悪役令嬢は聖女です

竹冬 ハジメ

第1話 フラグ叩き折り

「ねぇ、あの子体が弱いんでしょう?私をスペアに置くといいわよ」

 天使のような娘とそっくりな悪魔の娘は、震える私にそう言った。


サイド:悪役令嬢


「お母様、行かないで!」

 大きなお屋敷の、真っ白なエントランスで小さなイアンナが母親の旅装である簡素なドレスにしがみついている。

 7歳になったばかりだが、まごうことなき美少女である。

 豊かなウェーブを描いた長い黒髪は可愛らしいリボンで飾られていたが、大きな緋色の吊り目は涙でいっぱいだ。

 その柔らかな黒髪を撫でながら、彼女の3つ上の兄が言う。

「イアンナ、我儘を言ってはいけない。お母様の体調が優先だよ。領内の海辺の街で静養するだけだから」

 幼い妹に、銀髪に翡翠色の目を持つ兄ーデリクは微笑んだ。

 その兄と同じ銀髪に緋色の目を向けて母親のオリビアも青白い顔で微笑む。

「ええ、すぐ元気になって帰ってくるわ。それまでスザンナの言うことをよく聴いて、良い子で待っていてくれる?」

 彼女の父親であるゴード・ハッセルバック侯爵も、デリクと同じ翡翠色の吊り目を向ける。

「そうだぞ。たった1ヶ月だ。私は公務が忙しいが…ロベルトとスザンナ、それにレオもいるだろう?」

 背後で執事と庭師の少年も頷いていた。

 しかしイアンナは増々涙を増やしてしまい、とうとうその涙が決壊した。

「うっ…く」

「あらあら」

「我が家のお姫様はお母様が大好きなんだな」

 ゴードとオリビアは顔を見合わせて苦笑する。オリビアはスザンナに目配せをした。

「イアンナ様、お部屋に戻りましょう。そろそろオリビア様は出発を…」

 イアンナ付きのメイドのスザンナが彼女を奥方から引き剥がしに掛かるが、彼女はドレスを掴んだままだ。

 そして泣きながら小さな金切り声で叫んだ。


「おっ…お母様とお兄様が野盗に襲われて継母と義兄義姉が来てわたくしは虐められて性格が歪んでヒロインにざまぁされて王子殿下に断罪されて国外追放なんですわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 その場の全員が硬直し、およそ7歳児が言うと主思えない長台詞を理解するまでに数秒を要した。

 

「野盗!?」

「継母!?」


 ゴードとオリビアが同時に叫んだ。

「父上、母上、そこじゃないです」

 デリクはツッコミを入れるが、その事も気になる。

 先程まで具合が悪かったはずの母が、若干目を光らせながら泣きじゃくるイアンナに優しく問う。

「…イアンナ。継母ってどなた?」

 こぼれ落ちる涙をスザンナに拭かれながら彼女は応えた。

「テオドール、はくしゃく…ひっく」

 テオドール伯爵とは、まだ27歳の美しい未亡人だ。1年前に夫が急逝し元々婿養子だったために、女性だが爵位を継いだのだ。

 それを聞いたオリビアの額に青筋が出来た。デリクは思わず後ずさる。

 オリビアはゆっくりと夫を振り返ると、笑顔で尋ねた。

「あなたぁぁぁぁ?…そう言えば、最近仲良くお話していると小耳に挟んだのだけれどぉ?」

「!!」

 妻の目は全く笑っていない。侯爵という肩書も、彼女の前では無意味だ。

 ゴードはオリビアの豹変に冷や汗をかきつつ、両手を振って否定した。 

「…誤解だ!!!!…オープンテラスの茶会でやたらと近づいてくるし、なぜか王宮の執務等に居て昼食に誘ってくるし…気味が悪くてむしろ避けているほどだ!!」

 夫婦の修羅場に「そう言えば」とデリクは呟いた。

(僕の社交界デビューの時も真っ先に挨拶に来て…離れてくれないし、話が長くて中々しつこかったなぁ…)

