『個』

7−1「明暗」

(…連中は、おそらく陽光が苦手だね)


 昨晩、施設の中で亮と老婆は就寝前に会話をしていた。


 ソファには、すでに寝息を立てるマーゴの姿があり、亮がした【ラム】の話にスマートフォン内の老婆は眉をひそめる。


『話を聞くかぎり、活動時間は夕方から夜にかけて。ショッピングモールの監視カメラから怪しい人間をピックアップして、街のカメラと繋ぎ合わせてみても、陽の当たるうちは行動していないから、ほぼ当たりと見て良いね』


 聞けば、ジャミングされていてもネットワークさえ繋がってしまえばいつでもカメラなどの情報は読み取れると老婆は言った。


「陽光が…どうして?」とたずねる亮に『【ウィンチェスター】には陽が当たらないからね』と答える老婆。


『連中は【ウィンチェスター】内の物質と接触せっしょくし、欠損けっそんした部分を空間内で補填ほてんさせる能力を獲得している。ようは自分の肉体の一部を空間と一体化させちまうんだね』


 寝返りをうち、背中を丸めるマーゴを優しく見つめ、老婆は亮に向き直る。


『だが、そんなことを長いこと続けていれば、肉体は空間に分解されて…いずれは身体全体が崩壊してしまう』


 老婆の言葉にギョッと眼帯へと手をやる亮。


『…ただ、お前さんはその立場を逆に利用できる』と亮の顔を見つつ、つぶやく老婆。


「え、利用?」


 それに『そう、ショッピングモールでやっていたことさ』と老婆は指摘する。


『【目】により【根】の位置を探り、別の場所に繋がる空間を拡げる。元々【根】と繋がりがあり、そこに【ウィンチェスター】の拡大能力を獲得したからこそできる芸当げいとう…まあ、後遺症こういしょうに近いものではあるがね』


 そんな老婆の指摘に「いや。あれは…とっさに」としどろもどろになる亮。


 老婆はそれに『まあ、あれは【根】が生存している運び屋を再度集めるために、本能的に呼んだろうが』と視線をそらす。


『子を守る愛情といえば聴こえは良いけれど、一部の人間に関しては最悪の結果とも取れるからね…』


「え?」


『いやまあ、こちらの話さね』と続ける老婆。


『ともかく、【根】は土地に根付き陽光に強い性質を持つ。だからこの三年間ものあいだ、誰も彼もがお天道様の下で活動ができていたと言うわけだ』


『そして…アンタに必要なことは』と人差し指を立てる老婆。


『【目】を使い、【根】を探って陽光が当たる場所を見つけること。幸いなことにこの三年間、市役所に足を運び一時的に運び屋を担った連中もいる。つまり、その連中の痕跡をたどれば…』


