第2話
王子様とのハッピーエンドルートでは人が死ぬ。
エンディングについてリコちと話している時には、かなり酒が入っていた。深夜のテンションも加わって、ものすごく悪ノリしていたと思う。
「やっぱさー、ざまぁ系っていうの?最後はカタルシスが欲しいのよ」
「まあお嬢様はちょいちょい嫌がらせしてきてたしねー。ガツーンと痛い目見てもいいよね」
「公爵令嬢様、この度はご愁傷様でした」
「殺すなや」
「あんまりヌルいと面白くないじゃん。設定上魔法使いは貴重すぎて退学にも追放にもできないしさ、殺すしかなくない?」
「おまわりさんここにサイコパスがいます」
「どうしようか、表現上は匂わすくらいにしておく?はっきり描写してCERO:DとかZ目指す?」
「それ目指したほうがいいの?」
そんな感じでグダグダ話し合って、恋のライバルで主人公と敵対していた公爵令嬢には王子様とのハッピーエンド後、精霊の怒りを受けて「赤い靴を履いて(隠語)」「踊り狂って(隠語)」もらうことになった。その姿を冷たく見下すマリーのイベントスチル付きで。明るく天真爛漫なヒロインどこ行った。ノリで殺された公爵令嬢ごめんなさい。
ちなみにノーマルエンドはなんとなく王子様とも友達になるし、公爵令嬢ともなんとなく和解するという玉虫色である。提出期限が迫っていて時間がなかったとも言う。
荷車から降りて駅馬車に乗り換え、また馬車に乗り換える頃には魔法学園での大まかな方針は決まっていた。王子様とは過度に仲良くせず、フラグを立てない。公爵令嬢との接触は最低限。その他の人たちとも適度な距離を保ちつつ、とにかく敵を作らない。開発者とはいえ私が知っているのは全てではないし、この世界が王子様ルートだけで終わった大学提出版なのか、リコちと話し合っていたような複数ルートの同人販売版なのかもよく分からない。何より、これは私の、マリーの人生なのだ。なるべくなら平穏に、誰かと対立したり殺したりなんて物騒な展開はないように生きていきたい。玉虫色上等だ。
魔法も色々試してみた。魔法には詠唱みたいな決まった型があるわけではなく、何がしたいかをイメージしてそれを出現させるという感じだ。また、MPみたいな数値化された魔力量の概念はなく、魔法を使うと単純に疲れる。疲労が極限に達した時が魔力切れとなる。旅の間快適な室温に保つとかお茶を淹れるのにお湯を沸かすとか、無駄に魔法を使ってみたが疲労感は全くなかった。お湯も一瞬で沸くしめちゃくちゃ便利である。あと個人的に水魔法と風魔法、トイレの時に必須。トイレ事情は設定してなかったとはいえ、トイレットペーパーがなく「そのへんでご自由にどうぞ」では文明社会で生きてきた私には厳しすぎる。色々細かな描写は省くが、乙女の尊厳は魔法により保たれたとだけ言っておこう。ちょっと切実に魔法学園のトイレが不安である。
馬車は一面の草原を切り裂くような一本道を進んでいく。すれ違うものもない、単調な景色。馬車に乗っているのは私だけ。あとは食糧を中心とした荷物が詰め込まれている。無蓋の馬車から見上げる空はどこまでも晴れ渡り、御者が時折短く馬に呼びかける声と車輪の音以外は何も聞こえない。変わらぬ環境に飽きて起き上がり、前方に目を凝らすと、緑の草原の端に白い線がうっすら見えた。ぽつぽつと尖って見えるのは塔だろうか。
「『国境』…」
白い線の途切れるところには、きらきら輝く光。海だ。海に近い尖塔のどれかが、魔法学園のそれのはずだ。ようやく見えてきた物語の始まりに胸が高鳴るのは、真梨としての記憶故か、マリーとしての期待故か。
魔法学園は王国の北西、カーク地峡の付け根に位置する『国境』の一部を構成する施設だ。幅10kmほどの地峡には二重の防壁と複数の塔、北方防衛を担当する北方軍団司令部と魔法学園によって堅牢な防衛線が築かれ、魔物の侵入を防いでいる。
…貴重な魔法使いをただ安全な学校に留め置いているというのもなんだし、魔法しか効果的な対抗手段がない魔物がいたほうがいいよねとか、攻略対象にはいろんな年齢層と背景がいたほうがいいし、軍人堅物キャラとか萌えない?とか。
なんかそんなことをリコちと話しているうちに、魔法学園は軍事施設になってしまった。魔法について学びつつ、実践課題として魔物討伐も行うという一石二鳥。設定ばかり先行してストーリーが固まらなかったのも今となっては懐かしい。『国境』より先は、魔物が棲息する人跡未踏の地。人類の生活圏の極限に位置するのが魔法学園なのである。
◆ ◆ ◆
「ここがダットン魔法学園…」
広場で馬車から降り、聳え立つ正門を見上げる。両側には2階建くらいの高さがある壁が続き、中の様子を窺い知ることはできない。壁のこちら側には商店や倉庫、住宅が立ち並び、小さな町が広がっている。海の方に下っていけば港があるはずだ。さっき馬車で通り過ぎたのが軍団司令部と兵営。軍人を中心に全体で1万人近い人口を抱える軍事都市がここ、カークである。
ひとつ息を大きく吸って、私は正門横の通用門を叩いた。ややあって覗き窓が開く。魔法学園の制服を着た私を見ると、何も問わずに門は開かれた。門を開けてくれた20代ほどの女性に一礼する。
「マリー・クラインと申します。この度魔法学園に入学することとなりました。よろしくお願いいたします」
彼女は私を見てにこりと微笑んだあと、ちらと周囲を見渡して困惑したような表情を見せる。
「…お一人で?」
「はい?」
「お付きの方はどちらに?」
「えーと?」
話が噛み合わず、お互いに首を傾げる。ひとまず中へ、と案内されて自分で荷物を抱え上げた私を見て、彼女は目を丸くした。