 父親や自分の好みばかり質問されたが、母の事については全く聞かれなかった。

 そんな事を考えながら目は妹と両親を行き来する。

「私が彼女に言い寄っているとか変な噂も立てられるから、ロベルトに噂を被せ直させたりしてたんだ。なあ、ロベルト!」

 その言葉にロベルトも頷いた。

「…あちらが勝手に流している噂です。伯爵家には妙な輩も出入りしているようですので…」

 だが一度ついた火は簡単に消えないらしい、母は父を責め続ける。

 どうやら母の悋気に恐れて病はどこかへ行ってしまったようだ。支えていた手を離して、デリクは妹に歩み寄りしゃがんだ。

「イアンナ、落ち着いたかい?」

「は、はい…お兄様…」

 まだ目元は赤いが、涙は引いたようだ。

 頬をそっと撫でながら、彼は問う。

「…野盗というのは、どこに出るんだい?」

「えっと…港町コルテの、手前の山道」

 昨日、自分と母が行く港町について、地図でここに行くんだよとイアンナに教えたのだ。

 食い入るように地図を見ていた彼女に、合点が行く。

(なるほど、確認していた訳か)

「どうやって襲われるか、知ってるの?」

 妹はコクンと頷いた。眉が八の字になるが涙をこらえて話す。

「…土砂崩れが起きて、馬車が動けなくなって、崖の上から、怖い人達がわーって来て…」

 再び涙が決壊しそうになったイアンナを抱きしめて、もういいよ、と背中を撫でる。

 そしてスックと立ち上がった。

「父上、母上、お聞きになりました?」

 喧嘩を一旦止めて、こちらを静かに見ていた父母へ問う。

「聞いた」

「あなた…まさか、信じるの?」

「ああ」

 ゴードには心当たりもあった。

 つい最近に親友の騎士団長より、質の悪い傭兵を買い漁っている奴が居る、と聞いていたのだ。

 まさかそれが伯爵夫人で、自分の家族へ向けられるとは露にも思っていなかったが。

「ロベルト、討伐隊を編成だ。念の為、騎士も借りよう」

 娘の言う”わーっと来て”の人数が分からない。

 幸い、ゴードは騎士団長とも顔見知りだし、ハッセルバックの治める領地は一部、王都にも面していて屋敷も王都に近い。



 先が知れれば侯爵家のコネと権力は素晴らしい威力を発揮し、侯爵夫人と嫡子が乗るはずだった馬車に騎士と侯爵家の私兵が乗り、1時間送れで屋敷を出発する。

 侯爵はすぐに王都へ立ち、騎士団に別部隊を編成してもらい伯爵家に乗り込む準備をした。

 いつもより屋敷の警備人員を増やして、侯爵夫人は子供2人を守るように一つの部屋で報せを待っていると、子供たちが疲れて寝てしまった夜中に、吉報を持ち夫が帰ってきた。

 長椅子で寝てしまった子供たちを起こさないように、オリビアはゴードに小声で尋ねる。

「どうでしたの?あなた」

「…本当に、居たようだ」

 港町コルテの手前の山道で、ここ一週間以上雨が降っていないにも関わらず、土砂崩れが発生して馬車が足止めされた。

 そして、崖の上から20人もの野盗に扮した傭兵が襲ってきたのだ。

「20人……」

 オリビアは唇を引き結ぶ。

「騎士と私兵の損失はゼロだ。全て殺すか捕らえた」

 領内での静養ということで、5人程度の護衛を連れて行くつもりだったが、全く敵わなかっただろう。

 その事に、相手の徹底した意思が伺えるようだった。

 ゴードは紅茶を飲んでから続きを伝える。

「…策略したのは伯爵夫人だ。どうやら、お前たちを亡き者にして私と再婚し、自分の子供達を跡継ぎにしようとした、らしい」

 まさか王宮の騎士団が来ると思わなかったのだろう。捕らえた者たちは雇われただけだ!と口々に命乞いをして秘匿する契約のはずの雇い主の情報をあっさりと吐いた。

 証拠を手に伯爵家へなだれ込んだ騎士団が夫人を捕らえたが、失敗した時のために用意していたのだろう毒を飲んで彼女は息絶えた。

 そのため、ゴードの話した内容は真実かどうかはわからないのだが、根も葉もない噂の流布、一伯爵夫人が使用人に金を掴ませて頻繁に王宮の執務塔に出入りしていたこと、傭兵を多数雇っていた事などから状況証拠で判断された。