「こうなるってわけか」


 片目を眼帯で押さえつつ、喫茶店の奥のスタッフオンリーの扉を開ける亮。


 衣類の無数に落ちた喫茶店の中。

 スマホを持った亮は慎重に進み、この扉に辿り着いていた。


「レッドは、死んだのか?」


 背後に残る【ラム】の残骸に画面に映る老婆は『うんにゃ、ここにいる連中はあくまで末端まったんだろう』と答えてみせる。


『孫の次男はもともと慎重派しんちょうはだからね。もっと奥の方にいるはずさ』


 開けたドアの先には三体の石工像が並ぶ美術館入り口。


『…マーゴはこの上のようだね』


 発信機でも付けたものか位置を特定したらしく、老婆が顔を上げるとピラミッド型につきだした出窓が見えた。


『眼帯は外さずに空間の裂け目にそって向かうとしよう。二歩ほど、後ろに下がりな』


 老婆に言われるままに、背後に二歩下がる亮。


『そのまま、右に三歩』


 三歩、右に歩く亮。


『回って左に一歩』


「あの、ちょっとこれって…」


 だんだんと不安になってきた亮が一歩を踏みしめると、そこはどこまでも下へと続く螺旋階段らせんかいだんの一部。


「え?」


『どうやらここが【ラム】の本拠地のようだね』


 老婆は落ち着いた様子で亮にそう告げ、続けて『段を三回、右足で踏みな』と、声をかける。


「えっと…」


 右足で三回床をタップする亮。


『覚えておきな、このやり方は後で必ず役に立つ』


 老婆の声と同時に亮の体は地面に吸い込まれるように下へと向かい…


 気づけば、布が敷き詰められた床の上。

 亮はマーゴと防護服の人物が対峙しているところに立っていた。


「兄さん、いい加減にしてよ!」


 マーゴはそう言うなり、先ほどまで手を引いていた相手の手をふりほどく。


「マーゴ、どうして言うことを聞かない?」


 聞こえるのは覚えのある声。


「空間異常の及ばない、安全な環境で暮らす方が、お前のためになるんだよ」


 マーゴはそれに「嘘つき!」と叫ぶ。


「安全な場所なんか、もうこの世界のどこにもないじゃない」


 両手を広げ、マーゴは周囲を見渡す。


「どこを見ても空間に異常のない場所なんてない。今も亀裂があちこちにできていて、外来生物や鉱物による放射性物質によって大勢の人が死んでいく」


「それを少しでも食い止めたいのに…!」


 そう言って、拳を強く握りしめるマーゴ…だが、その時点でスマートフォンを持つ亮に気づいたらしく、慌てて二人の元へ駆け寄る。


「亮、グランマ!」


「…まあ、そのこころざしは立派だよ」


 防護服の頭部に手をかけつつ、相手はマーゴへと声をかける。


「だからこそ、お前だけはここから出て欲しいのさ」


 そこから出てきたのは長男マインの顔。


「マーゴ。お前は、この星にいるべきじゃあない」


「え?」


 驚くマーゴは亮の近くで足を止めて振り返る。


「この惑星は三年間ものあいだ空間の亀裂によってバランスを保てなくなってきている」と続けるマイン。


「地殻にまで歪みが入り込み、時間と空間の崩れによって形状すら保てなくなってきているのが現状だ…そして、次の移住地はすでに見つけてある」


 そう言うと「レッドが発見した空間移動技術によるものでな、安定性にはまだ不安が残るが一方通行だけなら問題ない」と続ける。


「一年前からテストとして人員を募集し、移住させ、今ではライフ・ポイントの指導のもとで生活している。そこに天文学者として肩書で、お前さんも…」


「そんな!」と声を上げるマーゴ。


 ついで老婆が『…ほう、捨てるとね?』と声を上げる。


『散々資源を使った挙句に、住むにあたいしないと判断した時点で星ごとポイ捨てかい?そりゃあ、もったいないにも程があるよ』


 それにマインは亮と老婆の方へと顔を向けると「…部外者は外に出ていろ」と近づきながら声を上げる。 


「俺はマーゴの長男にしてライフ・ポイントの代表。いつできたともわからない人工知能なんかに管理はさせない、空間の管理もその後のことも俺が決める」


 マーゴはその様子に「嘘つき、マイン兄さんじゃないくせに!」と叫び、老婆も『…そうだね』と顔を上げる。


『アンタは、この三年間でずいぶんと小さい男になっちまったようだね…失望しつぼうしたよ、レッド』


 その言葉にレッドと呼ばれたマインは「…気づいていたか」と目を細める。


『いつ、長男の体を?』と問う老婆に「つい、今しがただよ」とレッドは手袋を外し、握るような動作をする。


「まあ、これで防護服ですら意味をなさないことが証明されちまったけれどな。フィルターを通しても手袋をしようとも。この空間に滞在するだけで自然と肉体は持っていかれちまう…まあ、徐々に三年ほどかかったのは確かだがね」


