第51話 離脱




 王都の郊外。

 閑散とした空気の漂う田畑の近く。

 そこにグラズの姿を見つけた。

 

 作戦遂行後の待ち合わせ場所は、地図に記した通りだった。

 今頃、王都では聖女たちが混乱を鎮めるために大忙し。

 だからこそ、王都から離れた場所には、聖女の姿はない。


「グラズ、よくやったわ」


 労いの言葉をかけてから、私はグラズに手を差し出した。




「ノクタリア様……あの、本当に殺したんですか?」


 手を取るのを躊躇ったグラズは、真剣な面持ちでこちらを見つめていた。

 彼のことだ。

 本当は殺していないと言えば、安心したような顔をするだろう。

 でも、気遣って吐いた嘘も、バレては意味がない。

 今回の場合は、『叫びの沼沢』に帰還した時点で、デューテの死は彼の知るところになる。





「……殺したわ」



 だからこそ、真実をそのまま伝えた。


「そうですか」


「決まりを破った彼女には、然るべき対処をしなくてはならなかったの」


「分かっています」


「……要件は済んだわ。帰りましょう」


 この場所に留まり続けるのは、聖女に見つかる可能性を高める。

 いくら、聖女が王都での事後処理に追われてるとは言え、王都の近くに居続けるのは、悪手だ。

 事前に用意してあった馬車を呼び、私はグラズと共に『叫びの沼沢』へと帰還する。


「…………」


「…………」


 車内は終始、無言の時間が続くことになった。






▼▼▼







 後日、デューテの葬儀が執り行われた。

 私が最期に手を下したとは言え、彼女の亡骸を雑に扱うことはなかった。

 そこまで長い期間ではない。

 けれども、彼女は確かに私たちと同じ闇堕ち聖女として、活動をしていた。



『黒血の宮殿』

 最奥の部屋には、一つの棺が用意された。



『獰猛の闇堕ち聖女デューテ』

 プレートには、そう書かれ、中には瞳を閉じたデューテの亡骸があった。


「……お別れね」


「そ〜だね〜。デューテちゃんの顔も、これで見納めかぁ」


「閉めるわよ」


 棺に蓋をした。

 あとは、この棺を土に埋めるだけ。

 デューテの埋葬式は、私とシノン、それからグラズの三人だけで執り行った。

 人数的に寂しいかもしれないが、それ以外、この地に足を踏み入れることはできないので、仕方のないことだ。

 最も、彼女が生きていたならば、部外者を自分の葬儀に呼ぶことを頑なに拒んだだろう。



 棺を土に埋め、墓石を設置した。

 

「……埋まっちゃったね」


「……そうね」


 墓石を前にして、私とシノンはそちらをじっと見つめながら呟く。

 



 ──いずれはこうなるにしても、寂しさはあるものね。



 力に飲まれるのは、仕方がない。

 それが闇堕ち聖女のサガでもある。


「……これから、どうするんですか?」



 それまで消沈した態度だったグラズが問い掛ける。

 仲間を一人失った。

 三人いた闇堕ち聖女は二人となり、今回の一件で教会からのマークもより強いものとなる。

 逆風だらけだ。


 ……だからこそ、先行きが怪しい。

 グラズも不安なのだろう。

 自分がどうなるのか。

 果たしてどんな未来が待っているのか。


「あっ、それ私も気になってた! ノクタリア、どうするの?」


 シノンも被せるように聞いてくる。




「……そうね。当面の活動は、シノンに任せようかと思うわ。私は最近色々な場所に顔を出してしまったから、警戒もされやすいでしょうし」


「なるほど、おっけ!」


「グラズには、新たな使命を与えるわ」


 途端にグラズは固まった。

 緊張しているのだろう。


「な、なんですか?」


 契約者として、彼に最も相応しい使命を与える。

 そのために、彼との契約を結んだのだ。

 墓石を撫でながら、私は静かに告げる。


「グラズ、貴方には……私の後継となれる闇堕ち聖女候補を探してきてもらいたいの」


「後継……ですか?」


「ええ、そうよ。別に聖女から探さなくてもいい。魔法が得意でなくてもいい。……ただ、貴方が私の後継に相応しいと思える人物を探してきなさい」


 無茶苦茶な要求だと思う。

 それは、誰かの人生を歪めることと同意だった。

 根っから優しいグラズには、酷な命令だと思う。

 それでも、彼は私に逆らわないことも確かだ。


 グラズはスッと頭を下げる。


「分かりました。ノクタリア様の後継者、探してきます」


「期限は決めないわ。貴方のペースで探しなさい」


「はい」


 それだけ聞くと、グラズは背を向けた。

 シノンは、ハッとした顔で、グラズに声をかける。


「あれ? もう行っちゃうのぉ?」


「はい。ノクタリア様から与えられた使命ですから、すぐにでも動きたいのです」


「へーそっか。よく分かんないけど、頑張ってね〜!」


 その場の雰囲気に似合わない明るい激励をするシノン。

 グラズはシノンに向けて軽く会釈をしてから、埋葬場から姿を消した。

 後には、私とシノンが残された。

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