 当然、伯爵家は取り潰しだ。残された子供たちは王都から遠く離れた修道院へ送られると言う。

「……そんな紙一重の策略なんて…」

「全く、愚の極みだ」

 だが、イアンナが叫ばなければ達成されていたかもしれない。

 2人は静かな室内でスヤスヤと寝ている、イアンナを見た。

 問題はこの後だ。

 ゴードは疲れたようにため息をついた。

「騎士団長は大丈夫だったが、さすがに王と宰相に気づかれた。…どうして事前に知れたのかと」

 親友のユージンは脳筋タイプだ。侯爵家の情報網は凄いなぁと言っていたが、公爵である宰相は騙せなかった。

「…当然、そうなりますわね」

「ああ。1週間後、あの子を連れて登城だ」

 オリビアもため息をつく。

「…デビュタントより3年も早いですわね。用意いたします」

 ゴードは頷いた。

「なんとか、普通に暮らせるようにしたいが、無理かもしれん…」

 一難去ったがまた一難だ。

 ほのかなランプの明かりに照らされて、夫婦はそろって長い長いため息をついた。


◇◇◇  サイド:ヒロイン


「なんで今なのかしら。学園に入る時でいいのに」

 白い肌に美しい紫色の瞳。そして珍しいピンクブロンド。

 頬をぷうっと膨らませて少女は呻いた。

 身に纏っているのは回りに回って自分の手元にやって来た古着を、母親が更にあて布をして着れるようにしたもの。元の色はわからないほど褪せており、薄汚れていた。

「よいしょっと!」

 重たい水の入った桶を共用の井戸から運び、少し離れた長屋の中へ持ち込む。

 桶は持ち手も壊れていて下に置くと持ち上げるのが大変なので、ドアを足で開けた。

 なお、鍵など高尚なものはない。夜寝る前につっかえ棒をするくらいだ。

「はぁ…」

 台所にある水瓶へ水を入れた。10回往復してようやく満水である。

 毎日、何度もしなければならない重労働にため息が出た。

 このあとは冷たい井戸水で洗濯物をしなければならない。

「まだ7歳なのよね…」

 手は荒れきっているし、いつもお腹が空いていた。

(なんで家に押しかけないのかな、まったく)

 男爵家の使用人であった、自分と同じ紫の瞳を持つ金髪の美しい母親。

 身籠った事を癇癪持ちの正妻に知られる前に逃げ出し、下町で自分を産んで育てている。

 誰の子供かは母親から聞いたことも無いし、父親である男爵は正妻を恐れて近くに居るというのに母子を探さない。

(でももう正妻は死んだはずだ)

 流行病で2年前に亡くなったと、独自調査で分かった。

 それとなく母親に、ここの領の奥方が死んだらしいね、と話題にしたが少しだけ目を見開いただけで、その後はノーリアクションだった。

 未だに薄給な針子の仕事を続けている。

(今はかろうじて元気だけど…5年後に死ぬんだよね)

 12歳の時に母が亡くなり、その時に今更ながら男爵が自分を探し当てて養女に迎えるストーリーだった。

 そうして3年間の淑女教育を経て15歳になったヒロインは王都の学園へ入学して、攻略対象たちに出会うのだ。

 そう、この世界は彼女が生前に…前世でプレイしていた、乙女ゲームの世界。

 そして自分はなぜだか、ヒロインとして転生した。と気がついたのは一年前くらいから。

「…て言うかさ、もう私って時点で、シナリオ崩壊してるよね?」

 ハッと気がつく。

 中身は28歳だ。いや、死んだ時に28歳だったから足し算すればもう35歳だ。

 健気で頑張り屋な性格のヒロインではない。

 しかも乙女ゲーをやり込むほどのオタクで喪女だ。しかし社会人として会社には行っていたので、酸いも甘いも経験してしまっている。

 ゲームのヒロインの初期設定である引っ込み思案など欠片もなく、今現在はご近所様と助け合って生きているのでゲーム中の母子に比べたら、だいぶマシな生活だろうと思われた。

