三十日目 裏切られた者

 リュイ王国の外れにある少々小型な和風の城、その頂点にある室内に至るまでの廊下には何人もの兵士や騎士の屍が並んでおり、その苦悶に歪んだり高熱で焼け焦げたりしていた顔は見たものの気分を悪くさせた。

そして、頂点にある部屋の隅には無造作に置かれた女性物の衣服の下に空虚な目をした女性と少女の生まれたままの姿の屍があり、中心に敷かれた布団の上では服を奪われた少女が体も欲望も剥き出しにした少年に組み敷かれながらその欲求をぶつけられていた。


「やっ、止めて……!」

「うるさいな……お前らは俺の玩具になっていれば良いんだよ!」

「貴方がこんな事をしたってきっとお父様が……!」

「ああ、あのバカ王か。自分だけで侵入者の相手をするなんて本当にアホだよなぁ……! そのお陰で俺は邪魔くさい兵士や騎士を殺して副委員長やお前の母親、そしてお前の事を好き勝手に出来るんだからな!」

「貴方は……本当に最低です……! お父様さえいれば、貴方なんて……!」

「はっはっは! お前の父親なんて来ねぇよ、どうせ侵入者共に惨めに殺され──」

「ああ、たしかに殺したよ。ただ、しっかりと敬意は払ったけどな」

「……あ?」


 少年が動きを止めてから襖を見ると、そこにはリュイ王国の国王が所持していた剣を持った真言達を連れた光真の姿があり、少年は光真の姿に心から驚いた様子を見せた。


「こ、光真……!?」

「よう、元親友。お前達を生かしてくれていた王様の娘を好き勝手する気持ちはどうだ?」

「気持ちはどうだ、だと? そんなの最高に決まってるだろ! 向こうではただの高校生にしか見られなかった俺がこっちでは一人の能力者としてちやほやされたり好きな時に女を楽しめるんだぞ? それに文句がある奴がいるわけないだろ!」

「……ああ、俺も最初はそうだったさ。真言が俺を気に入ってくれたから真言の欲求も発散する形で俺も色々やらせてもらったし、出会ってきた女を何人も楽しんでもきた。

だけど、そんな事したって俺の気持ちは満たされなかった。その時は楽しかったり気持ちよかったりしたけど、クラスメートや親友だと思っていたお前達に裏切られて殺されかけた悲しさや悔しさは全然晴れなかったよ」

「……何が言いたい?」

「だから、俺は女の精神は支配しても相手をするのは真言だけにした。その代わり、しっかりと殺してきたさ。そして最後はお前だよ、親友。俺を裏切った事、死んだ後も後悔し続けろ」

「後悔……そんなのするかよ。無能だったお前が能力を手にした俺に勝てるわけがないんだからな!」


 組み敷いていた姫を足蹴にすると、少年は光真への殺意を目に宿しながらそのまま走り出した。そして手を鋭い剣に変え、それを光真へと振るったが、光真はため息をついてから出現させた剣で軽々と受け止めた。


「ぐっ……!?」

「……簡単なんだよ、お前の剣を受け止めるくらい。その程度でよく俺に向かってこれたな」

「う、うるさい……! 無能のくせに俺に楯突くな!」

「無能しか言えないのか? お前、向こうにあったファンタジー小説の敵キャラクラスの小物感しかないぞ?」

「黙れ! そもそも裏切られる方が悪いんだろ! 力も無い奴を生かしておく理由なんてないんだからな!」

「……だから、向こうでもそうしたのか? もうサッカーが出来なくなったチームメイトを突き放して、引きこもりになるまで追い詰めたのか?」


 その言葉に少年が驚く中、光真は光を無くした目で少年を見つめる。


「俺は昔から相手に嘘をつかれたり裏切られたりする事ばかりだった。両親もそんなに善良な奴らじゃなかったから、約束をしても簡単に破られたし、俺は騙しやすそうだからという理由だけで学校の奴らもよく俺を騙して楽しんでいた。

