番外編
リィエンが牢に入れられていた頃(クアン視点)
両親への報告に随分時間を要してしまった。
王となる者が、護衛を庇って行方不明になるとはどういうことだと叱られたが、どの国にも支配されずに独自の文化を築いている山岳民族や、虎の半獣には彼らも興味を持ったらしい。
リィエンを妃として迎え入れることをあっさりと許可し、王子、ひいては国の益になる旅だったということで話は着地した。
「ユン、リィエンはどこだ?」
謁見の間を出たクアンは、廊下に佇む側近に声をかける。
リィエンを部屋に案内した後、顧問役の寄合に顔を出し、クアンの帰還を報告すると言っていたが、全て済んだのだろうか。
「彼なら黄花の間です」
「そうか、ありがとう」
ユンは有能な部下だが、付き合いの長いクアンでも、時折何を考えているのか分からないことがある。
今もそうだ。彼は冷めた目で、じっとこちらを見つめている。
「会いに行くのは構いませんが、それが最後の逢瀬になるかもしれませんね」
「どういうことだ」
ユンは顔色一つ変えず、淡々と答えた。
「ホアダイ王国の世継ぎが妃を迎える際には、顧問役の賛同を得ること――殿下ならご存知でしょう?」
「勿論知っている。旧典に書かれている古い規律だ。……まさか」
クアンは彼が何をしたのか、何を言わんとしているかを察し、さっと青ざめる。
「彼の元へ行くよりも先に、顧問役を交渉することをお勧めします」
そう言われた瞬間、クアンは走り出していた。
◇
「長老がた!」
毎日のように寄合が行われている、宮殿の講堂にクアンは駆け込んだ。
顧問役の寄合といっても、実質は老人たちの『暇つぶしお喋り会』である。
呑気に茶菓子をつまんでいた彼らは、一斉にクアンの方を見た。
「おお、坊ちゃん。元気そうだな」
「ようやく国に戻ったか。陛下が心配しておったぞ」
約八名の顧問役たちに向かってクアンは頭を下げる。
「北の山から連れ帰った彼のことを、どうか妃として認めていただきたい」
切実なクアンとは打って変わって、顧問役たちはのんびり反応を示す。
「そうは言ってもなぁ」
「子を産めるとはいえ、ユンの奴が危険だと言うではないか。坊ちゃんも怪我を負ったとか」
「問題はそこですか?」
どうやら、彼らの懸念は半獣の危険性にあるらしい。
よそ者を嫁にするなんて、男の妃なんて、という意見は特に見受けられなかった。
「次の世を担う坊ちゃんが選んだこと。ワシらも煩く口出すつもりはなかったが、人としての理性を失うような獣に妃は務まらないと思ってな」
クアンは両の拳をぎゅっと握って答える。
「彼は……リィエンは自分を犠牲にしてでも、他人に手を差し伸べることのできる、素晴らしい人だ。獣などではない」
冷静になれ、と自らに言い聞かせるが、クアンの言葉には怒りに似た強い感情が滲み出る。
「傷つけられたのではなく、私が彼を傷つけた。全て誤解です」
クアンはリィエンと出会った時のこと、カウカイでの日々、自分がどれほど大切に想っているかを語って聞かせた。
顧問役たちは話を遮ることなく、茶菓子や果物をつまみながらクアンの話を聞いてくれる。
全てを話し終えた時、顧問役たちの中でも力を持つ国王のご意見番が、重たい瞼を見開き言った。
「ふむ。いい顔をするようになった。本気なんだな」
クアンは静かに頷く。
「何があろうと、何を言われようと、私は彼を妃として迎え入れるつもりです。会えば皆、彼の良さが分かるでしょう」
「安心せい。ワシらも鬼ではない。なぁ」
ご意見番が話を振ると、老人たちの間にワハハと笑いが起きる。
「陛下が認めたなら逆らわんよ」
「規律といっても、守った王がいた試しがないからな」
「これがこの国の良さだと思うが、よくもまぁ、滅びず続いてるものよ」
ほっと胸を撫で下ろし、リィエンを迎えに行こうと思ったクアンだったが、ご意見番がとんでもないことを言い出した。
「とはいえユンも頭が硬いからな。一つ条件を出した」
与える食事を減らし、捕食対象と共に部屋に閉じ込めて一週間様子を見る。
獣のように貪り食ったら妃として認めない。空腹を耐え抜き、人としての理性を保ったらその時は迎え入れよう。
「これから一週間、会うのも禁止だ。破ったら……分かるな」
クアンはしばらく交渉を試みたが、顧問役たちの意見が変わることはなく、渋々条件を呑むしかなかった。
◇
「ユンは何故、あのような真似を……」
王子専用の執務室で、不在の間に溜まっていた書簡に目を通しながら、クアンは深く息を吐き出した。
ユンがリィエンのことを良く思っていないことなら、分かりきっていた。
しかし、ホアダイへ向かうまでの道中は、クアンの妃として一定の敬意を持って接していたので油断したのだ。
恐らくユンは、この計画を遂行するために、わざと納得したように見せていたのだろう。
彼はこれまで、側近としてクアンに尽くしてきてくれたが、リィエンに対する嫌がらせが続くようであれば、処遇を考えなければならない。
「リィエン……」
怒っているだろうか。裏切られたと思って、泣いていないだろうか。
リィエンの心境を慮るとひどく胸が痛む。
今すぐ会いに行って抱き締めたいが、それも許されない。
――幸せにすると誓ったのに……。不甲斐ない私を赦してくれ。
クアンは執務机に項垂れる。
黄花の間は宮殿の中でも広く、整った客間だ。きっと生活には困らないだろう。
ユンを問い詰めたところ、捕食対象として一緒に入れられているのはマイのようなので、リィエンが手を出さない自信はある。
お互いが七日間を耐え抜けば、未来は明るい。リィエンがこうなったことを赦してくれればの話だが。
――早く、会いたい。
離れる時間が長くなればなるほど、想いは募り、胸を締めつける。
人を愛するということが、こうも苦しいものだったとは。
約束の七日の間、クアンは溜まりに溜まった仕事を片付けながら、リィエンのことばかりを考えていた。
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