三題噺もどき

狐彪

第1話 カモメ


 ある日の夕方。

 僕は突然、海に行きたくなった。

 何故―というのが自分でもよく分からないが、とにかく遠くへ、遠くへ…行きたかったのだ。

「…………」

 電車に揺られ、ただ流れゆく景色を、ぼーっとしながら眺めていた。

 青から橙へと色を変え、暮れていく空が、やけに眩しかった。

『――駅、――駅、お降りの際は足下にご注意ください―』

 アナウンスが聞こえ、降りた駅は、聞いたことの無い名前だった。

「………」

 駅に降り、周囲を見渡す。

 目の間には、大きな山が聳え立ち、その存在を主張しているようだった。

 駅に端に階段が一つ。どうやら、駅からすぐに海に繋がっているようだった。

 ―カン―カン―カン―

 海の方へと降りていくのと同じリズムで、小さな足音が響く。

 その音が、やけに大きく聞こえた。

 サワサワと、小さく波の音が聞こえてきた。

 自然とその足は波の音に合わせるように、ゆっくりと、ゆったりとなっていく。

 ―カン―カン――カン―――

 ―サク―サクーサクー

 ザァアァ――――――――

 浜辺に立つと、波の音が、いっそう大きく聞こえた。

 靴を脱いで、裾をまくって。

 波打ち際へと歩いていく。

 ―チャプン

 足に、冷たい水が触れた。

 パシャパシャと、水をけりながら歩く。

 足下の水は、キラキラと光り、空の色に染まっていた。

 ずっと、そうして歩いていたかった。

 そうしていれば、逃げられると、思った。


 海に着いて、どれくらい経ったのだろうか。

 ポツリ―

 頬に何かが触れた。

 とたん、パラパラと雨が降ってきた。

(こんなに晴れてるのに―)

 そんなことを思いながら、服が濡れては困ると、浜辺にあった小さな小屋へと走る。

 砂浜に足がとられそうになりながら。

(どうしようか……)

 もちろん、傘やカッパなどの雨具なんて持ってきている訳もなく、どうしょうもないのだが。

 ほとんどが橙に染まった空に、雨の粒が輝いていた。

(キレイだ―)

 無意識にそう思った。

 そこでふと、自分が海へ行こうと思った訳がなんとなく分かった気がした。

 ―何もかもが上手くいかず、何をしようにも失敗してしまい、全てに疲れていたのだ。

 それだけではないのだろうが、多分そうなのだろう。

(だからって何で海なんだろうな―)

 だれかに影響でもされたかな―

 そんなことを考えながらどこまでも続く海を眺めていた。

 ふ―と目を凝らすと、雨の降る空の中を1羽のカモメが飛んでいた。

 右へ左へ、上へ下へ―海と、空と、踊っているように、ふらりふらりと、頼りなげに―

 それでいて力強く―。

 つぅ―と、頬を水が流れていった。

 もう、雨には濡れていないはずなのに。

(帰ろ―。)

 溢れてくるそれを、止めようとは思わなかった。




 お題:雨具・カモメ・踊り

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