だけど、そんな中でお前だけは違った。お前はそんな俺に声をかけて、一緒にサッカーをしないかと誘ってくれて、もう一度だけ信じようかと思った俺はその選択が間違いじゃなかったんだと嬉しくなったよ」

「な、なんだよ……それがどうしたって言うんだよ!?」

「……ある時、俺は心から傷つく出来事を経験した。少年サッカーチームの一人が事故で足を折り、しばらくサッカーが出来なくなって、ソイツは本当に辛そうな顔をしていた。

俺はソイツのプレーが好きだったから、また早くサッカーがしたいと思って何度もお見舞いに行ったし、サッカーの話だってしたよ。だけどある時、俺はソイツから裏切り者だと言われて、それ以降はお見舞いに行けなくなった。

俺がわけがわからなかったよ。俺自身裏切る事は嫌いで、裏切るような事をした覚えもなかったから。だけど、ソイツの親から後で聞いた話だと、ソイツはあのチームの奴らから何度もバカにされていたみたいだった。

サッカーが出来ないお前なんていらない、キャプテンと副キャプテンもそう言ってた、って何度も言われてソイツはそのショックから両親すらも拒絶するようになったとソイツの両親は悔しさを募らせながら話してくれたよ。あれ、お前の仕業だよな?」

「……ああ、そうだよ。自分の不注意で足を折ったくせにまた俺達とサッカーがしたいなんて寝ぼけた事を言うから、キャプテンだった俺と副キャプテンだったお前の名前を使ってチームの奴らを動かして潰してやったんだ! それのどこが悪いって言うんだよ!?」

「……それを悪いと思えないならお前はもう更正すら出来ないな。そんなに楽しい物かと思って、俺もこれまでの戦いの中で相手を仲間割れさせたり他の奴を裏切るように仕向けたりしたよ。

だけど、俺にはその楽しさはわからなかった。相手を簡単に倒せはしてもただそれだけでこれのどこが楽しいんだろうって不思議に思うだけだったよ。あの王様は悲しさと悔しさがわからないようだったけど、俺には裏切る楽しさがわからないみたいだ」

「そんな自分語りをして何があるって言うんだよ。結局、お前は俺の攻撃を受け止めてるだけだろ!」

「……そうだな。だから、お前の命を奪うのは“あの子”に任せるよ」

「なに?」


 光真の言葉に少年が疑問を抱いたその時、その背中を剣が切り裂き、少年は痛みから大声を上げる。


「があっ!?」

「お前さ、俺がただ受け止めてるだけだと思ってたようだけど、そんなんでよくサッカーチームのキャプテン出来たよな? 相手との一対一でも他の奴の動きに目を光らせるのはサッカーでも命の取り合いでも同じだろ」

「な、何を……」

「さあ、そろそろ止めをさして良いぜ。“お姫様”」


 光真のその言葉に少年の背後に立っていた姫は頷き、ポタリポタリと赤い滴を足らす父親の剣を真言達が見守る中で再び構え直した。


「……お父様を殺したのはそっちの人かもしれない。だけど、貴方を助けようとした兵士や騎士、お母様と貴方と一緒にいた人、そして私まで裏切った貴方を私は絶対に許さない……!」

「よ、よせ……! 父親を殺して剣まで奪ってきたのはこいつなんだぞ!?」

「……お父様が悲しさと悔しさを感じられない事を知っているのは私とお母様だけで、それを教える程にお父様はその人を信頼した。そして、自分で止めをさすのではなく、私のその役目を託してくれた。だったら、私はその人を裏切らない。私も貴方とは違うのだから!」

「や、止めろ……」

「存分に味わえよ、裏切られた人間からの悲しさと悔しさ、そして憎しみを」

「止めてくれー!!」


 その声もむなしく少年は姫が振るった剣によって体を切り裂かれると、絶望しきった表情で無様な屍を晒し、姫は息を荒くしながらその姿を見ていた。

しかし、剣が手から滑り落ちると、そのまま膝をつきながら父や母を喪った悲しみを大声で叫び始め、真言達が剣を回収する中、その悲しさと悔しさを光真は何も言わずに見つめていた。

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