…そういえば貴族の多い学校だし、召使いの一人でも居て当然なのか。王子様や公爵令嬢には当たり前に侍女とかいる設定だったけど、マリーは自分でなんでもやってたよね。
門をくぐってすぐの詰所に通され、改めて入学許可書の確認を受ける。彼女はダイアナさん。魔法学園で事務員みたいな仕事をしている人らしい。キリッとまとめた深い藍色の髪と緑の瞳が印象的な、なかなかの美人さんだ。
ここでもう3回くらい一人で来たことを確認された。荷馬車に便乗して来たと説明したら、ダイアナさんは少し遠い目になっていた。
「入学に際して最大限の便宜を図る、と説明を受けませんでしたか?」
「あ、はい。なので宿屋は無料で使えてとても助かりました」
「…ええと、はい。そうですか…」
入学許可書には国王名で「この者は魔法学園に入学するので、通行に際し最大限の便宜を図るように」ということが書かれている。それはどうやら、地方領主に依頼して馬車と従者を用立てさせなさい、ということだったらしい。そういえばマリーの記憶にも領主様から申し出があって「申し訳ないから」と断ったやりとりがあったな、と思い出す。
あれ?マリーってわりと独特な価値観を持ってらっしゃる?マリーの記憶に従ってやっていけばこの世界で困らないと思っていたけど、そういえば天真爛漫=ど天然キャラだったっけ。
それではお部屋にご案内をと言われて荷物を抱えた私を見て、ダイアナさんは笑みを深める。下働きの者に運ばせますので、と告げる言葉に若干の圧を感じたのは気のせいだろうか。
魔法学園は北辺の地なので、学生は基本的に寮生活となる。寮までの道すがら、ダイアナさんが生活上の注意点を説明してくれる。
「まずマリー様には身の回りのお世話をする者が必要ですね。学園から身元のしっかりした者をご紹介いたします」
「いえいえお気遣いなく。大抵のことは自分でできますので」
沈黙するダイアナさんの圧が強まり、あ、これって従っておいた方がいいやつ?と思うが知らない人がずっと傍にいるというのも気詰まりだ。マリーは家事全般どころか農作業や採集も自分でやっていたのだから、本当に一人でも困らないのだ。
「あの、私は平民ですし今まで自分のことは自分でやってきました。ひとまず一人でやってみて、もし困るようなことがあれば紹介していただくということでもよろしいですか?」
ダイアナさんは少し困ったように息を吐くと、「かしこまりました」と引き下がってくれた。
「ただし」
と、付け加える。
「今までどのように生活されていたかに関わらず、これから先マリー様は誰かに傅かれる生活を送ることになります。その際の練習だと思って、どなたかをお側に置かれることをお勧めいたします」
魔法使いは必ず国の管理下に入ること。具体的にはどこかの貴族の庇護の下に入るか、婚姻によってその一族となることで貴族階級となること。そうなればそれ相応の言動を求められること。ダイアナさんは諭すように話を続ける。
「今まで後見人がいらっしゃらなかったということであれば、学園内ではマリー様に興味を持たれる方が大勢いらっしゃると思われます。交友関係については十分気を付けてくださいませ」
マリーはモテモテ、というか、魔法学園に入学する年齢になっても未だフリーのおいしい存在と周囲からは見られるらしい。どんなに弱くても魔法使いは兵士では太刀打ちできない戦力となるし、魔法を行使できることは権力の裏付けとなる。平時も産業や研究開発を支えているのは魔法使いだ。配下に置いた魔法使いの数がそのまま権力となると言ってもよい。
ストーリーを考えていくうえで魔法使いの立場について設定を考えたのは私だが、こうやって他者の口から説明されるとなんだか違って響く。
「こちらがマリー様のお部屋でございます」
ダイアナさんが鍵を開け、中に案内してくれる。入ってすぐのところには台所というか水場とテーブルがある。衝立に仕切られてバスルームっぽい区画、それに主人の部屋と使用人の部屋。マリーの実家よりもよほど広いのではあるまいか。寮の設定なんて考えてなかったが、貴族の子弟が生活するのとなるとこれくらいは最低限なのかもしれない。
バスルームにはトイレもついていた。トイレというか蓋付きの穴という感じだし衝立しかないけど、その辺で適当に、ではないだけで安心感がすごい。
「当座の生活に必要なものは一通り取り揃えましたが、他にご入用なものがございましたら何なりとお申し付けください。後程学園内のご案内もいたします」
ダイアナさんが室内の簡単な説明をしている間に、下働きの男の子が荷物を運び込んでくれた。1時間ほどしたら今度は学園の案内をしてくれるということで、いったんダイアナさんとお別れする。
部屋の窓から外の様子を窺っても、ぐるりと壁に囲まれた魔法学園では外壁と空しか見えない。一人で使うにはずいぶん広い部屋だ。荷物といっても着替えと食器くらいしか持ってきていないので、急いで荷解きをするほどでもない。制服のまま整えられたベッドに体を投げ出す。
「ここまで、来ちゃったなあ…」
何がどうして真梨がマリーになったのかは分からないし、突然元の世界に戻るのかもしれない。分からないことだらけだが、とにかく今はここで生きていくしかない。
入学式──ゲームスタートまであと5日。不安もあるけれど、新しい生活の始まりにわくわくしているこの感情はマリーのものだろうか。
よし、と声を出すと、私はベッドから跳ね起きて荷物を開け、整理を始めた。
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