「…むしろ私が居ないほうが、いいんじゃね?」

 母の雀の涙のお給料は、ほぼ育ち盛りな自分の食費や古着代だ。

 それを自分の為に使えるようになれば、食生活も改善するだろうし、そうなれば病気にかからないかも知れない。

 あとついでに、美人だから誰かがプロポーズするんじゃない?と勝手なことも考えた。

 愛した人の娘が居たからこそ母親が今まで生きてきた事なぞ、早々に実家を離脱した子供の居ない喪女には想像が出来なかった。

「そうだ、男爵家に行こう」

 目標を決めたら彼女の行動は早かった。

 イヤイヤやっていた洗濯物をほっぽり出して、裾が擦り切れたローブを羽織ると家の周囲に誰もいないことを確認して出ていく。

 目指すは街を抜けた丘の上に見える、男爵家の屋敷。

 早歩きで人目を避けつつ歩きながら記憶を探る。

(…あの家には、正妻の子供が居るはずだ。自分と同い年の)

 自分とそっくりな容姿の娘。ピンクブロンドは同じで、目の色が違うはず。

 ヒロインの母は遠縁らしいが王家の血を引いている設定で、その証拠が紫の瞳だ。

 父は男のくせにピンクブロンド。

 なぜそんな設定になったかと言うと、その正妻の娘も5年後に病死するからだ。

 男爵は娘の死亡届を出さずに、自分とそっくりな自分を後継として扱うためなのだ。

(突くならその点だな)

 屋敷の前にたどり着くと、気負いなく門衛に伝える。

「屋敷を抜け出していたシャルロッテです。入れて頂戴」

 門衛はギョッとした。

 ボロの服と外套を纏う少女が、男爵家の娘であるシャルロッテと同じ容姿だからだ。

 そのため追い払うわけにも行かず、丁度、王都から領地へ帰還していた主人へ連絡すると、まさかの”通せ”という連絡が来た。

「ありがとうございます」

 丁寧な礼をすると少女はさも当然とばかりに門を潜り、出迎えた執事に連れて行かれた。

 薄汚れた風体のため、メイドに洗われて簡素なワンピースを着せられると応接間へ案内される。

 そこには既に、バーグ男爵家当主のエドワーズが硬い表情をしてソファに座っていた。

 短いピンクブロンドの髪を後ろになでつけ、青い瞳がこちらを油断なく見据えていた。

「座りたまえ。…君は…名前はなんというのだね」

「シャルロッテよ。これは本当よ」

 乙女ゲーの製作者が怠ったのか、エドワーズの正妻の娘と、愛妾の娘は同じ名前だ。

 眉根を寄せたエドワーズに言う。

「シャルルとでも呼んで頂戴」

 母親が自分を呼ぶ時の愛称だ。

「わ…わかった。そうしよう…」

 エドワーズは浮かせた腰を再び下ろす。

(名前に反応したわ。やっぱり当たりなのね)

 ゲーム中では語られないが、シャルロッテという名前は女の子が生まれたら絶対につけようとしていた名前だったの、と母が言っていた。

 おそらくはこの、目の前の男と相談していたのだろう。

 エドワーズは正妻よりも自分の母を愛していた。

 だからこそ、この屋敷で生まれた娘にもシャルロッテという名前を付けた。

 シャルルは男爵の反応で、そう判断した。

「マリーの娘、シャルロッテです」

「!」

 初っ端に爆弾を落とすと、エドワーズは怯んだ。マリーとは母親の名前だ。この男には効果てきめんだろうと踏んだのだ。

(なんなの…正妻はもういないんだし、いいじゃん)

