番外編

リィエンが牢に入れられていた頃(クアン視点)

 両親への報告に随分時間を要してしまった。


 王となる者が、護衛を庇って行方不明になるとはどういうことだと叱られたが、どの国にも支配されずに独自の文化を築いている山岳民族や、虎の半獣には彼らも興味を持ったらしい。


 リィエンを妃として迎え入れることをあっさりと許可し、王子、ひいては国の益になる旅だったということで話は着地した。


「ユン、リィエンはどこだ?」


 謁見の間を出たクアンは、廊下に佇む側近に声をかける。

 リィエンを部屋に案内した後、顧問役の寄合に顔を出し、クアンの帰還を報告すると言っていたが、全て済んだのだろうか。


「彼なら黄花の間です」

「そうか、ありがとう」


 ユンは有能な部下だが、付き合いの長いクアンでも、時折何を考えているのか分からないことがある。


 今もそうだ。彼は冷めた目で、じっとこちらを見つめている。


「会いに行くのは構いませんが、それが最後の逢瀬になるかもしれませんね」

「どういうことだ」


 ユンは顔色一つ変えず、淡々と答えた。


「ホアダイ王国の世継ぎが妃を迎える際には、顧問役の賛同を得ること――殿下ならご存知でしょう?」

「勿論知っている。旧典に書かれている古い規律だ。……まさか」


 クアンは彼が何をしたのか、何を言わんとしているかを察し、さっと青ざめる。


「彼の元へ行くよりも先に、顧問役を交渉することをお勧めします」


 そう言われた瞬間、クアンは走り出していた。



「長老がた!」


 毎日のように寄合が行われている、宮殿の講堂にクアンは駆け込んだ。


 顧問役の寄合といっても、実質は老人たちの『暇つぶしお喋り会』である。

 呑気に茶菓子をつまんでいた彼らは、一斉にクアンの方を見た。


「おお、坊ちゃん。元気そうだな」

「ようやく国に戻ったか。陛下が心配しておったぞ」


 約八名の顧問役たちに向かってクアンは頭を下げる。


「北の山から連れ帰った彼のことを、どうか妃として認めていただきたい」


 切実なクアンとは打って変わって、顧問役たちはのんびりと反応を示す。


「そうは言ってもなぁ」

「子は産めるとはいえ、ユンの奴が危険だと言うではないか。坊ちゃんも怪我を負ったとか」

「問題はそこですか」


 どうやら、彼らの懸念は半獣の危険性にあるらしい。

 よそ者を嫁にするなんて、男の妃なんて、という意見は特に見受けられなかった。


「次の世を担う坊ちゃんが選んだこと。ワシらも煩く口出すつもりはなかったが、人としての理性を失うような獣に妃は務まらないと思ってな」


 クアンは両の拳をぎゅっと握って答える。


「彼は……リィエンは自分を犠牲にしてでも、他人に手を差し伸べることのできる、素晴らしい人だ。獣などではない」


 冷静になれ、と自らに言い聞かせるが、クアンの言葉には怒りに似た強い感情が滲み出る。


「傷つけられたのではなく、私が彼を傷つけた。全て誤解です」


 クアンはリィエンと出会った時のこと、カウカイでの日々、自分がどれほど大切に想っているかを語って聞かせた。


 顧問役たちは話を遮ることなく、茶菓子や果物をつまみながらクアンの話を聞いてくれる。


 全てを話し終えた時、顧問役たちの中でも力を持つ国王のご意見番が、重たい瞼を見開き言った。


「ふむ。いい顔をするようになった。本気なんだな」


 クアンは静かに頷く。


「何があろうと、何を言われようと、私は彼を妃として迎え入れるつもりです。会えば皆、彼の良さが分かるでしょう」

「安心せい。ワシらも鬼ではない。なぁ」


 ご意見番が話を振ると、老人たちの間にワハハと笑いが起きる。


「陛下が認めたなら逆らわんよ」

「規律といっても、守った王がいた試しがないからな」

「これがこの国の良さだと思うが、よくもまぁ、滅びず続いてるものよ」


 ほっと胸を撫で下ろし、リィエンを迎えに行こうと思ったクアンだったが、ご意見番がとんでもないことを言い出した。


「とはいえユンも頭が硬いからな。一つ条件を出した」


 与える食事を減らし、捕食対象とともに部屋に閉じ込めて一週間様子を見る。


 獣のように貪り食ったら妃として認めない。空腹を耐え抜き、人としての理性を保ったらその時は迎え入れよう。


「これから一週間、会うのも禁止だ。破ったら……分かるな」


 クアンはしばらく交渉を試みたが、顧問役たちの意見が変わることはなく、渋々条件を呑むしかなかった。



「ユンは何故、あのような真似を……」


 王子専用の執務室で、不在の間に溜まっていた書簡に目を通しながら、クアンは深く息を吐き出した。


 ユンがリィエンのことを良く思っていないことなら、分かりきっていた。

 しかし、ホアダイへ向かうまでの道中は、クアンの妃として一定の敬意を持って接していたので油断した。


 恐らくユンは、この計画を遂行するために、わざと納得したように見せていたのだろう。


 彼はこれまで、側近としてクアンに尽くしてきてくれたが、リィエンに対する嫌がらせが続くようであれば、処遇を考えなければならない。


「リィエン……」


 怒っているだろうか。裏切られたと思って、泣いていないだろうか。


 リィエンの心境を慮るとひどく胸が痛む。

 今すぐ会いに行って抱き締めたいが、それも許されない。


 ――幸せにすると誓ったのに……。不甲斐ない私を赦してくれ。


 クアンは執務机に項垂れる。

 

 黄花の間は宮殿の中でも広く、整った客間だ。きっと生活には困らないだろう。


 ユンを問い詰めたところ、捕食対象として一緒に入れられているのはマイのようなので、リィエンが手を出さない自信はある。


 お互いが七日間を耐え抜けば、未来は明るい。リィエンがこうなったことを赦してくれればの話だが。


 ――早く、会いたい。


 離れる時間が長くなればなるほど、想いは募り、胸を締めつける。

 人を愛するということが、こうも苦しいものだったとは。


 約束の七日の間、クアンは溜まりに溜まった仕事を片付けながら、リィエンのことばかりを考えていた。




【お知らせ】

本編に上手く入れられなかったエピソードや、書きたくなってしまったサイドストーリーあと二本ほど、不定期に番外編としてアップする予定です。

(誰が読むんだ……と思いつつ、筆者が楽しいのでよし!)

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【BL】孤虎は今宵、黄花の国で愛に鳴く 藤乃 早雪 @re_hoa_sen

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