2 『幸せな時間』
僕たちは買い物を終え、ゼロ先輩の住むアパートの前まで来た。
ゼロ先輩の住むアパートはゲオルタワーから徒歩十分ほどだった。 アパートは六階建てで、三階がゼロ先輩の部屋らしい。
エレベータで三階まで行き、少し廊下を進み三〇三号室の前まで来る。
ゼロ先輩はそこでチャイムを鳴らした後――。
「ゼロゼロ!」
と、扉の前で言う。
すると――。
「インフィニット!」
という声が扉越しから聞こえてきた。
僕がきょとんとした顔で見ていると、ナナミさんがクスっと笑う。
「扉を開ける合言葉なんですよ。 この辺けっこう物騒ですから」
「そ、そうなんだ」
扉が開き、中から顔を覗かせたのは女の子だった。 この子がゼロ先輩の妹か?
「お帰りお姉ちゃん! あれ? さっき出ていったと思ったけど、もしかして忘れ物?」
「ううん! 帰ってきたんだ! ただいま!」
ゼロ先輩の妹は後ろに居る僕たちに気づく。
「あ、ナナミっち! 久しぶり!」
ナナミっち?
「久しぶり~レイちゃん! 元気してたかぁ?」
「うん! 元気だよ!」
「喜べレイ! 今日はみんなでパーチーだ!」
ゼロ先輩が片手に持っている買い物袋を掲げる。
「うわマジ!? やったー! あ、その人は?」
妹が僕の方を見て聞く。
「あ、初めまして! 僕は赤井リュウジ! ゼロ先輩の雑誌部の部員です! ゼロ先輩にはいつもお世話になってまして――」
頭を下げる僕に、ゼロ先輩は笑った。
「リュウジ君いいよそんなかしこまらなくて!」
「は、はあ」
「この子が私の妹、零(れい)だよ! ほらレイ! 挨拶は?」
「やめてよそういう子ども扱い! 挨拶ぐらいできるよ! ……黒澤レイです。 よろしくお願いします」
ゼロ先輩の妹、レイちゃんが礼儀正しくお辞儀する。
「うん、よろしくね」
中学生ぐらいだろうか? ゼロ先輩と顔もよく似ている。 少しドキドキする。
ゼロ先輩は「遠慮せず入って!」と言うと、中へと入っていった。
「姉も妹も、名前の漢字は一緒で読みだけ英語と日本語なんです。 面白いですよね」
ナナミさんがコソっと言う。 ああ、言われてみれば確かに。
僕とナナミさんは「お邪魔します」と言って上がらせてもらった。
スーパーで買ってきた食材の入った袋をキッチンに置き、僕は家の中を見回す。
キッチンと隣接するリビングにはソファーが一つに、その前にテレビ。 家具などは必要最低限といった様子で、部屋の中はさっぱりとした印象だった。
ゼロ先輩だからともうちょっと雑な部屋のイメージもあったが、どうやら人は見かけで判断してはいけないというのは本当なんだろうなと思った。
「リュウジ君はそっちのソファーにでも腰かけてくつろいでなよ」
「いや、僕も何か手伝いますよ!」
「いいからいいから! 疲れたでしょ!」
ゼロ先輩は僕をソファーまで強引に連れてくると座らせた。
確かに……ここ数日色々な事があった。 ゆっくり寝た記憶もない。 時間が止まってるから寝なくても平気なのかもしれない。 でも精神的には結構すり減ってる気がする。
うん、たまにはゆっくりとするのも悪くないな。
僕はお言葉に甘えてソファーに深く座り、窓から差す夕陽の明かりを見つめた。
「リュウジさん?」
横を見ると、レイちゃんが僕の顔を覗き込んでいた。
「あ、どうしたのレイちゃん?」
「雑誌部の人たちって仲良いんですね」
「え?」
「ナナミっちもよく家来るんですよ? この間も雑誌に載せるとかで二人で料理してました」
「そうなんだ」
「今日はお姉ちゃん、取材でゲオルタワーに行くとか言ってましたけど結局行かなかったんですか?」
レイちゃんは僕の隣に座ってくる。 ちょっと距離が近い……。
「あ、ああ。 ちょっと予定変更でね」
レイちゃんに僕から本当のことを言うわけにもいかない。 うまく話をごまかす。
「そうなんだあ。 リュウジさんて、お姉ちゃんのことどう思ってるんですか」
「え!?」
いきなり何を質問してくるんだこの子は!
