剣崎殺人事件 その二



 龍郎は周囲を見渡した。

 出ていったときと、なんら変わっていない。ベッドの枕元に青蘭。空きのベッドに穂村と蝶野。みんな、グウグウ眠っている。


「みんな、起きろ! 剣崎さんが死んでる!」

「えッ?」

「なんだね? 寝てたのに」

「うーん。タマかい? もうエサの時間?」


 それぞれ寝ぼけ発言を発しながら、三人は起きてくる。

 だが、このとき、すでに龍郎は気づいていた。悲鳴が聞こえてから、さっきかけこむまで、誰もこの部屋を出入りしなかった。つまり、犯人はまだ室内にいる。この三人が容疑者だ。


「みんな、そのまま動かないで。君たちのなかに犯人がいる」

「えッ? なんでボクが剣崎を殺すんですか? 剣崎はボクの恋人ですよ?」


 第一容疑者、八重咲青蘭はそう主張する。

 探偵の悲しいさがだ。愛しい人まで疑わなければならないとは。


「いや、青蘭。残念だけど、君には動機がある」

「えッ? ボクに?」

「青蘭。君はおれを愛してるね?」

「うん」

「そして剣崎さんとの三角関係に悩んでいる。おれと早く新しい生活にとびこみたいが、剣崎さんがいるかぎり、それができないんだ」

「だからって殺さないよ!」

「まあまあ。これは仮定の話だ。とりあえず、殺す動機があるってことだよ」

「龍郎さん。なんか変だよ?」


 次は第二容疑者だ。彼は研究費を欲しがっていた。その近道としては、莫大な財産を持つ青蘭をスポンサーにすることだ。


「そう。穂村先生。あなたにも動機がある。剣崎は青蘭のボディーガードだ。金の無心なんてしようものなら、即座に追い払われてしまう。剣崎さんがジャマだったんですね?」

「いやはや」


 穂村は頭をかいている。やはり、そんなことで人を殺すのは動機としては弱すぎた。しかし、まだ本星がいるのだ。


 探偵はその男を見つめる。一見、涼しげな美形だが、やたらに青蘭に執着しているのが見え見えだ。


「蝶野。第三の容疑者は君だ。いや、真犯人と言うべきかな?」

「おれ?」

「君は青蘭に気があるね?」

「まあ、美しい人は、みな好きだ」

「そう。そこだ。君は絶世の美女の青蘭を自分のものにしたい。だが、現状、青蘭には恋人の剣崎がいる。だから、剣崎を亡きものにしようと思った。そうだろ?」

「そんなことで殺しはしないさ。だって、おれのこの美貌があれば、女の子なんてダースで寄ってくるんだから」


 なるほど。それには一理ある。だが、彼は嘘をついている。


「蝶野。君はこの病室に到着してすぐに寝てしまったな。だけど、君は昨夜しっかり自宅で睡眠した。なのに昼すぎから夜まで寝てるなんて異常だ。じつはおまえは起きていたんだろ? 寝てるふりして、誰も見ていないすきを狙っていたんだ。そして、おれがトイレに行ったわずかの時間に、すかさず、剣崎さんを……殺した!」


 キマッた——

 文句なしの名推理だ。

 龍郎は事件解決を確信した。だが……。


「それは違うな。おれは昨日、寝てないんだ」

「えっ?」

「仕事の〆切が迫っててさ。何度も修正してるうちに、気がつけば夜が明けてたんだよなぁ。おれって夜型だから」

「……」


 あはははは、と青蘭が無邪気に笑う。目の前で恋人が死んだばかりとは思えない。


「やっぱり、龍郎さん。変だよ」


 まさか、ほんとに青蘭が犯人なのか?

 龍郎と交際したいから、今の恋人をひと思いに……?

 そんな! 嬉しい。気持ちは嬉しいが、人殺しはよくない。二人の愛のために誰かを犠牲にするなんて。

 しかし、もしも青蘭が罪人となってしまったのなら、しかたない。青蘭の罪は龍郎の罪だ。二人でともに地獄まで堕ちよう。


 そう、龍郎は決意した。

 直後。


「いやはや。バレてしまったかね? ハッハッハッ。そう。私が殺したんだ。研究費がなぁ。どうしても捻出ねんしゅつできなくて。ハッハッハッ」


 頭をかきながら、穂村が勝手に自供する。


「じゃあ、青蘭。とりあえず三百万くれんかね?」

「誰かぁ。警察呼んで」

「ハッハッハッ」


 穂村は笑いながら警官に引き渡された。


「龍郎さん! これで誰にも気兼ねなくつきあえるねっ」

「……」


 可愛らしく腕をからめてくる青蘭をながめつつ、迷探偵は挫折ざせつをかみしめるのだった……。


 ………………。


 …………。


 ……。



 *



「……っていう夢を見たんですよね。いやぁ、無意識の願望ですかね?」

「死ね。若造」


 ベッドの上で、剣崎がぼそりとつぶやいた。

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宇宙は青蘭の夢をみる〜猫目石の女王〜 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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