3−2「告白」

「世界最高の人工知能…今やグランマはそう呼ばれている」


 おかわりのミルクを持ってきたポップはその一つを亮へと渡す。


「スーパーコンピューターを経由し、世界中のサーバーから必要な知識を得て、スマートフォンなど周辺機器と連携をしながら利用することのできる人工知能…政府公認という後ろ盾もあるけれど、ライフ・ポイントの名を押し上げるには十分すぎるほどの機能を備えていたのも確かさ」


「ただ、時間が経つにつれ、兄さんたちはそんな人工知能グランマの存在をいぶかしむようにもなった」とポップは続ける。


 それに『まあ、無理もないけどね』とテーブルの一角に映る老婆はうなずく。


『身内の姿を取ろうとも、事故現場から見つかったのは三年経っても全容の見えない人工知能マシン…責任ある立場に立たされれば、自分達が所有しているものに次第に猜疑心さいぎしんを抱いてもおかしくはないだろう』


「でも…グランマ」と、心配そうに声をかけるポップに『私は、大丈夫さ』と、テーブルの一角に映る老婆はうなずく。


『お前さんたちがを信じてくれる。それだけで良いんだよ』


 老婆はそう言うと優しげに微笑み『…まあ、というわけで、空間異変によって見つかった私は情報処理能力の高さを見込まれ空間異変の調査と研究も孫兄弟と行うようになったのさ』と話を戻す。


「マイン兄さんは会社の代表。アミ姉さんは医療と科学の部門、レッド兄さんは現地の調査と収集…」と指折り数えるポップ。


「ありていに言えば、兄さんたちは政府公認のもと、中立で独立した企業という立場を保ちながらもグランマという後ろ盾を利用しながら、三年ものあいだ空間異変の現場処理を一手に引き受けていたというわけだ」


 そうして、ポップはホットミルクを飲むと「…まあ、僕自身。あの事件以降、会社にはまったく関わりを持っていないけどね」と少し寂しげにつぶやく。


「当時は僕も学生だったし、立ち会ったのも偶然現場近くにいたからだったという理由。兄さんからも責任不十分と判断されたんだろう」


『…おそらく、当初のマインは年の離れた家族を自分達のすることに巻き込みたくなかったのさ』と続ける老婆。


『身内を失った直後なら尚更。だからこそ、年若いお前さん方には自由に生きてほしいと願ったんだろうよ』


「でも、グランマ」とその言葉に会話を挟むマーゴ。


「私たちは、今起こっていることが知りたいだけなのよ」


 それに「そうだね」と続けるポップ。


「僕も、現状を知りたいからこそ、大学卒業後から情報収集を始めた。来るもの拒まずで情報を集めて精査して。ようやく、ここまでの知識と人脈を作ることができたからね」


『だったら、それで良いじゃないか』と老婆は続ける。


『自分達だけのコミュニティに長くいると世界が狭くなってしまいがちだ。他と比較することが困難になり、凝り固まった考えにおちいるようになる。お前さんは、そうなる可能性から逃れられたと思いな』


