星追い序編

第1話 最速の魔術師

第1話 最速の魔術師


 そこは西の果てにある、名も無き町。消えかかった街路を辿りながら、二人の男女がをしていた。


「どこなんだ〜……」

「どこだろうねぇ」


 頼りなく返事を返す男は、その風貌も同じく頼りがいのないものだった。しかし探し物について親身になってくれた彼の優しさについつい甘えて、女は肩を並べることになってしまったのだ。

 それは、遡ること一時間前……。




「やめなさいよ、ちょっと!」


 渇いた小さな町に、女の悲鳴が木霊こだました。悲鳴に駆け付けようとする者の気配はなく、廃墟の町はとうに荒くれ者の巣窟と化してしまっていることがそれだけで良く分かる。


「お嬢ちゃん、ここがどんな所か知ってるだろ? ロクな人間もいやしねえ、どの国の管轄にもねえ。荒くれ者が集まる無法地帯なんだぜ?」

「おとなしく捕まってくれりゃ悪いようにはしねえよ。今日ここを通るキャラバンはかなりワルだって噂だからなぁ、おまえさんを売って日銭を稼がせてもらうだけさ」

「ぐへへ!」


 その女は窮地に陥っていた。元は一つののために遠路はるばる訪れた身。同伴する者もなく、たった一人で町を彷徨っていたのだ。

 カウボーイ。男達の身なりから察するその職業は、かつて人害の著しかった時代において重宝されていた。故に誇り高い者も多かった。しかしモンスターの勢いが強まり、それに関する討伐クエストばかりが増えた現在では、賞金稼ぎをわざわざ生業とする者は減り、カウボーイ達の自治によって治安を維持していたこのような町は、人離れが悪化する一方だった。

 それでも、女は危険を承知である物を探していた。それが彼女にとって最も大事な物なのだから。


 ハットと渋い茶のベスト。そして馬上で威を示すブーツの拍車が音を鳴らす。典型的な賞金稼ぎの風貌をしている三人組は、自らならず者になり果てて、今では賞金首ではなく女の体を目当てに廃墟を根城にしていたのだ。

 女は逃亡の末、ついに路地の袋小路まで追い詰められる。


「なによ、男が何人も寄ってたかって! たった一人の女の子捕まえるのにそんなに必要!? カウボーイの癖に呆れちゃうわねっ!」

「おいおいおい、今更カウボーイなんて居る訳ねえだろ、時代遅れなんだよ!」

「今はマンハントが流行なんだよお嬢ちゃん!」

「ぐへへ!」

「まったく、恥もプライドも無いわけね……良いわよ、かかってきなさい! アンタ等の金玉八個、順番にぶっ潰してやるわよ!」

「え? 八個?」

「俺たち、三人で六個だよな?」

「ぐへへ!」

「あ、なに。俺も含まれてるの?」


 三人の男が見合わせる中で、もう一人の男がそう訪ねた。よく見ると、その男は他三人の恰好とは違い膝下までのロングコートに、黒のスウェットを下に着ている。加えて身体のあらゆる関節部分をサポーターのような鉄板が覆っている。そして何より違うのはその顔だった。


『なんだ、他の三人に比べて結構……』

「誰だテメエ!」

「お前いつからそこに居た!? 何者だ!!」

「ぐへへへ!」


 男は少し考えた後、決め台詞っぽく口角を尖らせて言い放った。


「時代遅れのカウボーイ、かな」

「……!」


 女がその言葉に驚き、目を凝らそうとした瞬間。突風が、女の髪を優しく引っ張るように吹き出した。

 女は突然のことに思わず目を閉じたのち、恐る恐る眼前を確認する。すると、そこでは先程のカウボーイ達が地に伏して倒れていたのだ。


「な、何が起きたの……?」

「どうしちゃったんだろうね?」

「――きゃあ!?」


 メリィッ


「アグゥッ!?」


 女が虚空に問いかけたその独り言に対し、何もなかったはずの背後で誰かが答えた。驚きの余り、その後ろに向かって放たれた女の咄嗟の蹴りは、見事に謎の男の『急所』にめり込んでしまった。