「どうって……どういう意味で?」
「好きか嫌いかってことです!」
直球すぎるだろ!? 知り合って早々なにこの子!? 何が目的!?
いや、妹なら姉の異性関係に興味があるのは当然か! 僕のことを品定めしているのか? いや、純粋に幼さゆえの好奇心の可能性もあるな……。
「いや、それは……」
なんて答えたら正解なんだ?
……いや、そもそも好きか嫌いかの質問なら答えはシンプルじゃないか!
「好きか嫌いかなら、好きだよ?」
うん、何もおかしくない答えが出来たぞ。 ふふふ、大人のずるい答えで申し訳ないが許せ妹よ。
「え?」
レイちゃんは僕の顔に近づく。 え、なに!?
「じゃあそれって、付き合いたいってこと?」
なぁんでそうなるのぉおお!? 極端すぎるでしょぉおお!?
いや、確かにゼロ先輩は魅力的だし、そういう感情はちょっと抱いたことはあるけど、僕なんかが釣り合う相手じゃないのは分かってる。 そもそも僕はゼロ先輩を尊敬しているのであって、異性として興味があるとかそんなんじゃ――。
「あ、図星だっ!」
ヤバい。 沈黙を肯定と捉えられてしまったパティーン!?
「いやいや! レイちゃん? 違うんだ。 僕はゼロ先輩を尊敬してるし、とても素敵な人だと思ってるよ!? でも、ぼ、僕なんかよりいい人はいっぱい居るのであって!」
「安心してリュウジさん! お姉ちゃんもリュウジさんのこと好きだから!」
“お姉ちゃんも好きだから”
“お姉ちゃんも好きだから”
“お姉ちゃんも好きだから”
“お姉ちゃんもリュウジさんのこと好きだから”
心臓が止まる。 え? 今レイちゃん、なんて?
「お姉ちゃん家に帰ってきたらいつもリュウジさんのことしか言わないんだよ。 今日はリュウジ君とあそこに言ったとか、今日は一緒になにしたとか、そんなのばっか。 あれはもう好きに違いないね」
「でも、好きとは別に言ってないんだよね?」
「そんなの私から見たらわかるよ。 だってお姉ちゃんだもん」
「ま、マジ?」
「マジ。 だからさ、早く告っちゃえば?」
“告っちゃえば?”
“告っちゃえば?”
“告っちゃえば?”
“早く告っちゃえば?”
僕は意識が遠のく感覚を必死に引き留める。
「ほらレイ! あんたもこっち来てちょっと手伝いなさいよ!」
「はーい」
レイちゃんはキッチンの方へと行ってしまう。
「ちょ、ちょっと!?」
レイちゃんを呼び止めようとしたが、ゼロ先輩が「どうしたの?」と聞いてくるから僕は立ち上がる。
「ゼロ先輩、ちょっと外の風に当たりたいんでベランダで涼んでも?」
「いいけど、大丈夫リュウジ君?」
「ええ、だ、大丈夫です」
僕は窓を開けるとベランダへ出た。 夕陽に染まった街の景色が広がる。
落ち着け僕……。 今起こったことを冷静に思い返してみるんだ、うん。
レイちゃんが僕の隣に座る。 ゼロ先輩が僕のことを好きだと言う。 ん?
つまりどういうこと?
ゼロ先輩は僕のことが好きで、ゼロ先輩は僕のことが好き? てことは僕のことが好きってことで、僕はゼロ先輩が好きってこと? ん?
てことは?
