第29話 現実は理不尽




 翌日。

 私は、ドミトレスク子爵邸の近くに足を運んでいた。

 グラズとの再会。

 彼との約束を果たせなかったが、報告をする義務が私にはあった。

 待ち合わせの時間にはまだ早い。

 空は黒く染まり、星々が一面に散りばめられている。


 それでも、彼はその場に立っていた。

 早朝前の肌寒い空気に晒されながらも、彼はひたすらに息子の安否を知りたかったのだと思う。


「聖女様……!」


 グラズと目が合った。

 私は、一瞬だけ足の動きが鈍ったが、すぐに歩くペースを元に戻す。

 

「…………」


「あの、息子は、どこにいるか分かりましたか?」


 希望に満ち溢れたような瞳が、私には痛かった。

 これから彼に、私は現実を告げなければならない。

 優しさなんてない。

 非情な現実を……。


「……グラズさん、ごめんなさい」


 最初に私は、頭を下げる。

 これは、彼の求めた結果を得られなかったことに対する謝罪だ。

 グラズは、戸惑いを隠しきれずに視線をキョロキョロと動かす。


「せ、聖女様……顔を上げてください。そんな、急にどうしたので……」


「貴方の息子を……救うことができなかった」


「……え?」


 彼の驚いた声が、突き刺さるように響いた。

 言葉を失ったグラズに、私は小袋を手渡す。


「こ、これは……?」


「開けてみて」


「はい…………」


 中にあるのは、グラズの息子が持っていた木彫りの装飾品と僅かばかりの遺骨。

 彼の息子を見つける……ということは達成した。

 けれども、本当は生きての再会を望んでいたはずだ。

 それが、こういう形で実現してしまったことが、残念でならない。


「私に回収できたのは、それが限界だったわ……」


 グラズは、ただその小袋の中身を眺め、大切そうにそれを手のひらで包み込んだ。

 無念でならないだろう。

 けれども、グラズは作ったような無理な笑顔を浮かべ、私に礼を言う。


「聖女様、ありがとう……ございました。息子を、連れ戻してくれて」


 その強がりが、あまりに可哀想に思えてしまい、私はつい低いトーンの声音で告げる。


「我慢をしないで、泣きたいのなら……泣いていいのよ。誰も貴方のことを笑ったりしないわ」


 私は一切表情を変えない。

 聖女らしい振る舞いではなく、限りなく素の状態に近いで私はグラズに背を向けた。

 少ししてから、啜り泣くような声が聞こえてきた。


 私は振り返らない。


「本当は……期待、していたんです。息子とまた、暮らしていける日々が戻ってくるんじゃないかと」


「…………」


「聞きたくなかった……もう、会えないなんて、知りたくなかった……!」


 彼の叫びには、溜め込んだ感情が爆発したかのように気持ちが篭っていた。

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