光部屋

奈良 敦

光部屋

 その友人は都内でも一等地にある大きな屋敷に住んでいて、僕は彼の家へ何度も遊びに行っていた。彼は父親が大学病院の院長をしており、何不自由なく生活していた。

 大きな屋敷に物置として利用される部屋がある。友人はいつもそこの部屋に僕を招いていた。


 その部屋には、ライター・マッチ・電球・蛍光灯・懐中電灯など光を発するものがたくさん置かれていた。僕は勝手にこの部屋を光部屋と呼んでいた。

 彼は小学生の時に初めて出会ってから、光るものが大好きで将来は光について研究したいと僕に話していた。

 ある日、特別やることもなかったので、僕は彼の家へ遊びに行くことにした。インターフォンを押そうとすると、ドアがガチャっと開いて彼が出てきた。

 「やあ君か。面白いものを買ってね。君に見てほしくて呼ぼうと思ってたところなんだ」

 彼は僕をいつもの部屋へと連れて行った。

 「これはドイツから取り寄せた最新の懐中電灯。通常の懐中電灯と比べても3倍明るい懐中電灯なんだ」

 「それからこのライター。水の中でも火が付くんだ。消えないなんてすごいだろ」

 「すごいね。ライターも懐中電灯も見た目は普通のと何も変わらないのに。このライターも外国のものかい?」

 すると彼は黙ったままうっすらと笑みを浮かべるだけだった。


 中学生になると、彼は光について理科の先生に質問したり、本を読んだり、1度は大学の教授に光についての手紙まで書いていた。

 彼は病気と言われてもおかしくないほどに光に没頭していた。

 僕は彼とは同じ中学校だったが、忙しくなったこともあり、彼の家に遊びに行くことはなかった。

 そんなある日、大学病院の院長を務める彼の父が亡くなった。彼は1歳のころに母親を亡くしているため、中学生にして両親を失ったことになる。

 彼の家へ御霊前を渡すために訪れたとき、彼の親族のような男性が

 「まだまだ人生はこれからだからな。あまり落ち込んじゃあいかんぞ」

 しかし彼はさほど悲しんでいる様子でもなく

 「はい。でももう大丈夫です」

  彼は父親の莫大な遺産を受け継ぎ、ますます光について熱中し始めた。

  彼は大小さまざまなカメラを購入した。それは写真を撮るためではなく、カメラのフラッシュがカメラごとにどう違うのかを知るためだった。

 

 中学校を卒業した彼は高校には進学せず、自宅の敷地に作った実験場で光の研究を始めた。

 僕は高校に進学し、勉強に部活動など忙しい毎日だったが時々彼のことが頭に思い浮かぶことがあった。

 高校2年生の夏休み。僕は彼の顔を見ようと彼の家へと向かった。

 驚いたことに、あの大きな屋敷は幽霊屋敷のような不気味な雰囲気を醸し出しており、広大な庭は草が伸び放題になっていた。

 どこから入ればいいのかあたりをウロウロしていると、彼が庭の奥にある小屋から歩いてきた。

 「やあ久しぶりだね。庭に実験場を作ったんだ」 

 久しぶりに彼の顔を見たが、僕と同じ年齢とは思えないほど老けていた。頬は痩せこけ、腕はほとんど骨と皮だけかと思うくらい細い。

 「大丈夫かい。かなり痩せているようだけど」

 「気にすることはないよ。それより実験場を見てほしいんだ。きっと君もびっくりすると思うよ」

 彼に連れられ、彼が作った実験場へと案内される。入口の表札には、光部屋と書かれていた。

 「僕らが小さいとき、君はライターや蛍光灯がたくさん置いてある部屋を光部屋と名付けていたね。あれはいい名前だと思って勝手ながら使わせてもらったよ」

 「よく覚えていたね。そんなことより早く中に入れてくれよ」

 中に入ると真っ暗だった。

 しばらくすると、急にものすごく明るい球体が現れた。とても光が強く、まるで太陽が目の前に落ちてきたようだった。

 「びっくりしたかい。これが僕が作った特大の電球さ。太陽みたいな明るさをこの地上でも再現できないかと思ってね」

 「びっくりしたよ。それより早く明るさを落としてくれないか。まぶしくて目も明けられない」

 特大の電球は明るさを落とし、僕はようやく目を開けることができた。

 「こんなものを作っているのかい」

 「僕は明るいもの、光るものが好きなんだ。なんなら自分が光になりたいくらいなんだ」

 「人間を辞めて、光になるなんてできないよ」

 「自分が明るく、光り輝くものになれるように研究をするのが僕の使命なんだ」

 「そうかい。まあ無理はしないでくれよ」

 彼の発言に薄気味悪さを感じながら、実験場を後にした。


 高校も卒業が近くなった2月上旬。

 家で漫画を読んでいると、インターフォンが鳴った。外に出てみると瘦せこけた彼がそこに立っていた。

 「やあ、久しぶり。急に訪ねてしまって悪いね」

 「いや別にいいよ。君、前より痩せたんじゃないのかい」

 「まあ、少し瘦せたかな。今日の夜空いてるかい?」

 「特に用はないけど」

 「じゃあよかった。君に見せたいものがあるんだ。今日の夜10時にうちに来てくれ」

 そう言うと、彼はくるっと回れ右をして速足で去っていった。

 

 そして夜10時。僕は彼のうちへ着いた。玄関で彼が待っていた。

 「来てくれてありがとう。この前の僕の発言を覚えているかい?」

 「とても印象深かったから覚えているよ。人間が明るく光り輝くものになれるよう研究するのが僕の使命っていうやつだろ」

 「そのとおりさ。僕は小さいときから太陽のような明るいもの。光り輝くものが大好きで自分もそうなれればいいなと思っていた。どうすればなれるのかずっと考えていたよ。そしてついになれる方法を考え付いたんだ」

 「へえ、どうするんだい」

 「こうするのさ」

 彼は右ポケットから昔見せてもらった水の中でも使えるライターを取り出すと、自分の服に火をつけた。火は一瞬で彼の全身を包む。

 「あはははは」

 全身が火に覆われているにもかかわらず、彼からはこれまで聞いたことがないほどの大声で笑っている。

 僕は驚きのあまり、その場から動くことができなかった。はっと我に返った時には

彼はその場に倒れ、その後動くことはなかった。


 光り輝くものの何が彼をここまで追い詰めたのか。

 光とは何なのか。

 光にはどのような力があるのか。

 

 50代の中年男性となった現在でもふと考えてしまうことがある。


         -----完-----

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