……ゼロ先輩は僕のことが好きってことかぁあああ!?
ハァ……ハァ……。
僕は心の中で街に向かって叫んだ。
なんというタイミングで知ってしまった驚愕の事実! なにこれ!? えぇ!?
一応ほっぺをつねってみたが夢ではないらしい痛い。
確かに、僕はゼロ先輩が好きだ。 でも、きっとゼロ先輩は僕のことなんか恋愛対象になんて思わないだろう。 そう思うと怖かった。
だからそれを尊敬という思いに変え、ゼロ先輩への恋愛感情に蓋をしたんだ。
でもレイちゃんの言葉でその蓋がどこかへ吹っ飛んだ。
ゼロ先輩への感情が一気にあふれる。
「はあ……マジか……マジか……」
思わず顔を両手で覆ってしまう。 なんだこの感情……うれしい?
いや、たぶんそんなチンケなもんじゃないぞこれは。
「ふふふ……ふう、ふう」
ああキモいよ僕。 こんな表情ゼロ先輩に見せられない。
本当ならここでブレイクダンスして今のはやる気持ちをなんとか発散したいが、生憎ブレイクダンスなんて踊れないから無理だ。 ふう……。
「リュウジさん?」
ベランダの窓がガラッと開き、ナナミさんが顔を出した。
「うわッ!? び、びっくりした!」
「ごめんなさい驚かせて。 リュウジさん……なんですかその笑顔」
「え?」
あ、やば。 顔だけ元に戻ってなかった。 僕は顔を両手でぐしゃぐしゃに揉む。
「いや、あまりにもびっくりしたもんだから、はは! それより、どうしたの?」
「ゼロ先からリュウジさんの様子見てきてって言われて」
「あ、そうなんだ! 大丈夫だよ僕は! この通りピンピンしてる!」
僕は屈伸運動をして見せた。
「よかった」
ナナミさんはベランダへ入ってきて、後ろの窓を閉める。
「?」
「このアパート、ゲオルタワーに邪魔されてあんまり景色良くないんですけど、夕陽だけはここの眺め綺麗なんですよねぇ」
ナナミさんは柵に肘をついて街の様子を見ながら言う。
「ああ、そうだね」
僕もなんとか心を落ち着かせる。
「ゼロ先、いまレイちゃんと二人暮らしなんですよ」
「え、どういうこと? 親は?」
「お父さんはゼロ先が中学一年の時に病気で亡くなりました。 母親は男を作ってこの街から出て行きました」
「え?」
「母親の作った男はお金持ちらしくて、ゼロ先やレイちゃんの学校のお金も、生活費もアパートの費用も母親と一緒に居る男が出してるらしいです。 ゼロ先もまだ未成年だからここから出れませんけど、成人したら妹と一緒にこの街を出るって言ってます。 母親もこのことは了承してるらしいです」
「そう、なのか」
「こんなこと、私が言っちゃいけないかもしれないけど。 でもリュウジさん、地雷踏んだら気まずくなるだろうなと思って、ゼロ先には悪いけど言っちゃいました」
ああ、何も知らなかったら「あれ? そういえば親はいつ帰ってくるの?」とか言ってしまいそうな所だった。 そう考えるとナナミさんの話は僕には有難かった。
「ゼロ先、リュウジさんのこと気に入ってますよ。 すごく」
「そう……かな?」
僕はまた気恥ずかしくなる。
「ゼロ先めっちゃいい人なんです。 だからゼロ先の心の支えになってあげてください」
「ああ、もちろんだよ。 がんばる」
「私にはもう、それできそうにないから」
「ナナミさん? そんなことないよ! ナナミさんこそ、ゼロ先輩からとても信頼されてるよ?」
「リュウジさん」
「ん?」
「私の秘密、リュウジさんに打ち明けます……」
ナナミさんは急に沈んだトーンで僕に言ってきた。
「どうしたの? なにかあった?」
「私……佐竹タクヤと、付き合ってました」
「佐竹って、新聞部の部長と!?」
