第8話 盗賊『鷹の鉤爪』

 ジャミアが二人を連れて訪れたのは、ステラが踏みぬいてから間もない地雷原。真っ黒の焦げた道が、基地の内から外へと一直線に続いていた。


「まさか地雷を直せって言うのかい?」

「いいや。待てば分かるさ、間もなくだ」


 言われて二人は、ジャミアが見つめる砂漠の地平線を見た。すると、次第に複数の人影のようなものが現れて、それらがゆらゆらと陽炎に遊ばれているのが見える。


「何かが猛スピードで近づいてくる……もしかしてまた砂蛇、じゃないよね?」

「安心しろ、砂蛇はここ数日で急激に個体数が減っている。何者かが皆殺しにしたか、あるいは驚異的な捕食者が現れたと私は推測しているがな」

「あー……ハハ、流石生態学者だ。俺は後者の説を推すよ……」


 心当たりしかない二人は、それについては沈黙を貫いて地平線の人影を待つ。――そして、それは間もなく彼らの下に到着した。


「来たか……はぁ、今日も時間通りだな」

「よぉジャミア・ロックス! まだここに居座っていたとはなぁ! いい加減にこの基地を俺達『鷹の鉤爪』に明け渡したらどうなんだぁ?」


 やってきたのは、ジャミアが先述した盗賊『鷹の鉤爪』であった。リーダーと思しき男が声を荒げて脅しをかけている。


「彼らが『鷹の鉤爪』ですか」

「確かに、ナギの戒杖みたいな杖を持ってる人が何人か……本当に魔術師もいるとはね」

「そうだ。目下我々は奴らの様々な遠距離攻撃で嫌がらせを受ける毎日、という訳だ。防衛の地雷があるからまだいいものの……いつここが陥落されてしまうのか分かったものではない」

「へえ、そいつはご苦労様~」

「――そこで、お前たちの出番という訳だ」

「へっ?」

「はっ!?」


 他人事のように振る舞っていたステラだったが、唐突の指名に思わず拍子抜けた声を上げる。まさかと思ってジャミアの方を見ると、その顔は「今頃気付いたのか」というあくどい笑みを浮かべていた。


「さあ! お前たちが『鷹の鉤爪』の一員でないのならば、ここで戦って証明してみせろ!」

「そんなぁ! 俺達さっきまで遭難してたんだぞ!? それをいきなり戦わせるだなんて!」

「うわあ、まんまとしてやられましたよステラ……水と食料を頂いちゃった手前、僕達には断りづらい話です……いや、そうなるように仕向けられたということですね」

「鷹の鉤爪共。この基地を渡せと言ったな? 生憎私はここアームルートの責任者だ。そんな提案には首と胴が千切れたとて了承することはないだろう。それに――」


 悲嘆に暮れる二人に構わず、ジャミアは堂々と啖呵を切った。そして項垂れた二人の手を無理やり引くと、「ほらっ」と盗賊たちの前に突き出して宣言した。


「今回のお前たちの相手はこいつらだからな」

「あぁ? なんだとぉ~?」

「あー、えっと……」


 戸惑う二人に対し、盗賊たちは依然威圧的な視線を送っている。逃げれば恩知らず、立ち向かえば戦闘開始。しかし現状は食うものと飲むものに飢えている。旅の道すがらの面倒は避けたかったステラだが、ここは仕方ない、と渋々腹を括るしかなかった。


「ど、どーもどーも! 皆さん遠路はるばるご苦労様ですぅ~。ハハ、ハ……」

「なんだこのフザけた野郎?」

「撃ちますかい?」

「ああ、準備しろ」


『あーあー、ご機嫌取りが通じる相手じゃなさそうだ。やっぱり……』


「こっちが手っ取り早いかなッ!」

「は、はやっ!?」


 瞬間。砂の蹴り上げられた音と同時に、ステラが高速で正面から突進を始めた。

 彼の不意打ちはさながら人間大砲で、あまりの出来事に盗賊たちはまず最初にどよめきを上げる。

 砂が舞い上がり、それらが地面に落ちるのより先にステラが敵の下へ辿り着こうとしている。速さに見慣れているナギは、その超常的な様を見て第一に「今度もステラの勝ちか」と勝利を確信した。その後にはどれだけジャミアから物資をいただこうか、と他愛もないことを考えようとしていた。しかし――


