第2話

「やあっ!」


 私はいつものように、騎士団の訓練場で剣の稽古をしていた。


 キン、キン、と幾度となく打ち合う剣の音が響いた後、向かい合った相手は剣を下ろした。


「やめだ、ステラ」


 そう告げたのは、騎士団の第一部隊を任される、マシュー・シェーベリン。


 焦げ茶色の短髪と同じ色の瞳で、彼は私を見据えた。


「どうして? マシュー!」


 突然の稽古中止に、私はマシューに頬を膨らませて抗議した。


「お前、今日心ここにあらずだろ。どうせアシュリー殿下のことだろうがな」


 ポン、と優しく私の頭に手をのせるマシュー。


 第一部隊を任させるだけあって、逞しい体躯の彼は、見た目にそぐわず、仲間想いで優しい。


 父に剣を習っていた私は、次第に騎士団に合流して稽古をするようになり、よく面倒を見て可愛いがってくれたのが、マシュー。


 私のお兄様的存在。


 二年前、隊長になった彼の第一部隊と、私はよく魔物討伐に出掛けていた。


「そんなんじゃ、魔物討伐で殺られるぞ」


 厳しくも優しいマシューに、思わず弱音が出てしまう。


「マシューぅぅぅぅ!!」

「どうした、どうした」


 私の情けない声にも、マシューは優しく話を聞いてくれた。


「はー、聖女様が殿下に一目惚れされたって噂、本当だったんだな?」

「もうそんな噂になっているの?!」


 マシューに先日の話をした私は、王宮内ですでにそんな噂が流れていることに驚いた。


「まあ、聖女様って言っても、まだ力の使い方を知らない小娘だろ? 力だけあるやつが暴走すると大変だからな」


 訓練場の隅のベンチで、私たちは横並びに腰掛けて話していた。


「だからって毎日アシュリー様が付き添う必要なんて……」


 私は思わず不満を吐露する。


 そう。あれから、アシュリー様はお忙しいにも関わらず、アオイ様の訓練に付き添っている。


「仕方ないだろ。聖女様が、殿下がいないと訓練しないって言うんだから」

「でもお………」


 マシューに頭を撫でられながら、私は愚痴をポロポロと溢す。


 いつも努力、努力!根性!な私も、マシューの前でだけは愚痴を言ったり、甘えてしまう。


 こんな情けない姿、アシュリー様には見せられないな。


 アシュリー様のことを想うと、つい顔がニヤニヤしてしまう。


 はあ、あのお茶会以来、お会いしていない。


「でも、アシュリー殿下もお前のために頑張ってるんだから、我慢しろよ」


 ニヤニヤしている私に、マシューが諭すように言った。


「え……? それって、どういう……」


 マシューの言葉に、どういうことだろう?と聞き返そうとしたけど、それは意外な人に遮られてしまった。


「ステラ!!」


 訓練場の入口から聞こえてきたのは、愛しい人の声。


「アシュリー様?!」


 驚いて、その方向を見れば、アシュリー様は慌てたようにこちらに走って来ていた。


「ど、どうされたんですか? 今日は確か、アオイ様の訓練では……」


 私の目の前にたどり着き、肩を上下に揺らしながら、アシュリー様は息を整えていた。


「ステラこそっ……ここで何を……」


 息を整えたアシュリー様は、私の方に顔を向ける。


 何だか余裕の無いような?どうしたのかしら?


「私はここでマシューと剣の稽古をしておりました」

「いや、それはわかっている……その、ベンチで……」

「?」


 歯切れの悪いアシュリー様に首を傾げていると、隣で吹き出す音が聞こえた。


「マシュー?」

「いやっ、すま、ないっ……。ははははは!」

「?」


 急にお腹を抱えて吹き出すマシューに、意味がわからない。


「ステラ、お前はやっぱり愛されてるよ!」

「え?! 何、突然……」


 突然意味のわからないことを言われ、額に皺を寄せる私に、マシューは私の頭に手をやり、アシュリー様の方を見た。


「殿下、俺にとってステラは妹みたいなもんです」


 そう言うと、深々と頭を下げ、「あとはお二人で〜」と言いながら、訓練場を去ってしまった。


 ……何だったんだろう。


 彼の去った方角を呆然としながら見ていると、アシュリー様が口を開いた。


「……本当なのか?」

「え?」

「彼が、君を女としては何とも思っていないというのは、本当なのか?!」

「ええええええ?!」


 ポツリと呟いたアシュリー様に聞き直すと、思ってもみない言葉を投げかけられ、私は思わず驚愕した。


「君が俺だけを思ってくれているのはわかっている。しかし、その……君は魅力的だから……」


 ………今、何て????


 私は目を見開き、アシュリー様をしっかりと見る。


 彼は、顔を真っ赤にしながら、視線を逸らしてしまった。……これは……?


「あの、アシュリー様?」

「何だ?!」

「ひょっとしなくても、嫉妬……だったりしますか?」

「!!」


 嫉妬だった!!


 先程よりも一層赤く染めた顔は、林檎のよう。


 耳まで赤い彼に、愛しさが込み上げる。


「アシュリー様、私の愛は、あなただけの物です。それは、どんなことがあっても揺るぎない物です」

「……君はいつも直球すぎる……」


 顔を赤くしたまま、アシュリー様は私を抱き寄せた。


「アシュリー様?!」

「でも、その直球が心地良い。君が俺の物なのだと思い知れる」


 初めて抱き締められ、私の鼓動は早くなる。


 私、アシュリー様に抱き締められているわ!!


 嬉しさと恥ずかしさでどうにかなりそう。


「……いつも積極的なのに、こういうときは大人しいんだな? 可愛い……」

「!?」


 耳元で甘く囁くアシュリー様に、思わず硬直してしまう。


 どどど、どうしたんですか?!?!?!


「ステラ、君は俺の物だ……」


 頬に手を添えられ、私はアシュリー様の方を向かされる。


 彼の顔が段々と近付いて………


 キ、キスされる?!?!?!


 こ、こんな所で?!訓練場だよ??


 で、でも嬉しい……!キスしたい……!!


 甘い空気のアシュリー様に、私の脳内は大パニックだ。


 大好きな彼の菫色の瞳が閉じられ、私の心臓もぶっ壊れそうなくらい早鐘を打っている。


 覚悟した私も、目を閉じた。


 アシュリー様………!!


 ぎゅっ、と固く閉じた瞬間。


「殿下!!」


 突然かけられた声に、私とアシュリー様は目を開いてお互いを見合う。


 ええええええええ!!


 このタイミング?!このタイミングなの?!


 一体、誰よ!!


 アシュリー様も私から身体を離すと、何だか不機嫌そうに溜め息をついた。


「……テーラー、何の用だ」


 私たちの甘い時間を壊したのは、神官のテーラーだった。

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