「はい。 前も話しましたけど、一年のとき私は新聞部に居たんです。 その頃です」
「そうだったのか……でも、別にそんなの誰も気にしないよ」
「いいえ、違うんです」
ナナミさんは柵に回した腕に顔をうずめる。
「雑誌部と新聞部のパクリ騒動、あったって言ったじゃないですか」
「うん」
「あれの騒動引き起こしたの、私だったんです」
「ナナミさんが? どうして?」
「当時、私は佐竹のことが大好きだった。 冬に新聞部で一大企画をやるって話になって、タクヤも企画で悩んでいて、私はなんとしてもタクヤに手柄を上げさせたかったんです。 ほんと、バカだった……」
「もしかして……雑誌部の企画を?」
「はい……。 発案者はゼロ先輩でした。 盗み見た企画がとても魅力的だったんです。新聞部は雑誌部よりも短い間隔で刊行されていたんで、先に刊行してしまえば雑誌部も何も言えないだろうと思って……。 でもそれが取材の時にゼロ先の耳に入って、騒動に発展した。 タクヤは私を庇いました。 この企画はすべて俺が作ったものだって。 パクリも認めませんでした。 そしてそれがきっかけでタクヤは私と別れました。 私はタクヤとまたやり直したくて、新聞部を抜けて雑誌部に入ったんです」
「……」
「ええ、そうです。 新聞部と雑誌部は元からライバル関係にあった! だから雑誌部の動向をタクヤに伝えれば、きっとタクヤも喜んでくれるって、そう思って……」
「つまり、スパイってやつか」
「はい。 でも、ゼロ先と関わっている内に……目が覚めました。 どうして、私こんなバカなことしてるんだろうって」
「もしかして、先日ゲオルタワーをハスミ姐さんと取材していたタイミングで新聞部が居たのも?」
「私の情報です。 タクヤ……最初は私の話を聞かなかったのに、いつしか情報を求めるようになって、求められて私もうれしくなって……その繰り返しでした。 でもゼロ先と過ごす内に、罪悪感がどんどん大きくなって……。 私分かってました。 タクヤにもう私への愛が無いことに。 だから、ゲオルタワーの情報を最後に私はもう情報は渡さないと言ったんです。 タクヤはそれを了承して……私も次にゼロ先に会ったら本当のことを言おうと思ってたんですけど……こんなことがあって、言える雰囲気じゃなくなっちゃいましたね。 この件が片付いたら言おうと思ってます」
「ナナミさん……」
「だからリュウジさん。 私にはもうゼロ先を支えてあげられません。 ゼロ先は私のことを許さないと思います。 だからその役目はリュウジさんが――」
「ゼロ先輩のこと、ナナミさんはまだ分かってないね」
「え?」
「少なくともゼロ先輩はそんなことで関係を終わらせるような人じゃない。 現にナナミさんはこうして罪の意識に苛まれて後悔してる。 そんな人を、突き放すような人だと本当に思ってるのか?」
「それは……」
「だとしたら君はまだゼロ先輩を何にも分かってないね。 うん、わかってない」
「……」
「言っても言わなくてもいい。 でも、言うことで懺悔になるのなら、言うべきだよ。 そしてそのとき確認してみればいい。 ゼロ先輩の凄さをね」
「リュウジさん……」
「でも、僕に言ったことで少しは勇気を持てたならいいな。 僕は聞かなかったことにするよ。 これは雑誌部と新聞部の問題であり、ナナミさんとゼロ先輩の問題だ。 ナナミさん。 本当に申し訳ないと思っているなら、解決してみるんだ。 大丈夫! ナナミさんならできる!」
僕はゼロ先輩がいつもそうしているような口調で言う。 ナナミさんの顔は、少し柔らかくなった。
「リュウジさん、ありがとうございます」
「ああ、あともう一つ」
「はい?」
