二十九日目 常笑の王
リュイ王国城内の中心、そこにある玉座の間には五人の人物がいた。その内、玉座に座っていたのはリュイ王国を治める国王であり、残りの四人は武器を携えた光真達であったが、若き国王は光真達を前にしながらも一切怯えている様子はなかった。
「ようこそ、この玉座の間へ。そして久しぶりだな、無能だった少年よ」
「……名前すらアイツらから聞いてないのか。やっぱり無能には興味がないのか?」
「いや、お前だけではない。転移してきた奴ら全員に対して興味などない。勇者としての素質もなかったが、他の大国に対して脅威となる程の力を持った者もいなかったからな」
「……アンタ達って本当に私達には興味がないのね。他の大国もそんな感じだったけど、転移者なんてアンタ達にとって利用価値があるかないかしかないのかしら?」
「当然だろう? 利用価値が多少あるなら良い気にさせて使い潰し、まったくないのなら殺すか兵士や国民達の
「そう言う割りには他の奴らを避難させてるんだな」
光真が周囲を見回すと、国王は静かに笑う。
「くくっ……私の力は少々特殊なのでね。とりあえず奴らにはもしも私が亡くなった後は国を良き物にしてほしいと言って姫や妻、そして残った兵士や騎士と共に逃がしはしたが、私自身はお前達に殺される気など当然ない。私の力をうまく利用するために良い気にさせた上で利用したに過ぎないのだよ。
もっとも、奴らは王からの言葉を頂いた選ばれし者だと思い込んでいたようで、必ずやこの国を素晴らしい物にしてみせますと言っていたよ。自分達がただ利用されているとも知らずにな」
「……俺達が言えた事じゃないけど、アンタってだいぶ性格が悪いな。さて……それじゃあそろそろ始めようか。俺達はアンタを倒して他の奴も倒さないといけないからな」
「倒す……か。本当に倒せるものかその身を以て確かめてみるが良い」
そう言いながら国王が立ち上がり、傍らに置いていた剣を手に持つ中、敦史はボウガンの矢を、強佳は炎と風の魔法を国王へと放った。
しかし、国王が鞘から抜いた剣を一振りした瞬間にそのどれもが簡単に消え、敦史達はその光景に驚いた。
「矢と魔法が消えた……!?」
「魔法はともかく矢が消えるってどういう事よ!?」
「この剣は特殊な力を持っていて、剣を振るうだけで持ち主に害を加える攻撃を全て消失させるのだ。よって、剣を振るいさえすればどのような攻撃であっても私を傷つける事は出来ん」
「これまでの王様と女王は能力が厄介だったけど、アンタは武器が厄介って事か」
「ですが、流石に精神面への影響なら……!」
「ああ、それも問題ない。私は生まれつき精神異常には強いのでな」
「ちっ……流石にそっちの対策もしてるのか」
「そういう事だ。さあ、私を倒してみせるが良い。もっとも、出来る物ならばだがな」
国王が余裕を見せ、悔しそうにする真言達が攻めあぐねる中、光真はゆっくりと国王へ向けて歩を進めた。
「こ、光真君……?」
「たしかにアンタのその剣は厄介だな。一振りするだけでこっちの攻撃は全て無効にされるわけだしな。おまけに精神系の力だって効かないから、アンタを倒そうとするのは本当に絶望的だろう」
「ほう、理解が早いな。ならば、勝負を諦め、このまま降参するのが正しいというのもわかるだろう?」
「いや、わからないな。それに、その剣さえどうにかすれば良いんだろ?」
「そうすれば私は精神系の力以外を防ぐ方法を失うからな。だが、それが出来るのか?」
「出来るさ。それを今から証明してやるよ」
光真はニヤリと笑うと、そのまま走り出す。そして目にも止まらぬ速さでそのまま国王の目の前まで進むと、国王が持つ剣の刀身を右手の指先で摘まんだ。
その瞬間、剣の刀身と光真の指は少しずつ溶け合っていき、その光景に国王は思わず剣を“手放した”。そして光真の右手と国王の剣は完全に融合すると、光真は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ほらな、これでアンタは俺達への攻め手を失ったぜ」
「その力は……まさかゲブ王国の……!?」
「ああ、あそこの女王が使ってきた
そのため、アンタが剣を振るったところで消失させられる物でもないし、わざわざ教えてくれた力を前にして自分から近づいてくる奴も中々いないからな。その油断を利用させてもらったよ」
「……くくっ、なるほどな。その上、精神系の力でもなく、私に対して行使した力でもないため私が無効に出来る物でもない。これは本当に一本取られたな」
「……アンタ、そんなに悔しそうじゃないな。それはさっきから言っていた力が原因か?」
光真が警戒しながら聞くと、国王は静かに笑いながら答える。
「それもあるが、私は小さい頃から“悔しい”や“悲しい”といった感情を知らないんだ。そのため、お前にしてやられてもこうして笑うしか出来なくてな」
「悔しいや悲しいを知らない……」
「それがどのような感情であるかは何となくわかっている。だが、私自身は感じた事がないのだ。本来はそれすらも悔しいのだろうがな」
「だが、笑いはあるんだな」
「ああ。それ故、私は常にその悔しいや悲しいを知りたいと思っていたが、今も悔しいという感情が沸いてくる気はしない。死の間際ですらそれを体験出来ないとはな……くくっ、私とはつくづく異常なのだろうな」
「……アンタからすれば感じたい物だろうけどな。一般的に悔しいはまだしも悲しいは感じたい物なんかじゃない。悲しみなんて無い方が良い物だからな」
「光真君……」
「お前の表情から察するにそうなのだろうな。光真、と言ったか。ならば、お前の言う悲しいとはどういう物なのだ?」
国王が笑みを崩さずに問う中、光真は辛そうな表情で答えた。
「……自分にとって大切だった物が無くなったりうまくいっていたと思っていた物がダメになったりして胸の奥が締め付けられる気持ちだ。
仲が良かったと思っていた奴から裏切られたり自分が頑張ってきたはずなのにそれを否定されたりして深くて暗い穴の底まで一気に落とされたようなショックを受ける。それが悲しいなんだよ」
「……そうか。やはり私にはそれを感じられなそうだが、悲しいという物についてしっかりと知る事が出来たのは収穫だった。それについては感謝するぞ、光真よ」
「……そんな事で感謝されたって嬉しくない」
「ははっ、そうか。では、そろそろ私を殺すと良い。武器を失った私にこれ以上やれる事もないのでな」
「……このまま生きて悔しいや悲しいを感じようとは思わないのか?」
「……思わん。今生では感じられないと確信しているから、来世に賭けようと思っているし、お前も生かすつもりなどないだろうしな」
「そうだな。それじゃあな、王様。来世では……喜怒哀楽を含めた全てを感じられるように祈ってやるよ」
「……ああ、すまないな」
その言葉の後に国王の首は光真の右手の剣によって飛び、鈍い音を上げて落ちた首がゴロリと転がる中で光真は静かに膝をつき、真言達はゆっくり光真に近づいた。
「光真君……」
「……最期ぐらい悔しさや悲しさを感じてみせろよ。諦めずに生きようという気持ちぐらい持ってみせろよ、アイツ……!」
剣との融合を解除した右手で光真は悔しそうに床を叩き、真言達が見守る中で光真はしばらく悔しさと悲しさを感じていた。
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