「でも」


 それにマーゴも「確かにね」と続ける。


「ポップ兄さんが情報を集めてくれるおかげで、会社だけに頼らない必要な人材や伝手ツテが手に入るのだし。それはある意味、強みでもあるわね」


 それに「そうか…確かにそうだね」と顔をあげるポップ。


『下手な力を持って孤独になるより、少しずつでも知識を蓄え、それを人と共有する。社会はそうして発展していくものだからね』


 そんな老婆の言葉と同時にスタジオのドアが開き、馴染みの顔が二つのぞく。


「兄ちゃん、本当に来ているのかな?」


「でも、マーゴさんが言うんだもの。僕らの馴染みの場所でもあるけど」


「あれ、お前ら!」と思わず、声を上げる亮。


 それは亮の兄妹である双子の流羽と瑠衣。


 彼らは亮の顔を見るなり「あ、本当にいるよ」と言うなり、マーゴやポップに見えるように花火の模様の入ったケーキ箱を掲げる。


「マーゴさん、ポップさん。まだあのケーキ屋さんやっていました」


「すごいよねえ、市の避難指示で街はガラガラだったけど、今日まで粘るってあのお店頑張っていたものね」


「そうそう、バイパス沿いにある小さなケーキ屋さん。入ったら、怖い顔のおじさん三人がぐるぐる回って巨大なウェディングケーキ作ってたし」


「結婚式でもするのかな?」


「きっと、怖い顔でケーキを作るとストレスでケーキが甘くなるんだよ」


「その可能性、大だね!」


 そう言って、慣れた手つきでてきぱきと紙皿とフォークを並べはじめる双子に「…ちょっと待て。話が見えてこない」と、チョコレートケーキを前にした亮は困惑する。


「僕ら、三年前からマーゴさんにお世話になっていたの」


「最初は、小学校の課外授業に受けた天文学の講座から。そこから、話が弾んだマーゴさん経由でポップさんに動画配信の仕事を紹介させてもらって」


「中学公認でマーゴさんに勉強を教えてもらいながら、課外授業という名目で、現役の配信者として動画作成をして収益をあげているんだ」


 光沢のある濃厚なケーキに舌鼓を打ちつつ、亮の質問に答える双子。


「…ようは私が兄さんにお願いして、三年前からこの二人のプロデュースをしてもらっていたのよ」と、マーゴ。


「一応、保護者となるキミにも、彼らの動画配信と収益関係を説明する契約書類を送っていたのだけれど…もしかして、見ていないとか?」


 それに双子は「兄ちゃんの筆跡くらい真似っこしやすものはないからねー?」「学校の授業の一環と言っとけば問題ないと思ったし?」と、互いに示し合わせたようにほくそ笑む双子。


「お前ら」と言いつつ、亮には思い当たる節があった。


(…そう言えば三年前。こいつらから学校の制度が変わって未成年でも働けるようになったとか聞いたような気がするな。教育機関も最近は変わったなと思っていたが、まさかなあ)


 思わず頭を抱える亮に「となると、少し話したほうが良いかもしれないな」と言いつつ、ソファから立ち上がるポップ。


「マーゴ。双子を頼む」


 それに「別に良いけど」とマーゴは言うと、双子と共に食べ終わったケーキの後始末を始めた。


「…ひとつ、キミに確認したいことがある」


 事務所の外、階段の踊り場まで来るとポップは亮へとたずねる。


「キミ個人として、街を出ようとは思わなかったのかい?」

 

 その言葉にハッとする亮。


「…今まで、思ってもみませんでした」


 それにポップは「空間異常に巻きこまれて、そんな体になっても、キミはまだマーゴに付いていこうとしている」と窓を見る。


 そこに映るのは亮の目。

 右目に眼帯をつけた亮とポップが映る。


「自分の身をていして前に進む姿勢は、時に危ういとは思わないかい?」


 それに亮は「…いえ、別に俺はマーゴを守ろうと思って付いていっているわけじゃあないんです」と素直に答える。


「なんだか、先のことが考えられなくて。ただ、流されるままで」


「…ごめんなさい」と頭を下げる亮にポップは「そうか」と言って顔を上げる。


「キミの顔を見ていると身内を思い出すよ。人一倍、頑張り屋のはずなのに理解してくれる人が周囲にいなくて。何をどうしたら良いかわからなくて。すがるものを必死に求めていて。だから後先考えずに危ういところまで踏み込んでしまう」


「…俺も、そんな人間に見えますか?」と言葉を詰まらせる亮に『でも、ポップ。彼はここまで生き残っている』と老婆の声。


 見れば、亮のポケットに入れていたスマートフォンから、老婆がため息をつく様子が見え『マーゴが心配なのはわかるが、お前さんにもやるべきことがあるんだろう?』と取り出された先で、上目遣いにポップを見る。


『だったら、伝えるべきことを優先にしな。話はそれからだよ』


 それに「…そうだね、グランマ」とつぶやくポップ。


「すまなかった、亮くん。どうしても、キミを見ているとある身内を思い出してしまうんだ。このところ会っていないから、混同してしまってね」


 そう言うと、ポップは少し息を吸い込み「キミに頼みたいことがあるんだ」と話を続けた。

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