「その敬語、今日でおしまい。 ずっと引っかかってたんだ。 僕たちタメだろ?」
僕はどさくさに紛れて今までナナミさんとの間に感じていた壁を壊してみた。
「ふふ」
ナナミさんは笑う。
「そうだねリュウジ! これからもよろしく」
「ああ! よろしくなナナミさ――じゃない! ナナミ!」
「じゃ、私手伝ってくるから!」
「ああ!」
ナナミは中へ入っていき、再びゼロ先輩とレイちゃんとで料理の支度をし始めた。
僕は再び街を眺める。
夕陽が……決して動かない夕陽がこの街を照らしている。 その夕陽は心細く、助けを求めているように感じられた。
戻るんだ。 元の時間に戻って、またみんなと変わりないけど、変わる日常を手に入れるんだ。 そのためにはメデューサを見つけないと。
……あれ? おかしいな。
ない。 さっきまであったはずの夕陽が。 なくなっている。
僕は驚いて周りを見た。
「え?」
辺りは夕陽ではなく夜のように暗くなっていた。
それだけじゃない……真夏なのに、雪も降っている。 今まで見ていた街の景観も、街灯も街明かりもなく、朽ちて荒廃した街が広がっている。
「なんだ……これ」
寒い。 体が氷のように冷たい。 冷たい風。
「どうなってるんだ……これはなんだ!?」
体が動かない? だから後ろに居るゼロ先輩たちを見ることが出来ない。
柵に触っている手の平から、鉄の冷たい感触が体の芯までゾクゾクと伝わってくる。
僕は必死に体を右左に動かそうしたが、それはいずれも徒労に終わる。
そして感じる。
僕が手をつく柵の向こうから……何か黒い存在が這い上がってくるのを!
這い上がってきた黒い存在は僕の柵についた手をがっしりと掴み、それを支えにしてなおも這い上がってくる。
(これって、人の頭!?)
そいつは長い髪をしていた。
風に乗って、生物が腐敗した臭いと……煤のような、何かが焦げて酸っぱくなった臭いが僕の鼻を刺激する。
やがてその黒い存在は僕の鼻先までニョイっと上がってくると、段々とその頭をあげてその顔を露わにしていく。
(いやだ……見たくない……見てしまったら……僕は……!)
でも顔を背けることも目を瞑ることもできない。 僕はその頭が顔を見せるまで見つめ続けていた。
そしてその顔の全容が明らかになる。
顔は真っ黒に焼けただれ、白く濁った眼。
その口は何かを伝えるようにパクパクと魚のように動いている。
『ヤットアエタ』
「リュウジ君!」
「!?」
突然後ろから声が聞こえ、振り返った!
そこに居たのはゼロ先輩だった。
「ど、どうしたのリュウジ君?」
「ゼロ先輩……どうして?」
「いや、何が? リュウジ君小一時間ベランダから出てこないから気になって見に来たんだけど、邪魔しちゃったかな?」
小一時間……僕、そんなに居たのか。
「いや……あ、今の……何だったんだろう」
気づくと周りの景色も今までと変わらず、夕陽が街を照らしている。 黒い影もない。
「大丈夫? 一応ご飯できたんだけど、あとで食べるか?」
「あ、いや……行きます。 ありがとうございます」
「リュウジ君」
「はい?」
「どうして泣いてるの?」
言われてから気づく、目から大量に涙が溢れていた。
どうしたんだ僕……。 遂に精神おかしくなって白昼夢まで見るようになってしまったのか?
「大丈夫です。 ちょっと変な夢見ただけです……」
僕たちはそのままゼロ先輩たちが作った料理をみんなで食べた。
何故か味を感じない。 さっきの変な夢を見たせいだ。 なんでだろう……ゼロ先輩の手料理……こんなにも嬉しいことはないのに僕の頭はさっき見た夢で埋め尽くされてる。
あれは何だったんだ? 幽霊? 僕、なんか変なのに憑かれてる?
