第13話 ノクタリア生存の可能性(神官視点)




 奴隷商名誉代表の失踪は、誰かによるもの。

 そして、同時に『光』の災害も、同一人物が引き起こしたものであると考えられる。

 『光』の災害に深い関係性があると発覚したのは、神聖教会が聖女を派遣したからだった。


「もう一つ、興味深いデータがあります。こちらもご覧ください」


 それは、ノーマンの村に派遣した聖女が現地を調査した結果報告書だった。

 そこに書かれていたことは、


『聖属性魔法の痕跡あり……使用者は、闇堕ち聖女の可能性あり』





「こ、これは……!」


「はい。聖属性魔法が使われたという結果報告です。裏付けとして、各地で引き起こされていた『光』の災害と同じように、村の地質は荒れ、周囲の草木は、ほとんど枯れ果てていたそうです」


 聖属性の魔法が使える人間は限られている。

 聖女の素質を持つ女性……それ以外に、聖属性の魔法を使える者はいない。


「闇堕ち聖女……まさか!」


「信じられないのも無理はない。だが、聖属性の魔法が確認された以上、その可能性が高いと言わざるを得ない」


 そして、聖属性の魔法を使いこなせる者というのは、聖女……それか、元聖女以外にあり得ない。

 聖属性の魔法は、扱いが非常に難しい。

 天に祈りを捧げ、その恩恵を地上に変換する。

 感覚だけでは、把握しきれないほどに繊細な技術が必要であり、使いこなすためには、莫大な訓練が必要となる。


「聖女は、神聖教会が一括で管理しています。故に、我々の管轄下にある聖女の関与が確認できなかった時点で、闇堕ち聖女が『上級国民』への攻撃を行なっているとしか考えられません」


 闇堕ち聖女……その存在は、非常に特異なもの。

 神聖統一教会に所属していた元聖女は、聖女を辞めたとしても、教会の理念を忘れることはない。

 だからこそ、こうした残忍な行為に加担することはほとんどの場合ないのだ。


 だが、闇堕ち聖女は違う。

 清い心を、信仰を捨てた存在……彼女らに、聖女だった頃の倫理観はない。


「もしも、闇堕ち聖女が関与しているのなら……排除、すべきだ」


 神官の一人が、そう口にする。

 他の神官も口々に同じようなことを言い、頷いた。


「して、その闇堕ち聖女が何者なのか……それは把握しているのか?」


 講堂の中心に立つ最高神官は、ゆっくりと首を横に振る。


「それはまだだ」


「そうか……」


「しかし、高度な聖属性の魔法が使えて、『上級国民』に私怨を抱いていそうな元聖女ということであれば、心当たりが一人」


 かつて、聖女として完成されていた人物がいた。

 誰よりも聖属性の魔法を使いこなし、誰よりも聖女としての心得を持ち、誰よりも不憫だった。

 そんな彼女の名は、


「元神級聖女、ノクタリア……」



 聖女としての最高位を与えられた存在。

 神級聖女は、現在、この国に僅か五人しかいない。

 聖女であれば、誰もが憧れるべき最高峰の階級。

 

 そんな彼女が聖女の地位を剥奪されたのは、あまりに酷い理由からだった。


「ノクタリア……あの娘か」


「だが、あやつは『叫びの沼沢』に送ったのだろう? きっと死んでいるはずだ」


 神官の一人がそんなことを言うが、各地で起こる被害の大きさから、ノクタリアの生存というものが、神官たちの脳裏を過っていた。


「……神級聖女なら、なんらかの方法で生き残っていても、不思議ではない……か」


「そうだな。なにせ、そこらの聖女とはレベルが違う……瘴気が効かない可能性も……」


 各々が憶測を語る。

 ノクタリアの生存が確認できているわけじゃない。

 だが、同じく死亡したというデータもない。

『叫びの沼沢』という人の生きられない環境へと送り出し、その後のことは誰も把握していないのだ。


「もしも……あのノクタリアが生きているのだとしたら、闇堕ち聖女として暗躍している可能性は高い」


「そう、だな……彼女は、上級貴族に見初められた。しかし、それを断ったことで聖女の地位を剥奪された、唯一の神級聖女。確かに、『上級国民』を恨んでいても、おかしくはない」


 彼女は、誰よりも高潔にあろうとしていた。

 聖女として、国内を巡り、人々のために祈りを捧げた。

 だが、そんな彼女を手にしようとした貴族がいた。

 彼女は、その話を拒絶した。

 

『聖女としての職務を続けるため、私は生涯、誰のものにもなりません』


 それが、貴族の逆鱗に触れたのだ。

 彼女が優れた聖女であったとしても、『上級国民』に逆らうことは許されなかった。

 教会としても、『上級国民』の声を無視することはできない。


『あの生意気な女を処分しろ。これは、命令だ!』


 圧力は強かった。

 決して、神級聖女という稀有な存在を疎かに扱いたかったわけではない。

 仕方のない措置だったのだ。


 ──結果として、神聖統一教会は、神級聖女ノクタリアに対して、国外追放の処分を下すしかなかった。





「あれは、我ら神聖統一教会にとっても、特に痛手であった。手塩にかけて育てた神級聖女の一人を手放すしかなかったのだからな」


「まあ、上位貴族に逆らうことはできない。あれでも、最大限に譲歩したつもりだった」


「確かに。処刑まで行かなかっただけ、ありがたいと思って欲しいくらいだ」


「『叫びの沼沢』に送った時点で、処刑したもの同然だろう。恨まれている可能性は高いだろうな……」


 最高神官の中に、彼女へ大きな罪悪感を抱いている者はいなかった。

 多少の申し訳なさがあったとしても、聖女は代わりの効く存在。

 失ったら、また別の聖女を育てればいい。

 聖女は、神聖統一教会の育てた道具に過ぎない。


 だからこそ、聖女ノクタリアへの対応が雑なものになってしまったのだ。


「……あらゆる可能性を考慮するならば、対策を立てねばなるまい」


「死者かも知れんぞ?」


「だが、死者じゃないかも知れない。ノクタリアの生死が確認できない以上、対策を立てるという案に、我は賛成だ」


「その通りだ。このまま何も手を打たないままはいられん!」


「神級聖女クラスの脅威に対抗できる策……か。仮想敵だとしても、ちと骨が折れるわい」





 神級聖女ノクタリア。



 神聖教会の中でも、史上最高の実力を有していたと語られる伝説的な聖女。

 そんな彼女か闇堕ち聖女と化していると考えるのは、恐ろしいことこの上なかった。

 だからこそ、最高神官たちは頭を悩ませる。

 講堂は、重々しい空気に包まれることになった。


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