 男は自らの下腹部を抑えながら、女に訴えかける。


「フーッ、フゥーッ! お、俺味方なんだけどぉッ!」

「ご、ごめんなさい、わざとじゃなくって……」

「た、助けてあげようとしたのに……あ~もぉ~」

「ほ、本当にごめんなさい……ってこれ、貴方がやったの?」

「えっ? あぁ、なんたって俺は『最速の魔術師』だからね」


 最速……の魔術師? 聞き慣れない称号に、女は脳内で一度繰り返した。魔術師ならば、魔法の類を使ってみせたのだろうか、と思案する。


「カウボーイじゃないんだ……えっと、それじゃあ使さん? なんですね」

「あぁ、そこんとこちょっと違うらしいんだけど……ま~からいいや。そんなところで」

「忘れたって……」


 男はズボンの埃を払うと、金的のせいで縮んでいた姿勢を正した。並ぶと女より幾分も高いその背丈から、男の年齢が伺える。


『二十代半ばくらい? それに結構良い顔してんじゃん……さっきの男どもに比べて、だけど』


「君こそ何してたのさ、こんなところで」

「え、私は別に……探し物があったから、ここに来たんです」

「探し物? こんな所には何もないと思うけど。良かったら俺も探そうか?」


 男の眼を見ると、底抜けの親切心が垣間見えた。先の男達のことを思えば、彼のような者が隣に居れば心強い。


「い、良いんですか? その、た、玉を……潰されそうになったのに」

「大丈夫! それにちょっと上の方だったし、せーふせーふ」

「上の方……?」

「俺、ステラ・テオドーシス。適当にそこら辺を旅してるんだ。よろしく」

「えぇ、よろしくお願いします、私はクレメラ。――じゃあ、そうですね。どうせここを離れるなら大通りまで出ましょうか。丁度良い酒場がありますから」




 廃墟ばかりの町にも、キャラバンや旅人の需要に応えるため、きちんとした酒場がある。寡黙な店主が手早く用意したグラスに、注文通りの品がとくとくと注がれた。

 女の探し物は『オシナベ革のティンガロンハット』。それは彼女の死んだ父の形見であり、昔に父がこの付近で失くしたのだと口惜しそうに話していたことを、クレメラは静かに語った。


「オシナベ革ってなんなの?」


 カウンターに肘をつけながら、ステラ・テオドーシスは優しい目のまま問いかけた。片手に持つグラスは艶やかに揺れて、心を安らげてくれる。


「知らないんですか? オシナベは赤褐色の毛を持つ乳牛ですよ。乾燥帯気候でのびのびと育つ生き物ですが、安定した牧草地帯が少ない為飼育数も限られており、その革で作られた製品はなんでも貴重なんです」

「へぇ~、変わった色をしてるんだね」

「ふふ、ちょうど貴方の髪と同じ色でしょうか、ステラさん」

「さんは付けなくていいよ。俺は見た目よりずっと若いから」


 自慢げに語るステラだが、クレメラの目からはどれだけ低く見積もっても二十代を越えているようにしか見えなかった。


「へえ? ちなみに私は十九ですよ?」

「はは、それじゃあ同じくらいだ!」


 カラン、と氷が崩れる音がした。


「えぇ!? ほ、本当なの……!?」

「お、敬語やめてくれた。――っていうかそれバーボンでしょ? 未成年なんだから、まだお酒飲んじゃダメだよ~」


 そういう彼のグラスからは確かにアルコールではなく、かすかに香ばしい茶葉をよく煎じた何かの匂いがした。


「いっ、いいじゃない別に飲んだって! 貴方は私の親じゃないんだから……」

「俺、これでもいっぱしの男だよ? 知り合ったばかりの男の前で酔うなんていけないと思うな~」

「う、うるさい! えいっ……」


 そうは言っても既に注文してしまったのだから仕方がない。これ以上何か言われる前に飲んでしまえ、とクレメラがグラスのバーボンを一気に口に含んだその時――


「あ、あれ?」


 口内に広がった味は、清涼な味わいと、茶葉の香ばしさだけだった。そこにバーボン独特の喉の熱さはない。


「うん? どうしたの?」

「も、もしかして注文を間違えて……い、いえ、なんでもないわ! それよりも探し物の話よ!」


 あそこまで見栄を張って一気飲みをしたのに、アイスティーを注文していたなんて間抜けな話を白状できるはずがない。クレメラは背筋を伸ばして嘘を吐いた。

 そして出来るだけ隠し通そうと話を本筋に戻す。というよりも、これを予め話しておかないと後々罪悪感に苛まれるからだった。ステラが一緒に探してくれるというのならばこれこそ先に白状しなければ、と心中に決めていたことを打ち明ける。


「アレ売っぱらってね……お金にしようと思うの」

「えぇ!?」

「ははっ、そんなに驚かなくても」

「そ、そりゃあ驚くよ! お父さんの形見なんだろう、なんでそんなこと……!?」

「父のものだから、よ。私の父は有名な賞金稼ぎカウボーイだったの。その名もエルサルバドス、別名『金獅子』って呼ばれてたんだけど、聞いたことない?」


 と、クレメラは問いかけたが、ステラの微妙な表情からはあまり良い返事を見込めそうになかった。諦めて説明を続ける。


「――『金獅子のエルサルバドス』は犯罪者共に恐れられていたの。捕まえた悪者は数知れず。百万ベラドを超える額の首を幾つも捕まえてる。そして家に帰る度に、そのお金で沢山のお土産を私やお母さんの為に買ってきてくれたのよ」

「へぇ、いいお父さんじゃないか」


 クレメラの顔はいつの間にか綻んで、にやにやと思い出を回顧していた。自身の表情に気付いた彼女は少し恥ずかしがりながらも、気を取り直して話を続けた。


「父は帰ってくる度私に言うの」


『もし俺が死んだら、俺の形見を売ってお前のもんにしなさい。俺は見ての通りの風来坊だから、いつどこで死んじまうか分からない。死んだ後でもお前に何かしてやれることがあるなら、これくらいだからな』