 ゲームの設定通りの人物に、若干イライラする。

「もう一人のシャルロッテ、病気でしょう?5年後に亡くなるわ」

「!?」

 更に爆弾を落とすと、エドワーズは狼狽しだした。

 正妻は嫌っていたが、娘は別らしい。

「だから、スペアとして私をここに置いてちょうだい。学園にも行ってあげるわよ?」

「な、何を言い出すんだ!」

 しかし更に彼女は言う。

「学園に行ったら、第二王子を落として…他の攻略対象も全部落として」

 そうして社交界デビューする前の、有名貴族の子息たちを彼女はつらつらと並べた。

 平民が知っている情報ではない。

 それだけでも恐ろしいというのに、更に彼女は爆弾発言をした。

「上手く行けば王太子、あと魔王も侍らせられるわよ?」

「は!?」

「この光魔法を持つ、聖女の私がいればね!!」

 乙女ゲームのタイトルは、<光の聖女に恋はまだ早い>だ。

 超ドヤ顔をした少女を、エドワーズはポカンとした顔で見つめる。

 そして我に返り、首を小さく横に振る。

「…なんだそれは。子供の遊びじゃないんだぞ」

 聖女伝説というのは有名で、平民だとしても教会で教わるので誰もが知っている。

 女の子なら一度は憧れる称号だ。

「だいたい、聖女が現れるのは、魔王が現れるということだ。そんな話は聞いてない」

 そう言うと、シャルルはしたり顔をした。

「それよ。侯爵家って娘が居るでしょう?」

 黒髪に赤い目の、と彼女は言う。

 侯爵領は王都に近くここから離れているため、平民ごときが知っている訳がない。

「イアンナにね、あの子に魔王の核が入ってるのよ」

「!」

 エドワーズは押し黙る。

 確かに、侯爵令嬢は数百年に一度の魔力の濃さという噂が回ってきた所だ。

 自分の娘は病弱だし魔力もあるかどうか分からない。さすが侯爵家だな、と思っていたのだが。

(いったいこの娘はそんな情報をどこで…)

 まさか上位貴族の回し者か、とも思ってしまう。

 しかしそれならボロを着た状態で、単品で押し付けられる事もないだろう。

 彼のそんな心の内を知らずにシャルルは続ける。

「私の魔力も大したもんよ?測ってもいいわ」

 測ったことはないが、ヒロインは生まれつき魔力が多いという設定だ。

 エドワーズが用意させた魔力測定器に臆すること無く手を触れると、通常の貴族の子供の10倍以上と出た。

「王族並み…」

 測定器が壊れてないことを確認し、エドワーズは愕然とする。

(罠か…?…しかし、シャルロッテは政略結婚に使えない。…使いたくもない)

 苛烈な正妻と違い、とても博識で繊細で静かな子だ。正妻がいる間は、屋敷での唯一の癒しだったため政略結婚に使う気もなかった。

(だが、この娘なら、婿養子を取れるかもしれない)

 愛した女性に似た美しい少女を見る。

「ま…マリーは?本当にお前の母親は、あのマリーなのか?」

「そうだって言ってるじゃん!目が証拠よ」

 紫の目は滅多にいない。

「彼女は?」

 恐る恐る尋ねると、シャルルはあっけらかんと言った。

「もちろん、いるわよ」

「…ゆする気か?」

 醜聞を突きつけて、金をせびる気だろうか。

 その言葉にシャルルは呆れた表情をした。

「しないわよ。自分がこれから入る家に」

「…。元気なのか」

 どうやらまだ未練があるらしい。

 じゃあなぜ迎えに来ないのかとイラッとしつつシャルルは言った。

「まだ元気よ。…あんたの娘と同じく、5年後に死ぬ予定よ。会いたいなら行けば?」

 下町の詳しい場所を伝える。

 共用井戸は領主が管理しているので、そこを起点に教えればいい。

 あとは目の色で探し出せるだろう。

(あんな美人、他にいないからすぐ解る)

「そうか…」

 エドワーズはホッとしたような、悔しそうな表情を浮かべる。

 そんなに近くにいたとは思っていなかったのだろう。

「で、私は?」

 彼は決意したように、少女を見た。

「…迎え入れよう。ただし、養子登録をする」

(あら、シナリオがちょっと変わったわね?)

 エドワーズの娘が亡くなる前に突撃したのだから、仕方がない。

 彼女はメイドに連れられ、ひとまず客室へと落ち着くこととなった。

(よっしゃー!きれいな部屋だぁ!お腹いっぱい食べれる!)

 令嬢生活の始まりである。

 その後ろ姿を見送り、扉が閉まるとエドワーズは深い溜め息をついた。

「…マリーも、シャルロッテも、死なせやしない」

 後日、紫の瞳をした美しい女性が下町から攫われたが、行方は知れなかった。

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