第44話 力に溺れる者




 デューテの元に向かったシノンを見送り、私はグラズの手を取った。


「グラズ、貴方に最初の仕事よ」


 私は、懐から一枚の紙切れを取り出し、彼に握らせる。


「これは?」


「……指示が書いてあるわ。そこに書いてある通りに動きなさい」


 内容としては、聖女の炙り出し。それから、デューテの脱出を手引きするためのことが書かれていた。

 しかし、デューテの脱出という部分は、もう必要ではない。

 この場で処分するのだから、当然である。

 デューテに関すること。その一部を二重線で消したものをグラズに渡した。


「ノクタリア様……本当にここに書かれていることをやるのですか?」


「拒否権は認めないわ。これは、契約主である私からの命令……どうしても嫌と言うのなら、今ここで死になさい」


「……分かりました」

 

 グラズは覚悟を決めたような顔だった。

 もしかしたら、嫌だという風に拒絶される可能性も考えた。

 しかし、彼の返答は非常に速いものだった。


「そんなにあっさりと承諾してくれるとは思わなかったわ」


 そんなことをグラズに告げると、彼は渡した紙を大切に握りながらはっきり告げた。


「俺は貴女に付いて行くと決めました。引き返すタイミングもあった……でも、これは俺の選んだ道だから!」


「そう……なら、もう行きなさい」


「はい、じゃあ……行ってきます」



 グラズの背を見送り、私は視線を爆音の響き渡る方向へと戻す。

 被害は確かに、増大している。

 市街地には、炎が上がり、赤黒い光が次々に降り注いでいた。

 デューテが腕を振る度に、地面がグラリと揺れる。

 

 闇堕ち聖女の力は、聖女だった頃の比じゃないくらいに強力なものになる。

 元々準二級聖女だったデューテは、力に飢えていた。

 非力だった彼女は、私と同じように他の聖女たちから、色々と言われていた。



 簡単に言えば、イジメだ。


 寒い時期に水をかけられたり。

 意図的に魔法を当てられたり。

 食事に虫を混ぜられたり。

 集団で暴行されたり。

 毒を盛られたり。

 

 彼女の生い立ちはとにかく不憫なものだった。

 私から見ても、デューテは周囲の環境に恵まれていなかったと思う。

 そして、そんな辛い経験を多くしてきたからこそ、彼女の中には黒い感情が芽生えた。



 制裁を下したい。

 散々自分を虐げてきた聖女たちに、仕返しをしてやりたい。

 そういう負の感情が溢れ出した結果、彼女は闇堕ち聖女としての力を得た。


 ……始めのうちは、正しく悪人に制裁を下していた。

 しかし、日が経つにつれて、彼女の中にある衝動が次第に大きくなっていたのを感じた。






 そして、今日。彼女の中にあった衝動が爆発した。


 聖女への仕返しがしたい。

 その感情が大き過ぎたために、手段を選ばない惨状を生み出した。




 ──同情するわ、デューテ。貴女の苦しみは、私にもよく分かる。けれども、闇堕ち聖女としての道を踏み外したのなら、容赦することはできない。




 次の瞬間、一際大きな赤黒い光が、天から降り注いだ。

 

 ──シノンが力を解放したようね。



 闇堕ち聖女デューテ。

 彼女はもう、ここで終わりだ。

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