「……勿論、はじめの内は嫌だ! って断ってたわ。でも会うたび何度も何度も言ってくるものだから、この人はきっと不死身で、ずっと私のことをからかって言ってるんだって、そう思ってた……」

「それで、君のお父さんは――」

「あっけないものよ。賞金首に殺されたわ、三年前に。そいつは今も逃走中……もしかしたら父さんの形見を持ってるかもしれない」

「まさか、君はお父さんの仇を――」

「アハハッ! そんなんじゃないわよ、父は有名な賞金首だったし、元からそういう運命だって割り切ってたから何とも思ってないわ。さっきも言ったでしょ? この廃墟の町で高ーい帽子を無くしたって言うから、それだけでも探しに来たのよ。見つけたらそれを売って故郷に戻るわ。お母さんも家で待ってるし」

「でも、そもそも、それを失くしたのっていつの話なんだい? 三年前でもそれ以前でも、荒くれ者がいるこんな町じゃ既に誰かが持ち去ってるかも……」

「それでも探さない訳にはいかないでしょ? 幸い父は『宿屋に忘れた』って言ってたから、それを当てにして探せばいいわ」


 そう言いながら、クレメラはアイスティーの風味が残る氷を一粒、口の中に放り込んで噛み砕いた。頬の内側を冷やす感覚が、気持ちを入れ替えるのに役立ってくれた。


「さっ! 手伝ってくれるんでしょ? 一緒に来てよ、ステラ!」


 父親譲りの金髪をなびかせて、クレメラは活発そうに立ち上がると、ステラに手を伸ばした。




 ——そうして二人は現在に至る。その町は砂漠に近いのもあって、日射が二人の体力をじわじわと削っていた。


「う~~ん、赤褐色、オシナベ革、ティンガロンハット……う~~ん」

「唱えたって出ないわよ。きちんと探さないと」

「既に探したんだけど、それらしいのは何一つ」

「はぁ?」


 そう豪語するステラの言葉に、クレメラは眼を丸める。まだ探し始めて三十分も経っていない。廃墟の町とはいえ、探し物をするには一苦労の規模である。そう易々と見て回れるはずがなかった。


「もう、真面目に探してよねステラ! ――あれ? いない……」

「あーごめん、こっちこっち!」


 崩れた家の影から、顔をひょいっと覗かせた赤髪の男。慌ててステラが呼ぶ方へ駆けると、そこの室内の箱に円状の埃の痕があった。


「この形、もしかして……」


「多分ここが君のお父さんが言ってた宿じゃないかな。ご丁寧にカウンターの紛失物ボックスに保管されていたらしい。既に持ち去られた後のようだけど」


 円状の部分にだけ埃が無いのは、以前ここにハットのようなものがあったことを想起させた。そして、それが持ち去られたのもごく最近のことだと推測できる。


「ここは砂漠が近くて砂ぼこりが激しい所だから、この感じだと犯人はすぐ近くにいるよ」


 ステラの言葉に、クレメラは肩を強張らせた。すぐそこまで、ならず者と相対する必要が迫ってきているのだと、実感がふつふつと湧いてくる。


「近くに、居るのね……」

「どうする? 戻るかい?」


 ステラの囁きにクレメラの心が揺れそうになった時、何者かの声が室外から飛んで来た。


「いや、その必要なねえぞ!」

「!?」

「伏せろ、クレメラっ!!」


 ドォンッ、ドォンッ、ドォンッ! ――鼓膜を破くような大爆音の後に、古びた宿屋の壁が大きく破損する。ステラがクレメラの頭を無理やり下げたお陰で、誰も負傷することなく済んだ。


「うん? クレメラだと……!?」


 二人が身を潜めるカウンターを越えて、ショットガンを撃ち放った何者かが驚いた。


「もしかして君の知り合いかい……?」

「まさか! ――いや、でも父の名前が有名だから、もしかしたら私の名前も知られて……ま、まずいかしら、これ」

「そうか……」

「ステラ……? 何を考えてるの>」

「じゃあ、ここは俺に任せて」


 この時、クレメラは激しく後悔した。きっと、自身のこの時の表情が、何よりも恐怖に負けそうで、泣きそうで、迷いながらも助けを求めているような顔だったからだ。

 だから、目の前のステラをカウンターから追い出し、勇気を奮い立たせて、目の前の悪漢へと向かわせるまでに鼓舞してしまったのだ。そう思うと、クレメラは自分を激しく責め苛んだ。


「ステラ、待って!」

「君はそこでじっとしているんだ!」


 そう言ってステラは廃墟の宿屋から消えてしまった。怖い、寂しい、どうすれば良いのか分からない。重たい感情に押しつぶされそうになり、暗いカウンターの中で過ごす時間が永遠にも思えた。


「ステラ、早く戻ってきてよね……」

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