妙にリアルだった。 まるで現実のような感覚がした。 あの黒焦げの奴に触られた手の感触と、臭いがまだ鼻に残っているような気がした。
「リュウジ君……ごめーん! もしかしてカレー好きじゃなかった?」
口調は明るかったが、ゼロ先輩は割とけっこう半端なく悲しそうな表情で言う。
「いや、そんなことは!」
「ゼロ先……カレー嫌いな奴そうそう居ないっスよ。 めっちゃ美味しいっス! リュウジ? あんた具合悪いんでしょ? さっきから文系が理系の授業受けてる奴みたいな顔してるよ?」
なんだその例え。 まあ、具合が悪いと言えばある意味悪いのは確かだ。 まあ、ナナミなりのフォローか。
「すいませんゼロ先輩……ちょっと食欲が……どうしちゃったんだろう」
ゼロ先輩は僕の隣に来ると肩を貸しててソファーまで連れて行ってくれた。
「具合が悪いなら、休む! これしかないネ!」
ゼロ先輩……なんか今にも泣きそうな表情だ。
ああ、分かってる。 めちゃくちゃ悪いことしてるな僕。
「ごめんなさいゼロ先輩……。 今度、また作ってください……ゼロ先輩の手料理、また食べたいなあ」
僕がソファーに横になりながら言うと、ゼロ先輩は頭を撫でてくれる。
「ああ、なんか……この手……安心するなあ」
「お、おいおい! 気持ち悪いこと言うな!」
ゼロ先輩が僕の頭から手を放そうとしたが、僕はその手を掴んで再び頭に持ってきた。
「ふぇ!?」
「しばらく、こうしていてください……」
「……し、しょうがないなあ! 特別だゾ!?」
ナナミさんとレイちゃんの笑い声が聞こえてくるが、「早く食べろ君たち! 私は病人の看病ダ!」というゼロ先輩の声が部屋に響く。
なんでだろう。 こんなにもゼロ先輩を恋しく思ったことはない。 そばに居てくれるだけでこんなにも安心するのはなんでだろう。
まるで、母親の腕に抱かれた赤ん坊みたいだな。 そう思いながら、僕は眠りに落ちた。
……どれだけ眠ってしまっただろうか。 意識はまだまどろみに包まれてる。
近くから声だけが聞こえてくる。 これはゼロ先輩とナナミとレイちゃんの声だ。
「フードを被ってるから顔ははっきり写ってないけど、よく撮れてるネ」
「しかしゼロ先、あの状況でよく写真なんか撮ろうと思ったっスね」
「なになに? 何が撮れてるの? 幽霊?」
「そんなんじゃないよ、人だよ」
「ふーん。 てかお姉ちゃん取材にまだそんなかさ張るカメラ使ってるの? これからの時代はこれだよ、これ!」
「レイちゃんなにその眼帯みたいなの?」
「これね……こうやって目にくっつけてね? こうやって……」
パシャっという音と共に目をつむった視界に少し光源が広がる。
「ほら、これで写真が撮れるの。 スマホと連携できるから、撮った写真はすぐ確認できるんだよ。 ジャーナリストならそんなかさ張って取り回しもし辛いカメラより、こっちの方が良いんじゃない?」
「いいの! こっちの方が雑誌記者って感じするでしょ!」
「相変わらずそういうところステレオタイプなんだから!」
「レイちゃんもしかしてジャーナリストになりたいの?」
「うん! 私の腕があれば、すげー面白い記事が書けるよ!」
「じゃあ高校行ったら雑誌部入りなぁ! 才能を開花させるんだぁ!」
「ふふん! 私の腕前見たら、飛ぶぜ?」
「あ、ルージュさんの電話で良かったです? 私、ゼロですけど。 え? ああ、ちょうど私ももう一度会って話したかったんですよ。 はい……はい。 明日っていっても私たち時間の感覚がまだよくわかなくて……え? だいたい十二時間後に? そうですね……じゃあキリの良いところら辺でナナミの図書館で。 はい……はい」
僕は再び眠りの中へと落ちていった。
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