雪山サバイバルは後輩と

秋雨千尋

荷物もなく猛吹雪の中を生き残れるか?

 俺は登山をこよなく愛する男。

 仲間とともに様々な山に登っては、サークルの旗を立てて写真をSNSに投稿している。


 今回、なんと企業案件が飛び込んできた。

 とある雪山の頂上に、宣伝の旗を立てたら報酬百万円だという。

 これは冒険家としての初仕事。

 さっそくチームで入念に計画を練る。


「部長、わたし、頑張ります!」


「ああ、よろしくな」


 大事な仕事だから慣れているメンバーだけで行きたいのはやまやまだが、唯一の一年生・狐塚こづかさんを、ないがしろには出来ない。

 美原みはらさんも可愛がっているし。


 サークルのマドンナ美原さんと付き合えた事は人生で一番の幸運だ。

 彼女の気が変わらない内に登山を成功させてプロポーズしたい。

 俺はバイト三ヶ月分の指輪を購入した。


 準備は整った。いざ決戦だ!



 メンバーは部長の俺、マドンナ美原さん、イケメンの鈴木、筋肉愛の肉田、一年生の狐塚さんだ。登山は計画通り進み、トラブルもなく八合目までやってきた。

 今回が一番楽勝かもとチームの皆ゆるみきっていた。それが悪かったのだろう。


 狐塚さんが悲鳴をあげて滑落したのだ。


 まずい。

 怪我人を出したら全てが水の泡。

 不慣れな一年生をちゃんとサポートしなかったとして責任を問われる。

 助けようとして体制を崩した俺は、一緒に落ちていった。



「いってえー」


 たまたま柔らかい雪の上に落ちたらしい。

 幸いな事に大きな怪我は無いようだ。


「部長、大丈夫ですか?」


 狐塚さんも無事らしい。ほっと一安心。

 と言いたいところだが、周りを見て一気に気持ちが暗くなった。


 ホワイトアウト。


 猛吹雪により視界は真っ白だ。

 すぐそばに居る狐塚さん意外なにも見えない。気温はぐんぐん下がっていく。

 しかも最悪な事に二人とも荷物を無くしている。

 落ちている時に引っかかったのか?

 どこにも行けない。助けも呼べない。万事休すだ。


「ごめん、狐塚さん! 俺のせいだ!」


「部長のせいじゃありません。私がうっかりでごめんなさい!」


 凍死が先か、餓死が先か。

 こんなことなら登る前にプロポーズしておけば良かったな。


「ああ、寒い……」


「部長、わ、わたし実は妖怪の巫女なんです」


「うん?」


「これで何とかしましょう!」


 狐塚さんはポケットから一キロぐらいありそうな石の塊を取り出した。

 どうやって入れたんだ!

 というか、そんなもん入れてるから滑落するんだろ!


 彼女が石に向かって何かを念じると、地面からズボッと石の壁が四方を囲んだ。

 壁は「守りは任せておくんなまし」と言った。


「これで吹雪は防げます!」


「は、はあ……」


「次はこれです!」


 ポケットから砂の入ったガラス瓶を取り出した。

 よく割れなかったな!?

 彼女が砂に向かって何かを念じると、壁の中にサラサラの砂が満ちた。「あーし砂かけギャルだしー」と声が聞こえた。


「遊んで良し、眠って良し、の砂ベッドです!」


「すごいね……」


「最後はこれです!」


 ポケットから小豆を取り出した。

 よくこぼれなかったな!

 彼女が小豆に向かって何かを念じると、小豆で出来たテーブルの上に、おしるこ・あんみつ・たい焼き・赤飯が現れた。「あんこが正義っしょ」と声が聞こえた。


「これを食べて生き延びましょう!」


「そうだね、ありがとう……」


 甘いものが苦手とか言える状況じゃない。俺は今から小豆ガチ勢だ。小豆マジサイコー!

 小豆料理で栄養を補給し、砂の城やトンネルを作って遊び、お互いの身の上話をして、夜は身を寄せ合って眠った。

 眠れない夜は狐塚さんの寝顔を見て過ごした。


 美原さんとはタイプが違うけど、彼女もすごく可愛いな。


 自分の浮気心を殴りつけて、手を出す事をしなかった。そうして十日が経過した後、やっと助けがきた。

 妖怪たちは霧のように消えて、救助隊の人達は、なぜ無事だったのだろうと不思議そうにしている。


 ふもとで美原さんと会って、以前のようにときめかない事に気がついた。

 あれ、おかしいな。彼女は今日も綺麗なのに。


「二人とも無事で良かった」


「ごめん。心配をかけて……」


 よく見ると美原さんの腰には手が回されている。

 イケメンの鈴木がニヤッと笑いかける。


「リーダーがいない間、マドンナに虫がつかないように見張っといたから」


 距離が近すぎる。

 二人の間に流れる雰囲気で察した。

 まあ、俺には高嶺の花だったもんな……。


「美原さん、俺と結婚してくれませんか」


 それでもプロポーズをした俺を、誰か笑ってくれないか。


「ごめんなさい」


 その一言を聞かないと進めなかったんだ。


 俺と狐塚さんは検査入院をする事になった。全身をくまなく調べたけど、血糖値が高いだけで異常は無かった。

 病院の屋上に上がると、狐塚さんがベッドシーツと話している。

 どうやら妖怪の一反木綿だったようだ。


「どうしたの、こんな場所で」


 狐塚さんは泣いていて、慌てて一旦木綿で顔を隠した。


「部長は、美原先輩が好きだったんですね」


「うん。フラれたけどね」


「わ、わたし全然知らなくて……部長のこと、かっこいいなって。雪山で一緒にいられて、楽しかったんです……」


 俺は、今はフリーだ。

 でもプロポーズを断られたからって、すぐ次と付き合うというのは不誠実に思えた。


「遭難したのが君とで良かった。俺も楽しかった。助けてくれてありがとう。退院したら、何か美味しいものを食べよう」


 彼女はパッと顔を上げて言った。


「美味しいものといえば、おしるこですね?」

 

「いやもう小豆は勘弁してくれ」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 終わり。

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雪山サバイバルは後輩と 秋雨千尋 @akisamechihiro

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