「グアッ! いてっ!」

「きゃ! ……あれ?」


 ナギの予想を裏切って、ステラは出発した地点に転がりながら帰ってきた。誤魔化したように笑っていた彼だったが、見たところこの一瞬で盗賊団から反撃をされた様子はない。外傷一つ追わず跳ね返されたので、一行は疑問符を頭上に浮かべた。


「ステラ、ど、どうして……!?」

「見えない壁があった……この感じ、かも」

「ハッハー! こいつ正面から突っ込んできたぞ、馬鹿め!」


『魔術防壁? 一体いつから……?』


「なんだよなんだよ! 魔術師ってそんなに沢山出てきて良いもんなのかよ~!」


 ステラは思わず文句を垂れて、砂の上で地団太を踏んでいたが、ナギもその文句には賛成だった。そもそも魔術師は本来稀有な職業であり、普通の魔術の実践一つとっても常人では数年の歳月を要する。

 その中でも魔術防壁とは物理攻撃を弾く透明な壁であり、数ある魔術の内では特に高度な知識と経験が求められる術の一つだ。盗賊の身でそれを為すことができる者が居るというのは、極めて不自然なことである。

 加えて、剣や槍などの武器を持つ彼らが一向に接近戦を仕掛ける様子が無いこともナギにとっては気掛かりだった。


「……そうですね、まだまだ分からないことだらけですが、ひとまず魔術には魔術で対抗しましょうか。――ステラ! 彼らに向かって砂を蹴り上げてください! まずは見えない壁を暴きますよ!」

「な、なるほどね!?」


 咄嗟にバシッ、と砂を蹴り上げると、舞い上がったそれは盗賊団の方へ覆いかぶさる。続いて、ナギは戒杖を振り回して威勢よく唱えた。


「再び! 『ランジスの大河』ッ!」


 砂の粒はナギの生成した水と混じって泥になり、目に見えなかった魔術防壁に付着。そうして正面を防御する防壁を暴くことに成功した。


「ぐおぉっ、泥を付けやがった!」

「前が見えないぞ、壁を解除しなくては!」

「馬鹿、それしたら……」


「あ、あれ……?」

「なんか、勝手に混乱状態になってるね」


 ステラとナギの連携攻撃の結果、防壁に泥が付着して正面の視界をふさがれた盗賊達。するとその事態に慌てふためいた彼らは、防壁の中で砂を掻き立てるほどに騒ぎだしたのだ。

 ナギは暫く魔術で純水の雨を降らせたが、ステラが何もせずとも砂は舞い上がり、やがて彼らを取り囲む防壁の姿が露わになる。

 そうして次第に浮かび上がっていったのは、ぐるりと盗賊たちを守る、亀の甲羅の形をした防壁であった。


「こんな大きなものを……現れた時からずっと展開していたようですね」

「よ、よーし……? それじゃあ、早速この壁をブチ壊して——」


「くそー! タネがバレちまった!」

「うむ。お前たち、!」

「おぉーっ!」


 すると、ステラが構えを取った直後。突如として盗賊団は凄まじい勢いと連携で陣を変形。踵を返して撤退を始めた。


「え、もう逃げんの!?」


 それまでの厚かましさ、威勢の良さはどこへやら。鷹の鉤爪は何かを言い残す訳でもなく、まるで役目を終えたようにして元来た方へと姿を眩ませる。

 後に残されたステラとナギは、ただ唖然とした表情でその一部始終を眺めるしかなかった。


「俺、砂蹴っただけなんだけど……」



 事態が収束し、再び基地アームルートの中へ。ステラは大きくふんぞり返って、ジャミアに向かって圧をかけていた。


「よくも騙してくれましたね~、ジャミアさんよぉ~?」

「何を言う。普通、無条件でモノを出されたら警戒くらいするだろう。君達が特別間抜けだったから騙されたのだよ。――まあとにかくおめでとう。これで盗賊の一味という疑いも晴れた訳だ」

「騙す為に提供したってことは、元々疑ってなかったんだろ……!」

「さあて、どうだか」


 ニヤニヤと憎らしく笑って目を逸らすジャミアを、ステラは奥歯を噛み締めて睨みつけている。ナギはその様を傍から見つめて「犬のようだ」と心中で呟いた。


「アレだけ地雷を壊されたのだぞ。多少いいように使っても罰が当たらないと思ったのだがな」

「ってか、その地雷もアンタが自分で作ってるもんだろ? アンタの大嫌いなでさ」

「……!」

「え!? 一体どういうことですか、ステラ?」

「俺は直接踏んだから分かるけど、アレには確かに魔力反応があった。多分、中に起爆術式のようなものがあって、踏めばそれが発動する組み込みタイプの魔術だよ。ほら、魔術武装と似たものだ」

