第六話 猫病院

第6話 猫病院 その一



 島に一軒しかないという病院は、やみくもに島民に聞きながら走っていけば、すぐにわかった。さほど大きな建物ではない。小さな診療所である。しかし、孤島のそれにしては、まずまずの設備ではなかろうか。二階建ての鉄筋コンクリートの建物で、両どなりが郵便局と交番だ。


 全力で疾駆しっくしてきたが、外から見た感じ、病院は静かだ。とくに異変はない。ただ、少し変な匂いはしている。この島には全体に悪魔の匂いがしみついているため、わかりにくいものの、おそらく、院内に何かいる。


 いったい、何が起こったというのか? 剣崎がついていて青蘭が危険にさらされたということは、きっと悪魔に襲われたのだ。院内の全員がグルでなければいいのだが。


(青蘭。ぶじでいてくれ)


 龍郎は病院にかけこんだ。入口のナースセンターにとびつく。


「ここに一時間くらい前に、おれの友達が来てるはず。八重咲青蘭っていう、目をみはるような美形なんですけど、今、どこにいますか?」


 もしも看護師も悪魔か化け物、またはその手下なら、しらを切られるかもしれない。しかし、これが一番早い方法なので、とりあえず正攻法で正面突破を試みる。


 ナースセンターのなかには、眠そうな目をした看護師が一人いた。今どきめずらしくナースキャップをかぶっている。


「えーと、どなたですか?」

「おれは友人の本柳龍郎です。火傷の治療で来てるはずです。さっき、ここに来てくれって本人から電話がかかってきたんだ」

「八重咲さんですか? さあ、ちょっとおぼえがありませんが。お待ちくださいね。先生に聞いてみます」


 という答えが返ってきたときから、龍郎は怪しんだ。やはり、看護師も悪魔かもしれない。

 青蘭の美貌は雑踏を歩けば、すれちがう人たちをふりむかせ、カフェでむかいの席にでもなろうものなら、どうにかして盗撮でいいから写真が撮れないかと、本気で苦悩するレベルだ。おぼえがないなんて、ふつうの人間が言うはずがない。


 幸いにして、看護師は一人だ。

 ナースセンターから出ていき、廊下の奥の扉へ消えていくのを待って、龍郎は勝手に建物のなかへあがらせてもらった。待合室には誰もいない。よって、ひきとめる者はない。


(さてと、青蘭はどこかな? あの感じだと、かなり切迫してた。剣崎もいないし、どこかに閉じこめられてるのかも?)


 待合室の奥に二階へあがる階段があった。手術室か入院患者用の病室でもあるのだろう。

 すばやく、階段をかけあがる。昼間だから電気代を節約しているのか、照明がついていない。階段はやけに暗かった。


(いくら節約だからって、これじゃ年寄りなんか転んでしまう。入院患者が不便だろうに)


 考えながら二階をめざしていると、背後でカタリと小さな音がする。ハッとしてふりかえった。看護師がもう診察室から出てきたのかと思った。が、周囲に人影はない。手すりをのりだしてながめても、診察室のドアは閉ざされたままだ。


(やけに遅いな。おれの対処を相談してるせいか?)


 いきなり診察室にとびこむと、となりの交番に通報されそうなのでやめておいたが、もしかしたら、青蘭は医者に変なことをされているのかもしれない。


(とにかく、二階に青蘭がいないことを確認してみよう。悪魔の匂いがどこからするのかだな。青蘭はきっと、そいつに捕まってるんだ)


 匂いのもとは一階ではなかった。とすれば、診察室にはいないはずだ。


 二階は片側が廊下。ならんで三つ扉があるだけだ。やはり病室らしく、ドアをあけるとパイプベッドが一つある。だが、今、入院患者はいない。室内は整然として、カーテンもあけはなたれている。


 となりのドアもあける。ここには人がいた。四十代初めくらいの女性がベッドのよこにすわり、ぼんやりと窓の外をながめている。ベッドには誰か眠っているようだ。身長から言って子どもだろう。


 三番めの部屋は簡易な手術室をかねた薬品庫だった。人影はない。


(やっぱり診察室だったか。急がないと)


 あわてて、手術室の外へ出た。戸口をくぐったときに、ゆらゆらと空間がゆれた。この感じは、また結界に入ったのだ。今度はすぐにわかる。


 手術室から出ると、廊下は真っ暗になっていた。さっきまで薄暗いながら、窓からの陽光が入っていたのに、すっかり夜の暗さである。


(やっぱり医者が悪魔か!)


 龍郎は一階へ走っていこうとした。そのとき、さっき出てきた場所から悲鳴が聞こえてくる。ただごとじゃない。まるで断末魔の叫びだ。


 おどろいて、まだ手をかけたままだったドアノブをまわす。すると、なかに人がいた。医者や看護師らしき術衣を着た三人が、こっちに背をむけている。手術台からも足が見えた。大声をあげているのは、その台上の人間だ。


「青蘭!」


 青蘭がマッドサイエンティストの悪魔医者に切り刻まれてしまう。


 龍郎は夢中でなかへとびこんだ。

 医師と二人のナースが同時にこちらをかえりみる。見るからに悪魔だ。顔が人間じゃない。らんらんと輝くアーモンド型の目。三口からのぞく牙。猫だ。体は人間。頭部は猫の化け物が、医者や看護師のカッコをして、こっちを見ている。その手にはメスがにぎられていた。

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