4−2「誘導」

(どうして、お前さんはあの娘だけでも街の外に出さなかったのかねえ…)


 亮にとって聞き覚えのある声。


 電気の消えたショッピングモールの二階。

 一階の亮たちとは真逆のフードコートにその男はいた。


(…俺たちは会社を恨んではいるけどよ。別に敵対したいわけじゃあないのさ。だからこそ、嬢ちゃんには穏便おんびんに外に出ていってもらって、お前さんだけを仲間に引き入れたいという考えだった)


 亮の右目、モール内を見下ろす形での俯瞰図ふかんず


 いつぞやの病院で出くわした男は、今や人気のない机に腰かけて、コーン付きのイチゴアイスにかぶりつくと粉を散らしながら(…なのに、どうだい?)と、言葉を続ける。


(嬢ちゃんはここに残ると言い切り、爆撃の中をかいくぐってあまつさえこんな川向こうのショッピングモールまで婆さんの遺品を探しに来たモンだ…まったくもって、ノンキな話だとは思わねえか?)


 そこに「…無いわね」と続けるマーゴ。


「近くに病院もあるし、眼帯くらいドラッグストアですぐ見つかると思っていたけれど。もしかして、反対側の量販店にあるのかしら?」


 それに亮の口は「まあ、急がなくても良いさ」と続ける。


「ぼちぼち探していこうよ。俺の用事は後回しにしても良いからさ」


 マーゴはそれに「そう、だったらそうしようかしら?」と周囲を見渡す。


「見たとこ、避難させる人もいないようだしね」


 …だが、亮の右目に見えるものは違う。


 各店舗内に隠れるように待機する複数人の【ラム】たち。

 モール内に行き渡る、微細びさいな空間のムラ。

 店舗内に重なった空間異常により生じる異質な生物や【方舟】の記憶たち。

 

 そんな光景を見るも亮の口は動かず、指先ひとつ思うように動かせない。


(どうだい、操り人形の気分は?)


 アイスを食べ終え、見えない手をクッと動かす男。

 それに合わせるかのように亮の手はマーゴの差し出す防塵ぼうじんメガネを受け取る。


「これは?」と勝手に動く亮の口。


 それにマーゴは「ここも拡大した【ウィンチェスター】ではあるからね」と、言いつつ、パッケージから取り出した防塵メガネを装着する。


「場所によっては先日のように視覚を奪う区間に行き当たる可能性もあるから。なるべく備えをした方が良いと思ったの」


 そう言うと水草と濡れた足に目をやり、ドラッグストアを移動する透き通った渡し船と船頭せんどうを見送るマーゴ。

 

「…まあ、すでに手遅れかもしれないけれど」


 そんなマーゴの様子に亮の口元は「そんなことないんじゃない?」と返す。


「何事も、備えておくに越したことはないからさ」


 もちろん、その言葉は上階の書店に潜むタクシー運転手が話したもの。

 今や相手は本を読みつつ、自在に亮の口元を動かしていた。


(…これが【ラム】の能力の一端いったんだ)


 ついで片手の男が合図を出すと駄菓子売り場で適当な菓子をつまんでいた女性が膝にかけていた布を取りはらう。その片足は消えているものの女性は何の支えもなくゆらりと立つと、男の指示通りに亮の歩きを再現しようとする。


(…ゴスッ)


 だが、数歩も歩かぬうちに彼女は横合いから出現した巨大なホースにき潰され、一瞬で肉塊と化した。


(おお、いかん。仲間が一人消えちまった)


 おどけるように声を上げる男。

 ついで、男は顔をあげ(…ん?どうした)と亮を見る。


(なんで、死んだ仲間に対してここまで淡白な反応をするのか、って?)


 離れているにも関わらず、見透かすかのような男の物言いにギクリとする亮。


 ついで(…じゃあ、こちらが【足】を担当しますよ)と声が聞こえ、その先にはモールから離れた大学のキャンパス内にいる車椅子の男性が見えた。


(ここにいれば、自由に動き回れますからね)


 男が立ち上がると亮の足も歩み出し、モール内をマーゴと二人で歩く。


(…そういえば、言い忘れていたが)


 ついで、フードコート内の男は見えない手でポリポリと自分のほほく。


(空間内では俺たちは自身の失った部位を周囲に拡張し、自由に操作することができる。それは【目】を外部にさらしたお前さんにも言えることでな、ゆえに、俺たち【ラム】は、お前さんの操作を行うことができると言うことだ)


 はたから聞けば、男の説明は荒唐無稽こうとうむけいの何ものでも無い。

 だが、亮は実感しているだけにその言葉の意味が分かってしまう。


 仲間の声を伝達しているのは、近くの民家に潜んでいる【耳】の無い男。

 亮の口を動かすのは二階の書店に潜む【舌】の無い男。

 そして【足】の女性の代わりを務めた男が歩くことで亮の足も動いている。


 一人ひとりが目的を持ち、司令塔とも言うべき【手】の男に従い、動く集団。


 そう、今や拡張した亮の【目】には【ラム】がこの街にどれほどの規模で潜んでいるか。その様子がありありと映っていた。


(…嘘だろ、何人いるんだよ)


 各ビルや建物内にいる【ラム】の集団…その数は百をゆうに超えている。

 

(つまり、街全体が空間となっているからには、お前さんが【ラム】から逃れられる術は無いということさ)


 男の言葉を受けて、亮は必死に抵抗しようと試みるも自分の意思とは裏腹に足はモールに溜まった水の中を進み、口は思ってもいない言葉を吐き出していく。


「へー、ここのオーナーとグランマは仲が良かったんだ」


「そうなのよ。それでここの一箇所に件のプレゼントを隠したって話だけど」


(…まあ、安心しろよ)


 男は亮にそう言うと、次のアイスをよそうために店の裏でカップを手にとる。


(俺たちは嬢ちゃんをあくまで監視するだけさ。お前さんを操作しているのは、あくまで安全に街の外に出すための保険みたいなものだと思ってくれ)


(…誰が、そんなことを信じるかよ!)


 それを、必死に口に出そうとする亮に対し、彼の異変に気づかぬマーゴは「あ、あの時計よ」と前方の看板を指さす。


 …そこにあったのは広い構内を指し示す、時計付きの案内表示。


 亮が学生の頃から施設の中心に設置されていた花火模様の描かれた案内表示板は、てっぺんに設置された時計が少々古ぼけた感じはするものの、いまだ現役で時を刻んでいるように見えた。


「じゃあ、操作するから」


 ついでマーゴはスマートフォンを起動すると「十四歳の誕生日」と音声マイクに話しかける。


 すると声に合わせるかのようにスマートフォンの画面が明るくなり、懐中電灯にも似た丸い光がマーゴの顔を照らすと、マーゴはその光を時計へと向ける。


「これで、良いはず」


 瞬間、時計に光る筋がいくつも現れ、何やら音楽が聞こえるも…


(あーあ、長時間感覚を共有していたために起こるだな)


 男の声と同時に亮の周囲に砂嵐が見え、マーゴの姿が見えなくなる。


(ま、体は俺たちで動かしておくから、しばらくのあいだは楽しんでくれや)


 自分が薄っぺらく、引き伸ばされていくような感覚に襲われる亮。


(それは繋がる【ラム】の記憶の残滓ざんし。俺たちが【亡霊ゴースト】と呼ぶものだからさ)

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