第4話 過去


「お前は、俺のようになるなよ。」


死に行く2、3週間前だっただろうか。

煙草の煙をくゆらせながら、父は言った。

俺の家は、いわゆる裏稼業を生業としていて。

父は、そこの首領だった。

その父が死んだ後、不可抗力で息子の俺が、その後を継ぐことになっていた。

なりたくもないのに。

そんな肩書をあてがわれることになっていた。

「……」

父が死んだその時。

まだ、中学に上がったばかりだった俺は。その世界のことも、大人の世界の事も、知らなかった。

初めて触れたその世界は。その頃の俺には充分すぎるほどのトラウマを植え付けた。

それから数年が経ち、未だにトラウマを抱えていた俺は、父が育てたこの一家を半壊させてしまった。

「……」

父は、博愛主義者だったため多くの部下に慕われた。

襲撃をかければ、そこで奴隷のように使われていた人をうけいれたり、自分を襲ってきた暗殺者を仲間に入れたり……とにかく全てを受け入れた。

―それゆえに、仲間に裏切られ、死んでいったのだが。

その多くの部下達は、彼らは、家ではなく、父に忠誠を誓っていた。

だからこそ、俺なんかが自分たちの上にいることなんて、許すことができなかったのだろう。

「……」

それに加え、俺はあまりにも無知すぎた。

そうして、仲間は二つに別れ、一家は半壊した。

すべてが、壊れた。

(何で親父はこんな世界に住み着いたんだ……)

全てが壊れ、壊されてから、さらに数年。

俺は何も信じることが出来なくなり、何もかもが嫌いで憎くなってしまって。

(俺のようになるなって、言うんだったら、この世界から俺を遠ざけてくれれば良かったのに。)

―まぁ、そんなこと今となっては意味もないのだが。

俺は、薄暗い狭い路地裏で、独り、煙草の煙をくゆらせていた。

「……」

―より正確に言うと、1人ではないが。

「……」

いくつかの屍に囲まれて俺は煙草をふかしていた。

何故、今になってそんな父親の言葉を思い出したのかなんて、分からないのだが。

(走馬灯ってやつか?)

―ハッ

声にならない乾いた笑いが零れた。

我ながら、呆れてしまう。

あんなに嫌いだった、父の言葉をいまだに覚えているなんて。

それを、今わの際で思いだすなんて。

(そろそろ限界か…)

腹部からあふれ出る熱が。

全身の熱を、奪いながら。

こぼれ。

溢れ。

ぬけていく。

(アイツらは……まぁ、来るわけないか)

なんせ、俺がここに居る事なんて、気づいてもいないし、気にしてもいないだろうからな。

(今思えば、クソみたいな人生だったな。)

意識が朦朧としていく中で、様々な記憶が蘇った。

―そのどれもに、父の顔があったことは。誰にも言えない。

(まぁどれだけ思い出したって何も変わらねぇけどな。)

不可抗力で入ったこの世界に別れを告げる事が出来るなら、願ったり叶ったりだった。

―せめて来世は、こんな世界に生まれない事を祈ろう。


まぁ、どうせ地獄落ちだろうがな。



お題:煙草・不可抗力・博愛主義

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