったとはいえ、あれだけ厳重な城の警備を、ウチらだけで掻い潜れるなんて、ありえない。ウチは交戦になると思って銃も用意しておったきに。なのに・・・」
「平和ボケだろう。所詮過去に一度も侵略を受けたことも、城に盗賊が入ったこともない国だからな。碌な訓練してやいないさ」
ムツは自分の国の弱点を知り尽くしており、それが逆に少女の心を少しだけ蝕んでいたのである。事前にムツが警備の配置を代えさせたが、本来なら、スセリの言うとおり、王国の姫が部屋を出た途端に警備の者が駆けつけてきても全くおかしくはないのである。しかし、今回の夜に限っては、そのようなことは起こらなかった。いとも簡単に宝物庫へと辿りつけてしまったのである。
「いや、父上・・・ヨウドウは、ウチの企みをしっちょるち思う。その上で、ウチのことを試しちょるんだ。やれるもんなら、やってみろってな」
「考えすぎだよ、リョウマ。それにどっちにしても、建国祭には帰らないといけないぜ。出席するのは王族の義務だからな」
そう言うムツの瞳は曇っていた。彼女も内心では、スセリと似たような考えを持っていたのである。サラバナ王国では、年に一回一ヶ月にも渡り、建国を祝した盛大なお祭りが行われている。そこには世界中の王族や要人が集まるのである。サラバナ王家の人間は、その建国祭に参加することを義務付けられている。もっとも、建国祭は、あと10ヶ月先の話である。
「こうなったら、ウチは絶対に只では帰らん。何としても建国祭までに土地を購入して、自分の理想とする街作りをしてみせるきにのうっ」
スセリ達が広葉樹の生い茂る深い森の獣道を歩いていた頃、朝日が木漏れ日から差し込んできた。そして、それを見計らうように、ゼントは徐にスセリにこう話を切り出した。
「これで、俺の仕事は終わりだ。後はお前ら二人だけで何とか街づくりとやらを頑張れ」
それを聞いた二人は仰天する。この森の中には凶悪な怪物が多い。べヒーモスも極僅かだが生息している。今、ゼントに居なくなられると、非常に困ったことになってしまうのだ。
「ちょっと待ってくれ。おまん、ウチの用心棒にならないか? 金なら出すきに。ええじゃろ」
スセリは少し必死な表情で去って行こうとするゼントを呼び止めた。そして美剣士は振り向くと、交渉を始める。
「俺の月給は、100万ジェル。その他のお助けは別料金。それで俺を雇えるのか、お姫様?」
「100万ジェル!? うーん、生憎今、ウチは200万ジェルの価値しかない延べ棒しかもっちょらんから、お前に払ったら苦しくなるな。もう少し安くならんか?」
「命の恩人に対する敬意が感じられない。交渉決裂だ。せいぜい、またべヒーモスに襲われて腸を食われるといい」
「ああ、わかったっわかったぜよ。払う。払うから行かんといてくれっお前の力は使えそうだからな」
「交渉成立だな」
ゼントはニヒルな笑みを見せた。その後ムツが王都の隅にある平民達の町に趣き、金の延べ棒を換金し、ゼントに100万ジェルを手渡した。町の中では、既にスセリビメに対して8000億もの懸賞金がかけられており、壁という壁に張り紙が大量に貼られていたことをムツは嘆く。
「8000億ジェルか・・・・こりゃ、人攫いに狙われ放題だなぁ」
「もう散々だよ。今すぐお前を説得して城に戻りたくなってきた」
「ウチらの旅はもう始まったんだぞ? いきなり泣き言を言うな」
スセリとムツが小競り合いを始めるのを止めさせるように、ゼントは嬉しそうに呟く。
「お前ら、喜べ。特別に、あと一ヶ月は傍にいてやることにしたからな」
「よかった。ところでおまん、どこの国の出身なんだ」
「世間話は、別料金だ」
そう冷たく言い放つゼントに、不快感を感じたムツは、スセリにひそひそと話をする。
「なあ、リョウマ。あの人、やたら仕事人っていうか、なんつーか、凄いカッコいいけど、冷たい人だな」
「仕方ないだろう。あいつはただの用心棒ぜよ。話し相手じゃないし、仲間でもない。金で繋がってるだけの関係だ」
「なんか、悲しいな・・・凄いギスギスしてる、この感じ」
「とりあえず、ゼントがいる1ヶ月のうちに、残り100万ジェルで最低限の金策をしておかないと、この先がきついぜよ。頑張ろう、ムツ」
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