3−4「暮れ」

「なんでー?なんで、兄ちゃんも一緒にいかないのさあ」


「やだー、兄ちゃんといるー」


 夕暮れ時にゴスロリの格好をした双子がわめくのは新幹線のホーム前。


 その日の午前、亮は双子を避難させるようにポップに頼み込んでいた。


「仕方ないだろ、仕事でひと段落したら兄ちゃんも行くから」


 その隣では「本当に一緒に行かないのかい?」と荷物を持ったポップが問うも「もう、同じことを言わせないで」とむくれてみせるマーゴ。


「私も、もう十四歳よ。子供じゃ無いから。最期までしたいことをやらせて」


 それにポップは肩をすくめると「わかったよ、もう言わない」と一歩下がる。


「…でも、気をつけて」


「うん、なるべく生き残るように頑張ってみる」


 双子に一緒に行くようにうながし車両に乗り込むポップ。


(…マーゴが、この街に居る理由は二つある)


 微笑むマーゴの前で閉まるドア。

 ふと、亮は午前中にしたポップとの会話を思い出す。


(一つは、十四歳になったときにグランマから受け取るはずであった、誕生日の贈り物を取りに行くため)


 ゆっくりと都心部へと進みだす花火のパッケージがされた新幹線。


 ポップの配慮によるものだろうか。

 窓には双子の顔が覗き、亮に手を振る。


(もう一つは、双子との約束を守るため)


「…本当に、良かったのか?」


「なにが?」


 亮の質問にマーゴはこちらを向く。


「アミさんが亡くなったことを、ポップさんに言わなくて」


 すでにホームを通り過ぎ、三人を乗せた列車は遠くなる。

 そこに「…たぶん、わかっているから」とつぶやくマーゴ。


「アミ姉さんって、ポップ兄さんとかなり仲が良くてね。こういうときには必ず駅に見送りに来るんだ…だから来ない以上、兄さんも何かあったかくらいは察していると思う」


「それにね」と続けるマーゴ。


「たぶん、この時点で街から出ないと二度と出られない」


「え?」


『【ウィンチェスター】の目撃情報が、昨日だけで十箇所以上見つかっている』


 スマートフォン越しに小さくなった新幹線を見送り、そうつぶやく老婆。


『そうなると街全体が次の段階に移行する。それを見越しているからこそポップも双子を連れて街を出ていかざるを得ないのさ』


「次の段階?」


 もはや、ホームからは新幹線の後頭部しか見えない。


「時間のズレ。先日にマンション上層階で見た女性が複数人いた状態。あれより、もっとひどいことがこれから起きるわ」


 構内を吹き抜ける風の中、マーゴの耳飾りが揺れる。


「私たちは、備えなければならない。生きている人がいたら保護して、少しでも街から出られるようにしなければならない」


 マーゴの耳飾り…鹿の角と馬の姿をし、逆さまになった生き物。

 それは麒麟きりんという名だと亮はポップから聞かされていた。


『空間の異常が広範囲になると時間軸にも影響が出る。こちらの時間とあちらの時間。被害の規模が大きければ大きいほど、その差は大きくなっていき、やがては街全体が崩壊しちまう』


 遠くに見える新幹線、その背がいつまでも消えない。

 マーゴと話しているにも関わらず、列車はそれ以上動かない。


「行きましょ」


 ついで、きびすを返すマーゴ。 


「ポップ兄さん、無事に都心に着けているといいな…」


 顔を上げるマーゴにつられる亮。


 次の電車を報せる電光掲示板。

 隣につけられた時計は分針も秒針もまったく動いていない。


「まるで、ここの時間だけが止まったかのよう」

 

 マーゴの声に窓の外を見れば、赤々と燃えるような夕焼け。

 しかし、それは文字通り燃えるような熱気をはらんでおり…


焼夷弾しょういだんだ…みんな伏せな!』


 叫ぶような老婆の声。

 同時に、何かがぶつかる衝撃と黒煙が駅全体を包み込んだ。

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