「つまり……嫌いなはずの魔術をただ使うだけでなく、効果的に応用していたと?」


 ナギが要約すると、それまで表情を変えなかったジャミアも眼鏡の奥の瞳がわずかにたじろいでいる気がした。


「あ……アレは作るのに時間がかかるんだ。消費するのは一瞬なのにな。その間の防衛を頼むという意図もあっただけで、魔術仕様なのは別に今は関係がないことだから……」

「はぐらかすなよ。あれだけ魔術が嫌いって振る舞っておいて、結局自分も使ってるじゃないか! 本当は得意なんじゃないのかい? 色々詳しそうだったし、ただ人に見られるのが恥ずかしいだけで――」


――ガタッ


 彼の無遠慮な言葉を遮って、ジャミアが椅子から立ち上がった。


「私は……私は……ッ!」

「え、えっと……ご、ごめん?」


 軽はずみな発言を恥じたステラは、態度を一変させて申し訳なさそうに振る舞う。ジャミアはふいと彼の方を見遣ると、小さくため息を吐いた。


「好き嫌いと得手不得手は、時には両立しないものだ。ただ、それだけの話だよ……」


 意味深に言葉を残し、彼女は立ち上がった勢いそのままに部屋を去ろうとした。再びはぐらかされたようで納得の行かない二人は、ついその背中を呼び止めようかと喉に言葉を詰まらせる。

 しかし、その必要もなくジャミアの方から扉前で立ち止まって、顔を向けずに喋り始めた。今度は言葉を選ぶように、慎重に。


「実は……奴らは毎週この時間に現れるんだ。だから、次に来るのは七日後。そこで、もしお前たちさえ良ければ、『盗賊の撃退とその間の基地内での雑務』を条件に『望むだけの水と食料』をやろうと思うのだが……」

「……マジ?」

「本当ですか!?」


 どうだろうか、と彼女は念を押すように言った。しかし、興奮して喜ぶナギとは別にステラの表情は険しい。


「一つ疑問なんだけど。どうして急にそんなことを?」

「恥ずかしながらここは人員が少なくてね。慢性的に人手不足なんだ。まあ、魔術師二人にくれてやる仕事と備蓄くらいはあるということさ」

「本当にそれだけかい? これは邪推だけど……まさか『奴らに後腐れなくこの基地を渡そう』だなんてつもりじゃないよね?」

「はっ……! そ、そういうことなんですか!?」

「何故私がそんなことを? 撃退を依頼しておいてそんなことをする奴が居るか? 相変わらず間抜けな奴だ、全く……」


 ジャミアは嫌味を吐いたが、決して振り向いて顔を見せないので、その表情は誰にも読み取れなかった。紺の後ろ髪を見つめて、二人は怪訝そうな表情を浮かべる。


「ジャミア……君は——」

「案ずるな。この基地は私の大切な家だからな。ただ……ただ少し、悩んでいるだけだよ」


 小さく呟いた後、ジャミアは何も言う隙を与えずに塔を降りた。塔の螺旋階段をコツコツと降りるその足取りは、焦りを感じる。

 窮地の彼女は、盗賊の撃退をステラ達に依頼した。しかし、一方でその羽振りの良さはどこか破滅的にさえ見えてしまう。

 そんな彼女のちぐはぐな振る舞いを思うと、ステラは次第に胸がざわついて、居ても立っても居られなくなってしまった。


「ステラ、何をする気ですか!」


 ナギの声を無視して衝動的に走り出すと、塔の窓を勢いよく開けて見下ろす。眼下に地雷装置を持ち歩くジャミアの姿を見た。――おそらくそれらを再設置しに行くのだろう。


「ジャミア!」

「な、なんだ! 急に呼ぶな、びっくりするだろ……」

「あんまり乗り出すと危ないですよ、ステラ!」


 見上げた彼女は、西日の眩しさに思わず目を細めた。視線の先のステラを鬱陶しそうに見つめている。


「盗賊、絶対撃退するから! 俺達に、と任せといてよ!」

「ど、どーん……だと?」

「絶対勝つからね~!」

「……はぁ。いきなり何を言い出すかと思えば、全く」


 男の勝利宣言は高らかに、透くように基地内へと広がっていく。

 男は太陽にも負けない騒々しい笑みを向けるので、ジャミアは迷惑そうに微笑んで、彼には聞こえない声で呟いた。


「……期待しているぞ、魔術師」

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