『なるほど、サーモグラフィーで見ると毛細血管にそって体温が下がっているねえ。血液にのせて少しずつ意識を乗っ取っていった感じかい?』


 老婆の言葉に「マインのスマートフォンの機能か」とつぶやくレッド。


「対ウイルスソフトは積んではいたんだがな。アンタにとっちゃ最新のソフトも意味を成さないようだ」


『…なにぶん私も特注だからね』と、画面の中で肩をすくめてみせる老婆。


『でも、なぜ【ラム】だのいう回りくどい組織なんて作ったんだい。私という人工知能を仲間外れにすることもできたし、もっと自由にできただろうに』


「自由…じゆう、ねえ」とマインの目でレッドは老婆を見る。


「会社の実権はボンクラな兄がにぎり、研究は優秀な姉の仕事。俺はと来たら、調査と採取とは名ばかりで現場に突入させられ、周りの人間がつぎつぎ死んでいく中で這々ほうほうの体で外へと落ちのびる毎日が自由だと?」


 レッドは老婆の言葉を鼻で笑うと「俺らがそっちの都合でどれだけ苦しんだか」と続ける。


「手が欠け、足が欠け、死んでいく中で、どれほど手探りの調査とその場しのぎの治療で苦しんだか。資源とみなしたエネルギーの管理に苦戦し、やっとの思いで供給できた瞬間に、全て兄たちの手柄にされることが、どれほど悔しいことか」


「…ぶっちゃけ、やってらんねえんだよ」と、レッドは吐き捨てるようにつぶやく。


「現場に行こうともせず、まわりのお偉いさんにひたすら頭を下げ続ける兄。共同研究とは言いながらも空間に飲まれた人間を他の医者連中と共に薬物漬けで実験解剖し続ける姉。こんなありさまじゃあ、どちらが悪者かわかりゃあしない!」


 そう言って、螺旋階段の広い空間を見渡すレッド。


「だから、俺は作ったんだよ。俺たちがいられるコミュニティを」


 拳を握り、声を上げるレッド。

 その姿には鬼気迫るものがあった。


「空間というアドバンテージの中で体のリミットに耐え、俺たちは本業のかたわら道を探った。肉体を拡張し、次の資源となる鉱物を採取し、居住可能な惑星を発見をし、この星を捨てる覚悟で他社の人間と契約し生きる道を探った」


「…でもなあ、遅かったんだよ」と、天を仰いだままレッドはつぶやく。


 気づけば、足元の布が少しずつ動いていく。


「この三年間。気づけば、俺たちが資源を横流ししていた別会社の人間も、兄貴たちが関わっていた政府も、どこもかしこも空間に飲まれ、崩壊していた」


 ザワザワと意思を持つかのようにうごめく布切れ。


「どいつも、こいつも、死んじまった…でもなあ、俺にはわかるんだよ」


 みれば、階段も壁も全ては衣類で出来ており、亮はこの場所が【ラム】たちが分解され、残骸として残された衣類で構成されている、いわば墓標のような場所だと知る。


「いつ頃からだろうか。連中の声や記憶や人となりが、空間に肉体の一部を置いたその時点から、わずかながらでもわかっちまうようになったのは」


 浮き上がる布。赤や青。

 花火の柄の入った衣類が宙へと浮かぶ中、レッドは顔を覆う。


「そうだ、今もそう。消えちまった連中の志が、苦しみが、悲しみが、走馬灯のように俺の中に渦巻き、俺がその中心にいる…!」


『…レッド』


 老婆は兄の体を奪った三男の名を悲しげに呼んだ。

 しかし、レッドは頭を抱え、体を激しく揺さぶり、子供のように慟哭どうこくする。


「なぜ、俺だけが生きている。他の連中の意識は消えちまうのに、どうして俺だけが生き残っている…!」


 浮いた布がほどけていく。糸となり、粒子となる。

 それはレッド…いや、マインの肉体も同じ。


『いや、レッド。おそらくアンタは…』


 だが、老婆は言葉を続けていられない。


 外壁の布や階段を構成していた布。

 レッドを中心とした周囲の布が粒子となって崩れていく。


 その粒子は砂嵐のように動きをともない…

 瞬く間に亮たちの視界を覆ってしまった。

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