第31話 闇堕ち聖女との契約





 グラズとの押し問答は、それなりに長い時間続いた。

 私が色々とデメリットを提示しても、彼は全く怯まない。

 逆にやる気になってしまうというような場面も多々見受けられた。

 その結果、私の方が先に折れた。


「……はぁ、分かったわ。好きになさい」


「ありがとう、ございます……!」


 闇落ち聖女に手を貸し続けることのデメリットに関しては、隅々まで説明した。

 表の世界で生きることは大変になるだろう。

 神聖統一教会や国家に、私との繋がりがバレてしまえば、命だって狙われる。

 百害あって一利なし。

 心身を削り続ける生き方。

 

 一度こちら側に足を踏み入れてしまえば、普通の生活に戻ることは限りなく不可能になる。

 それを理解した上で、彼は私に付き従うという。

 恩がある……その理屈を終始通し続けたグラズだが、その恩を返すために命をドブに捨てるような選択をしたのは、到底信じられないことだった。


「私と一緒に来る気なら、もうこの場所には戻れないことを覚悟しなさい。闇落ち聖女に魂を売るというのは、そういうことよ」


「覚悟しています」


「それならいいわ」


 ──彼を連れて行こう。


 棘が敷き詰められた茨の道を歩く覚悟ができていて、私に従順な態度を取り、大きな弱みを持たない。

 私の補佐に適任だ。


 こちら側の世界に巻き込まないよう、配慮はした。

 その一線を越えて、こちら側に踏み込んできたのは、グラズ自身。

 これ以上、突き放すような言葉をぶつける必要はないと判断した。


「グラズ、手を出して」


 そう告げると、彼は大人しく片手を差し出してくる。


「……蛮神の名において、ノクタリア、グラズの間に黒血の契約を交わす」

 

 呟き、私は差し出された手の甲にゆっくりと触れる。

 すると、真っ赤な光が一瞬だけ周囲に満ち溢れ、やがでその光は消え去った。

 

「今のは?」


「貴方が裏切らないようにするための契約よ」


 グラズの手には、特に変化はない。

 これは契約であるものの、奴隷契約のように見える位置に烙印が刻まれるということはない。

 しかし、彼に身には、その契約がしっかりと根付いた。


「どうする? 今ならまだ、この契約を解くこともできるわよ?」


 これが後戻りするラストチャンス。

 ……それでも、グラズは首を横に振った。


「解く必要はありません。俺は貴女を裏切らない。それで、構いません」


「……そう」


 私は、それっきり黙り込んだ。

 これは、ただの彼が裏切らないようにする契約じゃない。

 単純な契約であれば、もっと簡単に結んだり、解いたりすることができる。


 けれども、これは一度契約が確立されてしまえば、生涯において解くことはできないものだ。


 闇落ち聖女である私を裏切らない。

 私や私の周囲のことに関する機密を守り、それが破られることがあった場合、彼の命は即座に失われる。

 生命を天秤にかけた最も重い契約だ。


 ──そして、この契約には、もっと重要な項目があるのだけれど……それを話すのは、まだ先でいいわね。




 元ドミトレスク子爵家の使用人グラズ。

 彼は、この瞬間から、闇落ち聖女ノクタリアと契約を交わした侍従となった。

 そして、彼か私が死ぬ時まで、この契約が破られることはない。

 

 朝陽が登り、夜明けが訪れた。

 眩しい光が肌を焼くように差し込んでくる。

 

「ノクタリア様……これから、よろしくお願いします!」


 私は表情ひとつ動かさずに、小さく頷いた。

 グラズに返した私の反応は薄かった。

 でも、嫌だという感情はない。


 それどころか、ほんの少しだけ嬉しいように感じた。






▼▼▼





「頼みがあるわ」


『はーい! 喜んで〜♪』


 グラスと黒血の契約を終えて、私は教会にいる聖女の内通者と会話を行なっていた。

 とある目的地に向かって走る馬車。

 グラズは、私の隣で深い眠りについていた。


「ドミトレスク子爵に制裁を下したわ。情報料の振込は済んでいるわよね?」


『ええ、もちろん! 毎度ノクタリア様には、稼がせてもらって……うふふっ、もうノクタリア様のためなら、なんだってしちゃいますよ!』


「そう、なら……ドミトレスク子爵邸に新しい領主となる人物を見繕って欲しいわ」


 そう告げた後の反応は驚くほどに早かった。


『はい、すぐに手配しま〜す』


「それから、ドミトレスク子爵領内で活動していた臓器売買の組織について調べられる人がいいわ」


『はいはい、反社組織の排除も追加……っと! なるほどなるほど、そういうことなら、私の息が掛かっている人物が適任ですかね?』


「ええ、秘密裏にその組織の撲滅を任せたいと思っているわ」


『ああ……ノクタリア様は、『上級国民』と『教会関係者』への制裁しかしない主義でしたもんね。かしこまりました。直接的な制裁は、こちらでなんとかしてみます!』


 話が早くて助かる。

 流石は、私のブローカー。

 教会の内部機密へのアクセスが可能であり、情報だけでなくある程度の人員を動かせる点も、彼女の強みだ。


「追加報酬は、また用意するわ」


『はーい! 入金お待ちしてますね、ノクタリア様!』

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